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2009-05

Greg VAUGHN(グレッグ・ボーン)

Major League Baseball

#20 グレッグ・ボーン(Greg VAUGHN) | OF

グレッグ・ボーン

  • 1986年6月2次ドラフト・ブリュワーズ1位(全米4番目)
  • 1965年7月3日生 右投右打 183センチ 92キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
移籍先のデビルレイズでは結果を残せなかったボーン。HRが乱れ飛んだ1990年代後半に、シーズン50HRを記録したことのあるグレッグ・ボーン。三振は多く、打率も低かったが、四球をよく選んでおり、出塁率はそれなりに高かった。1998年にはパドレスの主軸として打棒を発揮し、チームのリーグ優勝に大きく貢献している。従兄弟にはモー・ボーンがいる。

カリフォルニア州で生まれたボーンは、地元のチームであるジャイアンツのボビー・ボンズウイリー・マッコビーに憧れて野球を始めた。フットボールとの掛け持ちをしていたボーンは、高校卒業時の1984年1次ドラフトでカージナルスから5位指名(全米112番目)、2次ドラフトでブリュワーズから4位指名(全米75番目)を受けるが、いずれも拒否して大学への進学を決めている。

実力が評価されていたこともあり、1985年1次ドラフトでもパイレーツから1位指名(全米19番目)、2次ドラフトでもエンゼルスから3位指名(全米69番目)を受けるがこれも拒否。そして、1986年のドラフトでブリュワーズから1位指名(全米4番目)を受けてプロ入りを決めた。指名後にルーキーリーグに参加し、66試合で打率.291をマークする非凡さを見せている。

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Ken CAMINITI(ケン・カミニティ)

Major League Baseball

#21 ケン・カミニティ(Ken CAMINITI) | 3B

ケン・カミニティ

  • 1984年6月ドラフト・アストロズ3位(全米71番目)
  • 1963年4月21日生 右投両打 183センチ 91キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
ドラッグで天国と地獄を味わったカミニティ。強打のスイッチヒッターとして、MVP受賞経験も持つケン・カミニティ。元々は中距離打者であったが、パドレス移籍を境にパワー面も目立ってきた。1990年代を代表する選手であったことは間違いないが、後にステロイド使用を告白。現役引退からわずか3年後、ドラッグ使用による心臓発作で、41歳の短い生涯を終えた。

カリフォルニア州に生まれたカミニティは、高校時代から野球にフットボールにと優れた才能を見せた。特に野球に関しては守備は鉄壁で、堅守のショートストップとして名を馳せたという。大学へ進学する道を選び、1984年ドラフトでアストロズから3位指名(全米71番目)を受けて、プロ入りを決めた。

1985年、1Aオスセオラでプロとしてのキャリアをスタートさせたカミニティ。126試合の出場で打率.284、4HR、73打点という非凡な成績で、在籍するチームの中心打者として活躍。翌1986年は2Aコロンバスに昇格すると、137試合の出場で打率.300、12HR、81打点という数字を残し、自らの評価を高めたのである。

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Vinny CASTILLA(ビニー・キャスティーヤ)

Major League Baseball

#9 ビニー・キャスティーヤ(Vinny CASTILLA) | 3B

ビニー・キャスティーヤ

  • 1990年3月・ブレーブスと契約
  • 1967年7月4日生 右投右打 185センチ 93キロ
  • メキシコ出身

選手の紹介文
3年連続40HR、4年連続100打点をマークしたキャスティーヤ。ロッキーズの球団史を飾るスラッガーの1人として名前の挙がるビニー・キャスティーヤ。クアーズフィールドの開場に合わせて、長打力が飛躍的に伸び、一躍リーグを代表する選手となったのである。幾つかの球団を渡り歩き、衰えも見せたが、2004年にロッキーズへ復帰すると打点王のタイトルを手にした。

メキシコで生まれ育ったキャスティーヤは、国内リーグで力を磨き、1990年にブレーブスと契約することとなった。契約したその年、ブレーブス傘下の2Aグリーンビルでプレーしている。打率.235と結果は残せなかったが、強打のショートストップとして期待は大きかった。翌1991年は2Aで開幕を迎えると、そのまま3Aリッチモンドに昇格し、9月にはメジャーからお呼びがかかり、12試合にだけ出場している(前年最下位からのリーグ優勝へと駆け上がるブレーブスの空気に触れることができたのである)。

