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2009-02

Earl WEAVER(アール・ウィーバー)

Major League Baseball

#4 アール・ウィーバー(Earl WEAVER) | Mgr

アール・ウィーバー

  • 1948年・カージナルスと契約
  • 1930年8月14日生 右投右打 170センチ 82キロ
  • ミズーリ州出身

選手の紹介文
選手経験なくオリオールズ監督となったウィーバー。選手経験のない監督として、オリオールズ一筋に采配を振るったアール・ウィーバー。大味な野球を好み、送りバントなどの作戦はあまり使っていない。とはいえ、数字として表れる選手成績などは充分に集め、自らの采配に生かした。熱血漢溢れる監督であり、退場回数も多い。1970年にはオリオールズを世界一に導いたこともある。

ミズーリ州に生まれたウィーバーは、セントルイスの高校を卒業後、マイナーリーグに身を投じた。カージナルス傘下のチームで、セカンドベースマンとしてキャリアを重ねるが、メジャーリーグからお呼びがかかることはなかった。結局、選手としては1960年までプレーしているが、打率3割を越えることは1度もなかったという。

マイナーリーグでの監督生活を始めたのは1956年。選手兼任監督としてのスタートだった。1957年からオリオールズ傘下に移り、1960年には1Aの監督として優勝を経験したことから監督専任となった。1962年から2Aエルミラの監督となり、常に上位をキープし、優勝も経験。監督としての実績を積み重ね、1966年からは3Aロチェスターの監督に昇格した。

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Casey STENGEL(ケーシー・ステンゲル)

Major League Baseball

#37 ケーシー・ステンゲル(Casey STENGEL) | Mgr

ケーシー・ステンゲル

  • 1912年・ドジャースと契約
  • 1890年7月30日生 左投左打 178センチ 79キロ
  • ミゾーリ州出身

選手の紹介文
ヤンキースに5連覇をもたらしたステンゲル。巧みな選手起用で名将としての地位を確保したケーシー・ステンゲル。監督生活の最初は道化師としての面が目立っていたが、晩年ヤンキース監督就任から評価は一変した。1949年からのヤンキース5連覇を導き、多くの名選手を自在に操った。1962年に新球団メッツの監督として記録したシーズン120敗は決してステンゲルの偉業を汚すものではない。

ミズーリ州カンザスシティに生まれたステンゲル。本名をチャールズ・ディロン・ステンゲルというが、出身地がカンザスシティであることから後にKC(ケーシー)と呼ばれることになった。そのステンゲルは学生時代から野球以外のあらゆるスポーツで才能をを発揮していた。19歳になる1910年にはマイナー球団でプロとしてのキャリアをスタートさせている。

当時のステンゲルは歯医者になりたいという夢があり、オフには大学で歯学を学んだりしていたが、左利き用の器具が揃っていない現実に直面し、より野球に力を入れるようになる。1911年にはマイナー球団で121試合に出場し、打率.352、148安打を記録。1912年、ブルックリンに本拠を構えていたドジャースと契約し、メジャーデビューも果たした。

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Tony La RUSSA(トニー・ラルーサ)

Major League Baseball

#10 トニー・ラルーサ(Tony La RUSSA) | Mgr

トニー・ラルーサ

  • 1962年・アスレティックスと契約
  • 1944年10月4日生 右投右打 185センチ 86キロ
  • フロリダ州出身

選手の紹介文
両リーグで世界一を経験しているラルーサ。現在メジャーリーグを代表する名監督として名前の挙がるトニー・ラルーサ。アスレティックス、カージナルスで世界一を経験している。小技を巧みに操るスモールベースボールを代表する監督でもある。弁護士資格も持っており、経験に基づいた理論派の監督として支持者は多い。

フロリダ州タンパに生まれたラルーサは、スペイン系の母の影響で幼少時から英語とスペイン語の両方を話した。野球の才能に満ち溢れていたラルーサは高校卒業後、17歳の若さでプロへの扉を開くこととなる。まだカンザスシティに本拠を構えていた頃のアスレティックスと1962年に契約を結んだのである。

1Aでの経験を軽く積んで、1963年には早くもメジャー昇格。18歳のショートストップとして34試合に出場している(打率は.250)。ラルーサの将来は限りなく明るいと思われていた。しかし、メジャーリーガーになったばかりのオフ、友人とソフトボールを楽しもうとしていたとき、試合開始に遅れてウォーミングアップをせずに試合に出場。その守備時にいきなり矢のような送球をしたことで、肩に近い腕の腱を損傷してしまった。

