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2008-05

Willie MAYS(ウイリー・メイズ)

Major League Baseball

#24 ウイリー・メイズ(Willie MAYS) | OF

ウイリー・メイズ

  • 1950年・ジャイアンツと契約
  • 1931年5月6日生 右投右打 179センチ 79キロ
  • アラバマ州出身

選手の紹介文
メイズの通算660本のHRはメジャー史上3位の大記録。走攻守全てが兼ね備わった万能選手として知られるウイリー・メイズ。本塁打王4回に盗塁王4回という数字がそれを証明している。プレーそのものに華があり、多くのファンを魅了したメイズ。そのメイズに憧れて、背番号24をつけてプレーする選手が増えるなど、大きな影響を残したと言える。また、バリー・ボンズの名付け親としても知られ、さらにメジャー史上3位という通算660本のHRも記録している。

アラバマ州バーミングハムに生まれたメイズは、子供の頃から抜群の運動神経に恵まれた。生まれてすぐに両親が離婚したこともあり、伯母の元で育てられたが、運動神経は両親譲りのものである。14歳になると地元のセミプロチームでプレーし始め、17歳の頃にはニグロリーグのバーミングハム・ブラックバロンズと契約し、野球で生計を立てていった。時代はジャッキー・ロビンソンの台頭もあり、メジャーリーグが黒人に門戸を開き始めた時期と一致する。

1950年には、当時まだニューヨークに本拠を構えていたジャイアンツと契約。マイナーからのスタートだったが、1951年はマイナーでの35試合の出場で打率.477をマークし、あっさりとメジャー昇格。デビュー後は22打数ノーヒットと苦しんだが、監督のレオ・ドローチャーにセンターのポジションを与えられると、そこから自身を掴み、才能を発揮し始めた。メジャー初ヒットは、好投手ウォーレン・スパーンからのHRだった。121試合の出場で打率.274、20HR、68打点という成績で新人王を獲得。

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Joe DiMAGGIO(ジョー・ディマジオ)

Major League Baseball

#5 ジョー・ディマジオ(Joe DiMAGGIO) | OF

ジョー・ディマジオ

  • 1936年・ヤンキースと契約
  • 1914年11月25日生 右投右打 180センチ 83キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
華麗なプレーで多くのファンを魅了したディマジオ。2001年、亡くなったジャック・レモン主演の「晩秋」(89年)は年老いて死んでいく父親を息子の目から描いたホームドラマですが、ジャック・レモン演じる父親は大の野球ファンという設定になっています。ロサンゼルスに住んでいるので毎日ドジャースがどうなるか気にしています。テレビでドジャースの試合を見ます。

この父親が死期も近づき病院に入院したとき見舞いにきた息子にまるで遺言を残すかのように、昔見た大リーグの試合の名場面を語って聞かせるいいシーンがあります。皆さんご存じのジョー・ディマジオにまつわるこんなエピソードです。

「1947年のワールドシリーズは球史に残る名試合だった。6回の裏、ヤンキースのディマジオがバッターに立った。8対5でドジャースがリードしていた。2アウトでランナーがふたりいた。ディマジオはレフトにホームラン性の当たりを打った。誰もがホームランだと思った。ところがドジャースのレフトがそのボールを追いかけ出した。そしてフェンスまで来ると大きくジャンプして手を出してその3ランを取ってしまった。そのレフトはアル・ジアンフリドーという二軍上がりの選手だった。たまたまレフトが怪我をしていたので入っていた。スーパースターのディマジオに比べれば無名の選手だった。」

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Ted WILLIAMS(テッド・ウイリアムス)

Major League Baseball

#9 テッド・ウイリアムス(Ted WILLIAMS) | OF

テッド・ウイリアムス

  • 1938年・レッドソックスと契約
  • 1918年8月30日生 右投左打 192センチ 93キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
偉大な打撃成績を残したテッド・ウイリアムス。「史上最高の打者」、「最後の4割打者」、「打撃の神様」など数多くの代名詞でその偉大さが語られるテッド・ウイリアムス。細い体から繰り出される華麗なスイングで、打率4割を1回、三冠王を2回も受賞するなど数々の記録を打ち立てる一方で、歯に衣着せぬ発言で物議をかもしだし、マスコミとは度々衝突した。ファンの声援に手を振ることはなく、プレーのみでしか表現しないウイリアムスの姿勢には「神様は返事を書かない」と評された。

1918年、カリフォルニア州の港町サンディエゴで生まれた。大不況の波に飲み込まれ、家に戻ってこなくなった父親と宗教的活動にのめり込む母親の間に生まれたこともあり、両親の愛情を目一杯に受けたわけではないウイリアムスは、徐々に野球に情熱を傾けていく。1936年、地元のマイナーチーム、サンディエゴ・パドレスと契約したが、背は高いが体は細く、周りからは弱々しく見られていたのは事実である。

