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2009-06

Tim WAKEFIELD(ティム・ウェイクフィールド)

Boston RED SOX

#49 ティム・ウェイクフィールド(Tim WAKEFIELD) | SP

ティム・ウェイクフィールド

  • 1988年6月ドラフト・パイレーツ8位(全米200番目)
  • 1966年8月2日生 右投右打 188センチ 95キロ
  • フロリダ州出身

過去3年間の成績

 YEAR Team    G  GS  CG SHO   W   L  SV     IP    H   SO   BB    R   ER    ERA
 -----------------------------------------------------------------------------
 2006  Bos   23  23   1   0   7  11   0  140.0  135   90   51   80   72   4.63
 2007  Bos   31  31   0   0  17  12   0  189.0  191  110   64  104  100   4.76
 2008  Bos   30  30   1   0  10  11   0  181.0  154  117   60   89   83   4.13
 -----------------------------------------------------------------------------
 Total      541 400  30   6 178 157  22 2802.0 2699 1907 1072 1522 1345   4.32

選手の紹介文
ナックルボーラーとしての系譜を引き継ぐウェイクフィールド。ナックルボーラーとして、レッドソックスに欠かせない選手となっているティム・ウェイクフィールド。先発ローテーションの一角を占め、毎年のように2桁以上の白星を重ねてくれる。すでにレッドソックスの選手として史上3位の通算勝利数を記録しており、上にはサイ・ヤングロジャー・クレメンス(共に192勝)がいるのみである。

フロリダ州に生まれたウェイクフィールドは幼少時に遊び半分で父からナックルボールを学ぶことになる。高校時代はファーストを守り、時にはマウンドに上がるということもあるといった状況だった。フロリダ工科大学に進学するとファーストに定着し、打撃面で結果を残した。大学2年生時には22HR、71打点をマークし、才能が花開いたのである。

大学通算で記録したHR数は40本を数える。高い打撃能力が見込まれ、1988年ドラフトでパイレーツから8位指名(全米200番目)を受けて、プロの扉を開くこととなった。もちろん打者としての指名である。さらにフロリダ工科大学からプロ入りした最初の選手でもあり、後に、この頃ウェイクフィールドが付けていた背番号3番が同大学の永久欠番に指定されている。

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Lloyd WANER(ロイド・ウェイナー)

Major League Baseball

#* ロイド・ウェイナー(Lloyd WANER) | OF

ロイド・ウェイナー

  • 1927年・パイレーツと契約
  • 1906年3月16日生 右投左打 175センチ 68キロ
  • オクラホマ州出身

選手の紹介文
「リトル・ポイズン」と呼ばれたロイド・ウェイナー。1920年代後半から1930年代にかけて、パイレーツの中心選手として活躍したロイド・ウェイナー。スピード溢れる選手であり、選球眼とバットコントロールにも優れていた名選手である。実兄ポール・ウェイナーの愛称「ビッグ・ポイズン」に対して、ロイドは「リトル・ポイズン」と呼ばれていた(とはいえ、実際は弟ロイドの方が背が高かった)。

オクラホマ州に生まれたポールは、3歳年上の兄ポールと共に野球を楽しんでいた。幼い日から非凡な才能を見せていたが、姉のアルマが一番打撃の才能があったと後に語るほど、才能に満ち溢れた家族に育ったという。1925年には兄を追ってサンフランシスコ・シールズへと入団するが、出場機会に恵まれず、1926年早々に解雇されてしまう。細身過ぎた体型が評価を分けたのである。

すると、すでにパイレーツでプレーしていた兄の斡旋もあり、同じくマイナーのコロンビアへと途中入団。そこで121試合に出場し、打率.345(172安打)をマークし、自らの評価を高めた。そして、1927年にはパイレーツと契約。当初はレギュラーが予定されていたわけではなかったが、自チームの選手の離脱が重なり、外野の一角を手にすることとなったのである。

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Paul WANER(ポール・ウェイナー)

Major League Baseball

#11 ポール・ウェイナー(Paul WANER) | OF

ポール・ウェイナー

  • 1926年・パイレーツと契約
  • 1903年4月16日生 右投右打 174センチ 69キロ
  • オクラホマ州出身

選手の紹介文
「ビッグ・ポイズン」と呼ばれたポール・ウェイナー。1920年代後半から1930年代にかけて、パイレーツの中心選手として活躍したポール・ウェイナー。首位打者を獲得すること3回、シーズン200本安打を達成すること8回と一時代を築いた名選手である。ポールは「ビッグ・ポイズン」と呼ばれ、実弟ロイド・ウェイナーは「リトル・ポイズン」と呼ばれていた。なお、ポールの付けていた背番号11番は、パイレーツの永久欠番に指定されている。

