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2008-11

#019「老舗2球団がニューヨークから西海岸へ移転!」(1958)

西海岸移転を決意したウォルター・オマリー。かつてニューヨークには3球団が本拠地として構えていた。ヤンキース、ジャイアンツ、ドジャースの3球団である。古くからの名門と言えば創立から強さを誇っていたジャイアンツと下町ブルックリンに愛されたドジャースの2球団が老舗であり、ベーブ・ルース加入後に人気と実力を兼ね備え始めた新興のヤンキースという構図である。

1940年代から1950年代にかけて、ヤンキースはジョー・ディマジオミッキー・マントルヨギ・ベラホワイティ・フォードらの台頭により黄金時代を迎えるチームとなり、ジャイアンツにはカール・ハッベルメル・オットウイリー・メイズらがおり、ドジャースにはデューク・スナイダーを始めとして、ジャッキー・ロビンソンロイ・キャンパネラらがおり、この時代のニューヨークはまさに輝いていたのである。しかし、その時代は球団が移転するというシナリオで終わりを迎えることになった。

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#018「ルール変更!指名打者制度導入へ」(1973)

指名打者制度を発案したフィンリー。一昔前には考えられなかったことが現代では当たり前ということは多々あるが、指名打者制度というのもその一つに挙げられるだろう。投手の代わりに打撃専門の野手を用意するという制度は、アメリカンリーグで試験的に導入されたのは1973年のことで、正式に導入が決まったのは1976年シーズンからである。現在のメジャーリーグではもちろん世界的にも導入が進んでいることを考えると、賛否両論はあるが画期的な制度であると言える。

この指名打者制度を最初に提案したのはアスレティックスの名物オーナーとして知られるチャールズ・フィンリーである。数多くの奇抜なアイデアを投げかけ、メジャーリーグに波紋を投げかけたのだが、指名打者制度の提案はその一つである。その他には試合短縮のために四球から「三球」にする提案や、見やすくするためにオレンジ色のボールを使用する提案などがある。その他、アスレティックスのユニフォームに当時としては珍しく黄色を入れたり、選手に口ひげを伸ばさせたりとその動向には常に注目が集まった。

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#017「フリーエージェント制度成立に向けて~フラッド編~」(1969)

フィリーズへの移籍を拒んだカート・フラッド。1969年シーズン後、カージナルスはカート・フラッドに対してフィリーズへの交換トレードが成立したと通告。4対4の複数メンバーによる交換トレードであった。しかし、この通告に対し、フラッド自身はまるで商品のように取り扱われ、人間として扱われていないことに反発。これが「カート・フラッド事件」と呼ばれ、選手がフリーエージェント制度を手にするひとつのきっかけになったのである。

フラッドはカージナルスでキャリアの大半を過ごした。1958年からカージナルスの外野の一角を手にしたフラッドは、その快足でチームの勝利に大きく貢献したのである。1960年代のカージナルスは3度のリーグ優勝、2度の世界一と常勝軍団であったが、その中でフラッドは打率3割を6度も記録するなどチームに欠かせない選手だった。センターの守備に関してはウイリー・メイズよりも上という声もあったのである。移籍を通告された段階のフラッドはまだ31歳と若かった。

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Hack WILSON(ハック・ウイルソン)

Major League Baseball

#* ハック・ウイルソン(Hack WILSON) | OF

ハック・ウイルソン

  • 1923年・ジャイアンツと契約
  • 1900年4月26日生 右投右打 175センチ 95キロ
  • ペンシルベニア州出身

選手の紹介文
ナショナルリーグのルースと言われたウイルソン。愛嬌ある体型から勝負強い打撃を見せたハック・ウイルソン。1930年に記録したシーズン191打点は、今後も破れられないであろう大記録である。同時代に活躍したベーブ・ルースと比較して、ナショナルリーグのルースとまで言われる打棒を見せた。しかし、自らの不摂生もあり、現役生活は長くなかったのである。

ペンシルベニア州に生まれたウイルソンはプロ生活を始める前は工員として働いており、重いハンマーを使っていたことから上半身が鍛えられたという。首周りから肩、腹、太股とがっちりしているのに対し、膝より下だけは細いという体型の基礎はこのときに作られたのである。その後、マイナーリーグに身を置くようになり、1922年には30HRを放ち、そのリーグで本塁打王となっている。

1923年、ジャイアンツと契約を結び、傘下のトレドでプレー。115試合に出場し、打率.388、19HR、101打点という成績を残し、三冠王に輝く活躍を見せた。シーズン終盤にメジャーリーグに昇格し、3試合にだけ出場している。元々は捕手だったウイルソンは、足を骨折したことをきっかけに外野手にコンバートしていた。

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Joe MEDWICK(ジョー・メドウィック)

Major League Baseball

#* ジョー・メドウィック(Joe MEDWICK) | OF

ジョー・メドウィック

  • 1930年・カージナルスと契約
  • 1911年11月24日生 右投右打 175センチ 82キロ
  • ニュージャージー州出身

選手の紹介文
ナショナルリーグ最後の三冠王となるメドウィック。悪球打ちの名人でありながらもシーズンMVP、三冠王にも輝いているジョー・メドウィック。ナショナルリーグではメドウィックが最後の三冠王となっている。気性の激しいプレーで知られ、ワールドシリーズ第7戦の激しいスライディングが反感を買い、退場を命じられることもあった。若くして驚異的な打棒を見せるが、1つの死球をきっかけに数字を落としている。

ハンガリーからの移民を両親に持つメドウィックはニュージャージー州に生まれた。幼少時から高い運動能力入りを見せ、高校卒業時にカージナルスと契約するに至った。クラスCのスコッツデールでキャリアをスタートさせると、75試合の出場で打率.419、22HR、100打点という圧倒的な成績を残したのである。翌1931年は上のランクのリーグに進み、161試合に出場し、打率.305、19HR、126打点で本塁打王と打点王の二冠王に輝いている。