1992年、シーズンの大半を3Aで過ごし、127試合の出場で打率.252、7HR、44打点という数字を残している。シーズン終盤の9月にメジャーに上がり、9試合にだけ出場。オフには翌年から新球団として創立されるロッキーズからエクスパンションドラフトで40番目に指名を受けた。こうして、キャスティーヤはロッキーズへと移籍することになった。

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Dante BICHETTE(ダンテ・ビシェット)

Major League Baseball

#19 ダンテ・ビシェット(Dante BICHETTE) | OF

ダンテ・ビシェット

  • 1984年6月ドラフト・エンゼルス17位(全米424番目)
  • 1963年11月18日生 右投右打 192センチ 108キロ
  • フロリダ州出身

選手の紹介文
1995年には本塁打王と打点王の二冠王に輝いたビシェット。かつて強打を売りにした1990年代ロッキーズ打線の看板打者だったダンテ・ビシェット。1995年には本塁打王と打点王の二冠王に輝く打棒を発揮すれば、1996年には「30-30」クラブ入りを果たすなど、高い運動能力を見せている。1990年代の強打ロッキーズ打線を語るに欠かせない選手である。

フロリダ州に生まれたビシェットは、10歳の頃に当時アスレティックスに在籍していたレジー・ジャクソンのワールドシリーズでのHRを見て、野球への思いを強くした。大学への進学の道を選び、迎えた1984年ドラフトでエンゼルスから17位指名(全米424番目)を受けてプロへの扉を開くこととなった。指名されたその年は、1Aセイラムで64試合に出場するも打率.232に終わっている。

1985年は1Aクアドシティーズでフルシーズンを過ごした。137試合の出場で打率.265、11HR、78打点、25盗塁と非凡な数字を残している。翌1986年は1Aパームスプリングと2Aミッドランドの2ランクで計130試合に出場し、合わせて打率.278、22HR、109打点という成績で評価を高めた。この頃までは外野手をメインとして、ファーストやサードも守っていたが、徐々に外野手のみにシフトしていった。

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John OLERUD(ジョン・オルルド)

Major League Baseball

#5 ジョン・オルルド(John OLERUD) | 1B

ジョン・オルルド

  • 1989年6月ドラフト・ブルージェイズ3位(全米79番目)
  • 1968年8月5日生 左投左打 196センチ 98キロ
  • ワシントン州出身

選手の紹介文
かつては8月まで打率4割を維持する打撃を見せたこともあるオルルド。マイナーリーグを経験しないままメジャーに定着した選手として名の挙がるジョン・オルルド。1993年には打率4割への期待を抱かせる打撃で、首位打者のタイトルを獲得している。打撃時だけでなく、守備時もヘルメットをかぶっており、これはプロ入り前に受けた脳の手術による古傷を守るためである。

ワシントン州に生まれたオルルドはその高い野球センスにより、高校卒業時にはメッツから27位指名(全米682番目)を受けるが、この時は大学進学を選択した。大学2年生時には、打者として打率.464、23HR、81打点を挙げれば、投手としても15勝0敗、防御率2.49という桁違いの成績を残した。ファーストとしても投手としても評価を高めたのである。

しかし1989年1月、頭痛を訴えたオルルドはそのまま入院。クモ膜下出血により、動脈に関する大手術を行った。その後、無事に戦線復帰するが、不安の種を抱えることとなる。1989年のドラフトでは本来であれば上位指名が予想されたが、手術の影響もあり、ブルージェイズからの3位指名(全米79番目)に留まってしまった。評価が分かれる中で、GMパット・ギリックが大きな決断をしたのである。

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Andres GALARRAGA(アンドレス・ガララーガ)

Major League Baseball

#14 アンドレス・ガララーガ(Andres GALARRAGA) | 1B

アンドレス・ガララーガ

  • 1979年1月・エクスポズと契約
  • 1961年6月18日生 右投右打 190センチ 110キロ
  • ベネズエラ出身

選手の紹介文
全打撃タイトルを獲得したことのある強打者ガララーガ。大きな体にしては軽快な動きを見せることから、「ビッグキャット」という可愛らしい愛称で呼ばれるアンドレス・ガララーガ。新球団ロッキーズへ移籍後に強打者としての才能が花開き、HR数が急増。晩年に癌治療を乗り越えて復活を果たしたこともあった。通算HR数は399本のままで止まってしまい、大台へは届かなかった点が悔やまれる。