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Sparky ANDERSON(スパーキー・アンダーソン)

Major League Baseball

#10 スパーキー・アンダーソン(Sparky ANDERSON) | Mgr

スパーキー・アンダーソン

  • 1953年・ドジャースと契約
  • 1934年2月22日生 右投右打 175センチ 77キロ
  • サウスダコタ州出身

選手の紹介文
「ビッグレッドマシン」を作り上げた名監督アンダーソン。メジャー史上初となる両リーグのチームで世界一を経験したスパーキー・アンダーソン。選手としての実績がなく、メジャー監督就任時には「スパーキー?フー?」とまで言われたが、監督として評価はあっという間に高まり、メジャーリーグを代表する名監督となった。1970年代に最強を誇った「ビッグレッドマシン」を指揮していたのがアンダーソンである。

サウスダコタ州に生まれたアンダーソンは、高校卒業後にドジャースと契約。ドジャース傘下のマイナーチームでプロとしてのキャリアをスタートした。セカンドを守っており、守備はいいが打撃に難があるという評価だった。マイナー時代には審判に泡を飛ばしながら激しく抗議するアンダーソンの姿を見て、いつの間にか「スパーキー」と呼ばれるようになったという(本名はジョージ・アンダーソンという)。

1958年にドジャース傘下からフィリーズ傘下に移籍。1959年に初めてメジャー昇格を果たした。フィリーズのセカンドのレギュラー選手として1シーズンプレー。152試合に出場し、打率.218、0HR、34打点と期待を裏切ることになった。翌年以降はマイナーで過ごすこととなり、メジャーに復帰することは1度もなく、1963年を最後に選手としてのキャリアを追えている。

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Connie MACK(コニー・マック)

Major League Baseball

#* コニー・マック(Connie MACK) | Mgr

コニー・マック

  • 1886年・ナショナルズと契約
  • 1862年12月22日生 右投右打 185センチ 68キロ
  • マサチューセッツ州出身

選手の紹介文
53年間にも渡り監督を務めたコニー・マック。背広に帽子という出で立ちで、メジャーリーグの監督を53年間も務めたコニー・マック。監督として残した3731勝3948敗という数字は、勝ちも負けも歴代メジャートップとなる記録である。リーグ優勝を果たすこと9回、世界一には5度も輝いている。監督でありながら、オーナーの責務も果たし、高年俸選手の放出を繰り返すなど、ビジネス的な手腕も目立った。

マサチューセッツ州にアイルランド系の移民として生まれたマック。本名はコーネリアス・マッギリカティといい、それを縮めて呼ばれるようになった。父が南北戦争の参加で健康に害を来して働けないでいたため、マックは14歳にして学校を出て、家のために働くこととなった。マックは教育を受けられなかったことを悔やんでいたという(後年、若い選手に大学生で学位をとることを勧めたという)。

1886年、マックはナショナルリーグに籍を置いていたワシントン・ナショナルズ(現在のナショナルズとは異なる)と契約。マックは捕手であり、ナショナルズの正捕手になるが、チーム自体は下位に低迷しており、マック自身は選手として結果は残していない。1890年は新興プレイヤーズリーグのバッファロー・バイソンズに500ドルで引き抜かれるが、プレイヤーズリーグ自体がこの年1年限りで消滅し、ナショナルリーグに戻ることとなった。

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Cool Papa BELL(クール・パパ・ベル)

Major League Baseball

#* クール・パパ・ベル(Cool Papa BELL) | OF

クール・パパ・ベル

  • メジャーリーグでのプレー経験なし
  • 1903年5月17日生 左投両打 180センチ 68キロ
  • ミシシッピ州出身

選手の紹介文
ニグロリーグ最速の選手として知られるクール・パパ・ベル。古今東西の野球界において、最速の選手ではないかと言われているのがクール・パパ・ベルである。スピードに関しての逸話は事欠かない。打者としてのコンパクトな打撃も、外野手としての広い守備範囲も目を見張った。ニグロリーグを代表するサチェル・ペイジジョシュ・ギブソンと同時代を生きた選手である。

1903年、ミシシッピ州に生まれたベルは兄弟と遊ぶ中で自然と野球を始めるようになる。1920年にはアマチュアチームでプレーしていた記録が残っている。1922年にはニグロナショナルリーグのセントルイス・スターズと契約。当時は投手として契約しており、カーブやナックルボールを投げるのを特徴としていたという。外野手に転向するのはその後の話しである。

