- 2008-10-28 (火) 0:06
- MLB Playback
1956年のワールドシリーズ第5戦、ヤンキースの先発としてマウンドに上がったドン・ラーセンは序盤からアウトを着実に重ねていった。気付くと1人もランナーを出さない投球を続けており、周囲の期待は高まっていった。味方の援護はミッキー・マントルのソロHRなどわずか2点しかなかったが、ラーセンの投球は冴え渡り、結果として97球で完全試合を達成したのである。
相手のドジャース打線にはデューク・スナイダー、ジャック・ロビンソン、ギル・ホッジス、ロイ・キャンパネラらが名を連ねていたが、それらの強打者を相手に達成した価値ある大記録である。2回表のロビンソンの打球はサード強襲となり、サードを守るアンディ・ケリーがはじくもショートのギル・マクドナルドがカバーしてファーストでアウト。5回表のホッジスの当たりは左中間に飛んだが、マントルが好捕すれば、続くサンディ・アモロスのあわやHRという打球も切れてファウルとなるなど、幸運にも恵まれている。
記録は継続し、9回2アウトに迫った。最後の打者は代打として登場したデール・ミッチェル。2ストライクと追い込んだ5球目は外角へのストレート。きわどい判定だったが、球審はストライクを宣告し、完全試合の大記録は達成されたのである。この判定にはミッチェルの抗議もあったが覆らず、試合は決した。
シリーズ自体はこの日のラーセンの完全試合で3勝2敗と王手をかけ、結果としては4勝3敗でヤンキースが世界一となった。前年のワールドシリーズではドジャースに敗れていることもあり、ヤンキースが雪辱を果たしたことになる。
ラーセンは元々制球難に苦しんでおり、ノーワインドアップに切り替え、制球力を身につけたことからこの年シーズン11勝(5敗)をマークして、飛躍のきっかけを掴みつつあったばかりである。結果として、ラーセンは通算81勝に終わった事もあり、それだけにこの年のワールドシリーズでの完全試合は輝くのである。ちなみにこのときのラーセン同様、ノーワインドアップで制球力を増した例としては高校時代の王貞治がおり、ラーセンの完全試合達成の翌1957年、春の選抜で王は優勝投手になっている。ラーセンの飛躍を見た記者が王に伝えたという話しがあり、大記録は太平洋を越えてまで影響をもたらしたのである。
42年後、同じピンストライプを着たデビッド・ウェルズがヤンキースタジアムで完全試合を達成したが、ウェルズはラーセンの高校の後輩であったという因縁がある。さらにその翌年、「ヨギベラデー」としてラーセンはベラを相手に始球式を行ったが、その試合でデビット・コーンが完全試合を達成するという運命のいたずらにも恵まれたのである。
<written by Kenji@webmaster>
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