ベネズエラの首都カラカスで生まれたガララーガは1978年、国内リーグに参加することでプロとしてのキャリアをスタートさせた。捕手やサード、ファーストを守るユーティリティぶりをみせていたが、徐々にポジションはファーストに落ち着いたという。そして高い打撃能力が評価され、1979年1月にエクスポズと契約を交わすに至った。18歳のガララーガは契約金1000ドルを手にしている。

ルーキーリーグからスタートすると、最初は本職のファーストの他に、捕手や外野、サードなども守りながら経験を積み重ねていったのである。そしてファーストに定着した1984年、2Aジャクソンビルで143試合に出場し、打率.289、27HR、87打点を記録する活躍を見せて、このリーグのMVPを獲得している。

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Albert BELLE(アルバート・ベル)

Major League Baseball

#8 アルバート・ベル(Albert BELLE) | OF

アルバート・ベル

  • 1987年6月ドラフト・インディアンズ2位(全米47番目)
  • 1966年8月25日生 右投右打 188センチ 95キロ
  • ルイジアナ州出身

選手の紹介文
インディアンズの一員としてワールドシリーズ出場経験もあるベル。希代のトラブルメーカーとして、一時代を築いたアルバート・ベル。9年連続30HR、10年連続100打点という桁違いの数字を残すスラッガーではあったが、周辺が騒がしすぎてシーズンMVPも受賞することが出来ないほどの「問題児」であった。打撃能力だけを見れば、もっと評価されるべきであり、それ故に人間的な欠如は痛々しい。

ルイジアナ州に双子の兄として生まれたベル。父親が高校の野球とフットボールのコーチを務める一方、母親は数学の教師という厳格な家庭に育った。野球の才能は際立っていることはもちろん、学業成績も抜群に良かった。高校時代には学年で300人中6番になるほど成績が良く、野球でも州代表に2度も選ばれるほどの活躍を見せた。

大学へは野球の奨学生であり、学業でも奨学生として進学。インテリな青年として、会計学の学位も取得しているのである。野球の方では大学3シーズンで計184試合に出場し、打率.332、49HR、172打点という抜群の成績を残した。まさに非の打ち所のない青年に思えるが、全てに完全を求める性格が多くのトラブルを引き起こしたのである。

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Darin ERSTAD(ダリン・アースタッド)

Houston ASTROS

#2 ダリン・アースタッド(Darin ERSTAD) | CF

ダリン・アースタッド

  • 1995年6月ドラフト・エンゼルス1位(全米1番目)
  • 1974年6月4日生 左投左打 188センチ 96キロ
  • ノースダコタ州出身

過去3年間の成績

 YEAR Team    G   AB    R    H  2B  3B  HR  RBI   SO   BB   SB   OBP  SLG   AVG
 ------------------------------------------------------------------------------
 2006  LAA   40   95    8   21   8   1   0    5   18    6    1  .279 .326  .221
 2007  CWS   87  310   33   77  13   1   4   32   44   28    7  .310 .335  .248
 2008  Hou  140  322   49   89  16   0   4   31   68   14    2  .309 .363  .276
 ------------------------------------------------------------------------------
 Total     1547 5890  900 1671 308  31 122  688  908  461  179  .337 .409  .284

選手の紹介文
常に積極的なプレーを見せるアースタッド。走攻守に高いレベルを維持して、チームを引っ張るダリン・アースタッド。2000年にはシーズン240本もの安打を積み重ねる一方、外野手とファーストの両方でゴールドグラブ賞を受賞するメジャー初の選手になるなど、高い運動能力を見せている。しかし、相次ぐ怪我で膝に爆弾を抱えていることがネックでもある。

ノースダコタ州に生まれたアースタッド。野球の他にフットボール、ホッケー、陸上競技といったあらゆるスポーツで結果を残した。特に高校時代は、高校の野球部でなく別組織のリーグでプレーし、打者としては打率.492、18HR、86打点、投手として10勝2敗、防御率2.18という素材の良さを感じさせる数字を残している。高校卒業時には、メッツからドラフト13位(全米357番目)で指名されるが、ネブラスカ大学への進学の道を選んだ。

大学では野球と共にフットボールもプレー。大学最終学年時には打率.410、19HR、79打点という成績を残して、大いに注目を浴びた。さらにフットボールでも、1994年にネブラスカ大学が全米で優勝を飾ったときのメンバーに、アースタッドも名前を連ねていたこともある。まさにアスリートとして一目置かれる存在だったのである。

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