ウイリアムスの夢は、街を歩いているときに「あれがウイリアムスだ。史上最高の打者だ。」と言われることである。史上最高、史上最高と念仏のように唱え、ひらすら素振りを繰り返す日々だった。1938年、レッドソックスと契約を結ぶが、傘下のミネアポリス・ミラーズへの降格を言い渡される。しかし、そこでロジャース・ホーンスビーの指導を受ける幸運に恵まれたウイリアムス。そしてこの年、マイナーではありながら打率.366、43HR、142打点で堂々と三冠王に輝いた。

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Roberto CLEMENTE(ロベルト・クレメンテ)

Major League Baseball

#21 ロベルト・クレメンテ(Roberto CLEMENTE) | OF

ロベルト・クレメンテ

  • 1953年・ドジャースと契約
  • 1934年8月18日生 右投右打 180センチ 79キロ
  • プエルトリコ出身

選手の紹介文
不慮の事故で命を落としてしまったクレメンテ。「ライフルアーム」と呼ばれる強肩に加え、4度の首位打者を獲得する打撃で一時代を築いたロベルト・クレメンテ。そして、現在でも語り継がれているほどのボランティア精神に満ちた人格者のクレメンテには多くの崇拝者が存在する。現役生活中、飛行機事故により命を落としてしまったが、今でもクレメンテの精神はメジャーリーグに生きており、毎年、最高の人格者に「ロベルト・クレメンテ賞」を送るという形で、これから先も語り継がれていくであろう。

1934年、プエルトリコのサンフアン郊外で、7人兄弟の末っ子として生まれた生まれたクレメンテ。家計は非常に厳しいながらも両親の愛情を目一杯に受け、心優しい少年として成長していく。プエルトリコでも当時から野球は人気スポーツであり、クレメンテは自然に野球に触れていった。高校時代には野球以外にも陸上競技、やり投げ、走り高跳びで大活躍。得意なやり投げは母親譲りであり、これが後に「ライフルアーム」と恐れられる強肩の下地を作った。

ジャッキー・ロビンソンが1947年にメジャー昇格し、そのカラーラインが崩れたことが黒人のクレメンテの人生を大きく動かすことになる。1953年、まだブルックリンに本拠地を構えていたドジャースが、当時としては破格の契約金1万ドル、年俸5000ドルでクレメンテと契約を交わした。ドジャースにはロビンソンやロイ・キャンパネラなど有力な黒人選手が多く、クレメンテに関しても決して悪くないチームと言えた。

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Reggie JACKSON(レジー・ジャクソン)

Major League Baseball

#44 レジー・ジャクソン(Reggie JACKSON) | OF

レジー・ジャクソン

  • 1966年6月ドラフト・アスレティックス1位(全米2番目)
  • 1946年5月18日生 左投左打 183センチ 94キロ
  • ペンシルベニア州出身

選手の紹介文
数々の伝説的エピソードを持つレジー・ジャクソン。ワールドシリーズで無類の勝負強さを見せつけ、「ミスターオクトーバー」の称号を手にしたレジー・ジャクソン。21年間のメジャーキャリアの中で本塁打王4回、打点王1回を獲得する猛打を見せ、通算2597三振が示すような豪快なスイングは多くのファンを魅了した。またトラブルメーカーとしても傲慢でエゴの強い発言とその行動は数多くの論議を引き起こすものの、絵になるプレイヤーだったことは間違いない。

レジーは1946年、ペンシルバニア州ウインコートで生まれた。非常に貧しい少年時代を過ごすが、父親がニグロリーグ出身だったこともあり、ごく自然に野球に触れていく。野球同様にフットボールでも豊かな才能を見せたレジーは、名門アリゾナ州立大学へ奨学金を得て進学。そして1966年のドラフトでは、まだカンザスシティに本拠を構えていたアスレティックスから全米2番目となる1位指名を受けた。

マイナーでも着実に数字を残し、1967年には早くもメジャーデビューを果たす。この年のオフにはアスレティックスが本拠地をカンザスシティから西海岸のオークランドへ移転。これがレジー自身にも転機となり、1968年はレギュラーを獲得して、171三振を喫する一方で29HRをマーク。HRか三振かという打撃に脆さはあるものの、若さが彼への期待を高めさせていくことになる。

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Tom SEAVER(トム・シーバー)