1932年もマイナーで開幕を迎え、139試合の出場で打率.354、26HR、11打点という数字を残し、シーズン終盤にようやくメジャー昇格を果たしたメドウィック。1ヶ月間だけのメジャー経験だったが、26試合の出場で打率.349と好成績を残した。まだ21歳と非常に若いながらも、メドウィックはスターへの階段を昇り始めたのである。

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Al SIMMONS(アル・シモンズ)

Major League Baseball

#* アル・シモンズ(Al SIMMONS) | OF

アル・シモンズ

  • 1923年・アスレティックスと契約
  • 1902年5月22日生 右投右打 180センチ 89キロ
  • ウィスコンシン州出身

選手の紹介文
オープンスタンスで構える独特のスタイルを持つシモンズ。メジャーデビューから11年連続でシーズン100打点以上を記録したアル・シモンズ。打撃フォームは左足のつま先をサードベースに向ける極端なオープンスタンスで、投球に対して踏み込む打撃フォームは独特である。大打者がひしめく中で2度の首位打者、1度の打点王と輝かしい実績を残し、アスレティックスのリーグ3連覇に大きく貢献した。

ポーランド系移民の子供としてウィスコンシン州に生まれたシモンズは、高校卒業後に師範学校を短期間経由し、地元のマイナー球団(球団名はミルウォーキー・ブリュワーズというが現在の球団とは直接的に関係はない)と契約。シモンズの本名はアロイシャス・シュズマンというものだったが、契約時に登録名を変えた。シモンズという名前は新聞に出ていた荒物屋の名前から拾ったという。

プロ入り1年目となる1922年は、ミルウォーキーで結果を残せず(19試合で打率.220)、ランクが下である傘下のアバディーンに移ると99試合の出場で打率.365をマーク。翌1923年はシュリブポートからスタートし、144試合に出場して打率.360を記録すると、シーズン終盤にミルウォーキーに戻り、24試合の出場で打率.398という高打率を挙げて、注目を集めた。コニー・マック率いるアスレティックス(本拠地はフィラデルフィア)と契約し、メジャーリーグの舞台へと足を踏み入れることになったのである。

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Bill TERRY(ビル・テリー)

Major League Baseball

#3 ビル・テリー(Bill TERRY) | 1B, Mgr

ビル・テリー

  • 1922年・ジャイアンツと契約
  • 1896年10月30日生 左投左打 185センチ 91キロ
  • ジョージア州出身

選手の紹介文
ナショナルリーグ最後の4割打者、ビル・テリー。ナショナルリーグ最後の4割打者として知られるビル・テリー。4割を記録した1930年には、シーズン254安打を記録し、これもナショナルリーグ記録である。打率3割を記録したシーズンは10年連続を含む11回を数えるなど巧打者として活躍。晩年には兼任監督となり、チームを優勝へ導くなど偉大な足跡を残している。

ジョージア州に生まれたテリーは幼少時に両親の離別を経験するなど、幼くして経済的な自立が求められる環境に育った。野球で身を立てることとなったのは1915年、まだテリーが17歳の頃で、クラスDのニューナンと契約し左腕投手としてキャリアをスタートした。この年は8試合に登板し、ノーヒッター含む7勝1敗と結果を残した。

1916年には6勝(2敗)、翌1917年には14勝(11敗)とマイナーで白星を積み上げていくが、生活面での困窮に苦しんだ。1918年からは社会人チームに移り、仕事をしながら野球をする環境に身を置くことになったのである。そのチームでは選手の他に監督も兼任していたという。そんな中でジャイアンツ監督のジョン・マグローがテリーの実力に目を付けたことから運命が開けていくのである。

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Hideo NOMO(野茂英雄)

Major League Baseball

#16 野茂英雄(Hideo NOMO) | SP

野茂英雄

  • 1995年2月・ドジャースと契約
  • 1968年8月31日生 右投右打 188センチ 95キロ
  • 大阪府出身

選手の紹介文
トルネード投法は野茂の代名詞。大きく振りかぶり背中を打者に向けてから投げる「トルネード投法」を武器にメジャーリーグに旋風を巻き起こした野茂英雄。フォークボールを武器に三振の山を築き上げ、両リーグでのノーヒッター達成は誇るべき足跡である。日本人メジャーリーガーのパイオニアとしての存在感が際だっており、日米通算で201勝を記録している。

幼き日に江夏豊に憧れた少年。もっと速い球を投げたいと考えた少年があみだしたのが体をひねって投げる投法、後に「トルネード投法」と名付けられた投法だった。この特異なピッチングフォームにより、高校時代には完全試合も達成した。社会人時代には全日本メンバーにも選出され、ソウルオリンピックにも出場。オリンピックなどで世界の野球を肌で感じる素晴らしい経験をした。日本のドラフト会議で前代未聞の8球団が1位指名を行い、クジの結果、近鉄バファローズが交渉権を手にすることになる。

プロの世界に足を踏み入れてもその実力はいかんなく発揮され、4年連続最多勝、最多奪三振と毎年のようにタイトルを獲得する。日米野球で来日したロジャー・クレメンスの立ち振る舞いに非常に感動し、いかなる成績を残してもその現状に留まらず、常に上を見ていた。しかし、プロ入り5年目の1994年、右肩を痛めてしまい思うような成績を残せずに終わった野茂は、オフに複数年契約を求めて交渉に臨むが認めてもらえない。元々、トレーニングに関してチームの首脳陣と意見が合わず、その衝突は幾度と伝えられていた。

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