ベルの本名はジェイムズ・トーマス・ベルといい、「クール・パパ」という愛称はスターズでの投手時代に、19歳ながら冷静なマウンド裁きを見せたことから「クール」と呼ばれるようになった。その後、響きとして物足りないと言うことで後ろに「パパ」と付け加えられた。それ以来、「クール・パパ」という愛称は定着したのである。

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Josh HAMILTON(ジョシュ・ハミルトン)

Texas RANGERS

#32 ジョシュ・ハミルトンJosh HAMILTON) | CF

ジョシュ・ハミルトン

  • 1999年6月ドラフト・デビルレイズ1位(全米1番目)
  • 1981年5月21日生 左投左打 193センチ 106キロ
  • ノースカロライナ州出身

過去3年間の成績

 YEAR Team    G   AB    R    H  2B  3B  HR  RBI   SO   BB   SB   OBP  SLG   AVG
 ------------------------------------------------------------------------------
 2007  Cin   90  298   52   87  17   2  19   47   65   33    3  .368 .554  .292
 2008  Tex  156  624   98  190  35   5  32  130  126   64    9  .371 .530  .304
 ------------------------------------------------------------------------------
 Total      246  922  150  277  52   7  51  177  191   97   12  .370 .538  .300

選手の紹介文
2008年は打点王を獲得する活躍を見せたハミルトン。絶望の転落人生から這い上がり、一躍メジャーリーグを代表する選手となったジョシュ・ハミルトン。長いブランクがあったが、持ち前の野球の才能は失わなかった。打撃においても守備においても高いレベルを維持しており、今後は自らの生き方を示すことで、多くの人々の希望になりうる存在となりそうだ。

高校時代からハミルトンの実力は際立っていた。2年連続でノースカロライナ州の最優秀選手に選出された。打者としてのバットコントロール、パワー、スピードは群を抜いており、投手としても155キロ近い速球を投げていたという。高校2年時には打者として打率.636、12HR、56打点、20盗塁、投手として11勝2敗、159奪三振(投球回数87回)をマーク。

高校3年生になっても打率.529、13HR、35打点、20盗塁を記録し、投手としても7勝1敗、防御率2.50、91奪三振(投球回数56回)という数字を残していた。これだけの才能をメジャーも目を付けないはずはなく、1999年ドラフトでデビルレイズから全米1番目となる1位指名を受けたのである。契約金は396万ドルでプロ入りを決めた。高校生野手としての全米1番目の指名はアレックス・ロドリゲス以来となる。

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Miguel TEJADA(ミゲル・テハダ)

Houston ASTROS

#10 ミゲル・テハダ(Miguel TEJADA) | SS

ミゲル・テハダ

  • 1993年7月・アスレティックスと契約
  • 1974年5月25日生 右投右打 175センチ 85キロ
  • ドミニカ共和国出身

過去3年間の成績

 YEAR Team    G   AB    R    H  2B  3B  HR  RBI   SO   BB   SB   OBP  SLG   AVG
 ------------------------------------------------------------------------------
 2006  Bal  162  648   99  214  37   0  24  100   79   46    6  .379 .498  .330
 2007  Bal  133  514   72  152  19   1  18   81   55   41    2  .357 .442  .296
 2008  Hou  158  632   92  179  38   3  13   66   72   24    7  .314 .415  .283
 ------------------------------------------------------------------------------
 Total     1713 6685 1033 1915 375  22 271 1099  904  486   73  .341 .471  .286

選手の紹介文
アストロズのショートストップとして活躍するテハダ。打てるショートストップとして高い評価を得ているミゲル・テハダ。かつては5年連続を含む6度のシーズン100打点達成に加え、1152試合連続出場というメジャー史上5番目の記録を持っている。2002年にはシーズンMVPも受賞するなど、輝かしい実績に溢れている。しかし、ステロイド疑惑があり、禁止薬物の取り調べから偽証罪に問われるなど周囲が騒がしくなってきている。

ドミニカ共和国に生まれたテハダ。子供の頃から当然のように野球を始めたのだが、当時の憧れの選手はカル・リプケンだったという。アスレティックスと契約したのは1993年7月のことであり、テハダが19歳の夏のことである(アスレティックスとしては17歳として契約したのだが、年齢を詐称していたことが後に明らかになり、1976年生まれではなく1974年生まれと訂正している)。

契約後、母国ドミニカのサマーリーグからプロとしてのキャリアをスタートした。1994年も引き続き母国でプレーし、74試合の出場で打率.294、18HR、62打点と打撃における高い潜在能力を見せている。俊足、強肩が目立っており、誰もがその将来性に目を張ったのである。

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