Major League Baseball

#41 トム・シーバー(Tom SEAVER) | SP

トム・シーバー

  • 1966年4月・メッツと契約
  • 1944年11月17日生 右投右打 185センチ 88キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
1969年のミラクルメッツの立て役者、シーバー。1962年に創立されたメッツは弱さで注目を集めたチームだった。そんなチームに入団したのが、後に通算311勝を記録するトム・シーバーである。安定感に溢れる理想的な投球フォームから、勢いある剛速球と鋭いスライダーで、1969年に弱小メッツへ初の世界一をもたらした。サイヤング賞を3度も受賞し、さらにノーヒッターを記録するなど、それらの記憶は未だに色褪せることはない。

1944年、カリフォルニア州フレズノ出身のシーバーは、名門南カリフォルニア大学を経て1966年1月のドラフトでブレーブスが1位指名を行ったが、規定違反により無効となり、メッツ、インディアンズ、フィリーズの間でくじ引きが行われ、結果的にメッツが交渉権を手にした。契約金5万ドルを手にしたシーバーは、その年を3Aで過ごし、12勝をマークしている。

1967年からメジャーに定着し、35試合に登板(先発は34試合)したシーバーは、地区最下位チームの中で16勝13敗の防御率2.76という素晴らしい成績を残し、新人王を手にした。翌1968年も16勝12敗の防御率2.20という好成績をマーク。当時のチームメイトには後の大投手であるノーラン・ライアンもおり、2人はいい意味で影響を与えあった。当時のライアンは球こそ速いが制球力がなく、安定感としてはシーバーの方が上回っていた。しかし、自分より速い球を投げるライアンをライバルとしてシーバーは更なる成長を遂げることになるのである。

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Stan MUSIAL(スタン・ミュージアル)

Major League Baseball

#6 スタン・ミュージアル(Stan MUSIAL) | OF

スタン・ミュージアル

  • 1938年・カージナルスと契約
  • 1920年11月21日生 左投左打 183センチ 79キロ
  • ペンシルベニア州出身

選手の紹介文
球界の紳士として知られ、「ザ・マン」と呼ばれるミュージアル。野球の実力はもちろん、誰からも愛される人柄で、「ザ・マン(男の中の男)」と命名されたスタン・ミュージアル。MVPを3度も受賞し、首位打者は実に7回も獲得。大舞台にも強く、20回も出場したオールスターゲームでは6本ものHRを放っており、これはメジャー記録である。ミュージアルの付けていた背番号6は、カージナルスの永久欠番である。

1920年、ペンシルベニア州に生まれたミュージアル。ポーランド移民の子供だったミュージアルは、幼少時からスポーツに秀でていた。ちょうどフィリーズにポーランド系のメジャーリーガーとしてアル・シモンズが台頭してきたこともあり、父に連れられてよくフィリーズの試合を見に行っていたという。

高校時代には投手としても打者としても活躍。投手としては、その左腕から7イニングで17個の三振を奪う快投を見せれば、打者としては特大HRを打って見せたミュージアルをメジャーリーグのスカウトが放っておく訳がない。野球以外にもバスケットボールで高い才能を見せており、バスケットボールの奨学生として大学進学の話もあったが、それを断ってカージナルスと契約した。その他にもミュージアルを誘った球団はあったが、カージナルスが一番熱心だったという。

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Bob GIBSON(ボブ・ギブソン)

Major League Baseball

#45 ボブ・ギブソン(Bob GIBSON) | SP

ボブ・ギブソン

  • 1957年・カージナルスと契約
  • 1935年11月9日生 右投右打 186センチ 86キロ
  • ネブラスカ州出身

選手の紹介文
体のバネをフルに生かしたギブソンのピッチングフォーム。1960年代のメジャーリーグを代表する投手であるボブ・ギブソン。体全体をしならせるダイナミックなピッチングフォームから、打者の内角を鋭くえぐる剛速球で一時代を築いた。特に1968年には防御率1.12を記録し、さらにワールドシリーズでも計7勝を挙げるなど、積み上げた実績は他に追随を許さない。フィールディングも素晴らしく、9年連続ゴールドグラブ賞も獲得している。

ネブラスカ州オハマで、7人兄弟の末っ子として生まれたギブソン。生まれる3ヶ月前に父親を亡くすという不幸があったが、母親のやりとりがうまく子供達に不自由をさせることはなかった。とはいえ、幼少時のギブソンは体が弱く、肺炎で死にかけることもあった。しかし、スポーツの才能に恵まれたギブソンはスポーツに打ち込むことで強靱な肉体を作り上げ、全てを克服する。

小柄だった体も徐々に成長し、高校時代には野球とバスケットゲームで大きな注目を浴びることとなる。卒業時にはニグロリーグのカンザスシティ・モナークスから入団の誘いもあったという。その後、クレイトン大学へ進学したギブソンは、この大学の野球とバスケットボールでプレーする最初の黒人選手となった。強い肩と高い打撃能力は、投手としても、捕手、内野手、外野手としてもいずれも大きな可能性を感じさせた。

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