オクラホマ州に生まれたポールは、3歳年下の弟ロイドと共に野球を楽しんでいた。幼い日から非凡な才能を見せていたが、姉のアルマが一番打撃の才能があったと後に語るほど、才能に満ち溢れた家族に育ったという。1925年にはマイナー球団であるサンフランシスコ・シールズで打率.401をマークし、パイレーツと契約を交わすに至った。

1926年から早くもパイレーツの外野の一角を占め、144試合に出場したポール。打率.336、8HR、79打点という新人らしからぬ成績を残したわけだが、出塁率(.413)、3塁打数(22本)はいずれもリーグトップだった。なお、打率はリーグ5位だったが、当時は100試合以上に出場しただけで規定打席に達したとされており、現代の基準で言えばポールが首位打者となるのである(この年、ポールを首位打者と換算する説もある)。

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Cap ANSON(キャップ・アンソン)

Major League Baseball

#* キャップ・アンソン(Cap ANSON) | 1B, Mgr

キャップ・アンソン

  • 1871年・フォーレストシティーズと契約
  • 1852年4月17日生 右投右打 183センチ 103キロ
  • アイオワ州出身

選手の紹介文
19世紀のメジャーリーグを代表する選手だったアンソン。メジャーリーグ創世記となる19世紀に選手、そして兼任監督として実績を残したキャップ・アンソン。史上初となる3000本安打を達成した選手として知られている。活躍の場は19世紀の間だけだったが、現代にも伝わっている野球戦術のいくつかをも生み出している。一方で、人種差別を球場に持ち込んだ面もあり、評価は二分されている。

アイオワ州に生まれたアンソンは、本名をエイドリアン・コンスタンチン・アンソンという。後に強烈なリーダーシップを見せたことからキャップという愛称で呼ばれるようになる。アンソンが生まれた時点でまだメジャーリーグは存在しなかったが、いくつかのノンプロ球団が群雄割拠している状態だった。アンソンも若くしてその中の球団でプレーを始めることとなる。

1871年にナショナルアソシエーションが創立され、ここからメジャーリーグの歴史が始まることとなる(ナショナルアソシエーションが、現在も続くナショナルリーグの前身とされている)。その中でイリノイ州に本拠を構えるロックフォード・フォレストシティーズと契約を交わしたアンソンは、まだ19歳だった。するとシーズンでは25試合に出場し、打率.325に加え、リーグ最多の11本の2塁打を放つ非凡さを見せている。しかし、チームは最下位(4勝21敗で勝率.160)に終わり、この年限りでチームは消滅した。

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Willie KEELER(ウィリー・キーラー)

Major League Baseball

#* ウィリー・キーラー(Willie KEELER) | OF

ウィリー・キーラー

  • 1892年・ジャイアンツと契約
  • 1872年3月3日生 左投左打 164センチ 64キロ
  • ニューヨーク州出身

選手の紹介文
卓越した打撃技術は一目置かれていたキーラー。19世紀から20世紀初頭にかけて、安打製造機という名を馳せたウィリー・キーラー。非常に小柄な選手ではあったが、8年連続200本安打を記録するなど、HRが乱れ飛ぶ前の時代を代表する選手だった。ヒットの大半がシングルヒットであり、そこからちっぽけなことを意味する「ウィー(Wee)」と呼ばれていた。

ニューヨーク州ブルックリンに生まれたキーラー。父親は当時のブルックリンの売りのひとつであるトロリー馬車の運転手を務めていたという。幼少時から野球に親しみ、俊敏な動きを見せていたキーラーは、1892年に当時のマイナーリーグに位置するイースタンリーグのビンガムトンと契約し、プロへの階段を昇り始めた。当時は左投げでありながらサードを守っていたのである。

ビンガムトンでは93試合の出場で、リーグトップの打率.373をマーク。シーズン終盤にメジャーリーグのジャイアンツへと契約金800ドルで引っ張られた(ジャイアンツでは13試合に出場し、打率.306をマーク)。翌1893年もジャイアンツでプレーするが、最初の7試合に出場した時点で怪我での離脱。その後、ブルックリン・グライドグルームス(現在のドジャース)へと放出された。この時のポジションはショートストップだった。

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Gaylord PERRY(ゲイロード・ペリー)

Major League Baseball

#36 ゲイロード・ペリー(Gaylord PERRY) | SP

ゲイロード・ペリー

  • 1958年・ジャイアンツと契約
  • 1938年9月15日生 右投右打 193センチ 98キロ
  • ノースカロライナ州出身

選手の紹介文
スピッドボーラーとして開き直り、300勝を挙げたペリー。ボールに細工を行ういわゆる不正投球で通算314勝も挙げたゲイロード・ペリー。両リーグでサイヤング賞を受賞した史上初の投手となった。晩年はチームを転々と移りながらも結果を残した。実兄ジム・ペリーもサイヤング賞を受賞するなど、通算215勝を記録しており、兄弟での合計勝利数としてはニークロ兄弟(フィル・ニークロとジョー・ニークロ)に次ぐ数字である。

ノースカロライナ州の農家に生まれたペリー。父親がアマチュアの投手であったこともあり、兄ジムと共に自然と野球に触れていった。高校時代は野球とバスケットボールで活躍。兄ジムが1956年、インディアンズと契約を交わしたのに続くような形で、ペリーも1958年にジャイアンツと契約を交している。

ちょうどサンフランシスコへと移転したばかりのジャイアンツとの契約である。ペリーに提示された契約金は、当時で最高額の90000ドルというもので、期待の大きさが見られた。1Aから2Aへと着実に階段を昇り、3Aタコマに昇格した1961年には16勝10敗、防御率2.55という数字を残している。

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Don SUTTON(ドン・サットン)

Major League Baseball

#20 ドン・サットン(Don SUTTON) | SP

ドン・サットン

  • 1964年9月・ドジャースと契約
  • 1945年4月2日生 右投右打 185センチ 84キロ
  • アラバマ州出身

選手の紹介文
サイヤング賞受賞経験はない中でも殿堂入りを決めたサットン。鋭いカーブを武器に通算324勝をマークしているドン・サットン。キャリアの大半をドジャースに捧げ、息の長さからいつの間にかサンディ・コーファックスドン・ドライスデールといった球団史を彩る大投手より上の数字を残す形になった。不正投球疑惑もあり、その疑惑を言葉で交わしたトリックスター的な一面も持ち合わせている。

アラバマ州に生まれたサットンは、小さな町の農村の家に育った。野球を学ぶ一方、バスケットボール、フットボールでも非凡な才能を見せている。特に野球に関しては器用で、高校時代には頭角を現していた。大学へ進学後、1964年9月にドジャースと契約を交わすことでプロへの扉を開くこととなった(まだドラフト制度がなかった)。すると1965年は1Aサンタバーバラで8勝(1敗)、2Aアルバカーキで15勝(6敗)と計23勝を挙げる活躍を見せたのである。

1966年にはドジャースの開幕ロースター入りを果たし、先発の一角を任された。この年限りで引退するコーファックスと1年だけ同じユニフォームを着て、サットンは37試合に登板(先発は35試合)し、12勝12敗、防御率2.99、209奪三振という成績を残した。ちょうどコーファックスとドライスデールが契約で揉めていたこともあり、若いサットンへの期待は大きかったが、それに見事に応えたのである。

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Mike SCOTT(マイク・スコット)

Major League Baseball

#33 マイク・スコット(Mike SCOTT) | SP

マイク・スコット

  • 1976年6月ドラフト・メッツ2位(全米37番目)
  • 1955年4月26日生 右投右打 188センチ 95キロ
  • カリフォルニア州出身

選手の紹介文
魔球SFFを操り、メジャーを代表する投手となったスコット。魔球SFF(スプリットフィンガードファストボール)を覚えたことで、投手としてのランクを上げたマイク・スコット。1986年にはサイヤング賞を獲得し、さらにはリーグチャンピオンシップシリーズでチームは敗退しながらもMVPを受賞するほどの印象的な活躍を見せた。背番号33番はアストロズの永久欠番に指定されている。

カリフォルニア州に生まれたスコットは、高校卒業時の1974年ドラフトでロイヤルズから4位指名(全米80番目)を受けるなど、投手としての才能に恵まれていた。結果的には大学への進学を決め、2年後となる1976年ドラフトでメッツから2位指名(全米37番目)を受けてプロ入りを決めたのである。

指名された年から2Aジャクソンのマウンドに上がり、経験を積んだ。1977年も2Aで引き続き投げると、25試合の登板で14勝10敗、防御率2.94という好成績を残して、評価を高めた。翌1978年は3Aタイドウォーターへと舞台を移すと、29試合の先発で10勝10敗、防御率3.94という数字を残している。

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