- 2008-11-14 (金) 0:02
- MLB Playback
かつてニューヨークには3球団が本拠地として構えていた。ヤンキース、ジャイアンツ、ドジャースの3球団である。古くからの名門と言えば創立から強さを誇っていたジャイアンツと下町ブルックリンに愛されたドジャースの2球団が老舗であり、ベーブ・ルース加入後に人気と実力を兼ね備え始めた新興のヤンキースという構図である。
1940年代から1950年代にかけて、ヤンキースはジョー・ディマジオ、ミッキー・マントル、ヨギ・ベラ、ホワイティ・フォードらの台頭により黄金時代を迎えるチームとなり、ジャイアンツにはカール・ハッベル、メル・オット、ウイリー・メイズらがおり、ドジャースにはデューク・スナイダーを始めとして、ジャッキー・ロビンソン、ロイ・キャンパネラらがおり、この時代のニューヨークはまさに輝いていたのである。しかし、その時代は球団が移転するというシナリオで終わりを迎えることになった。
ジャイアンツの本拠地であるポログラウンズ、ドジャースの本拠地であるエベッツフィールドは数多くの伝説をもつ球場であるが、収容人員が少ない点と老朽化が大きな問題となっていた。また、球場周辺の治安も悪くなっていくことが、観客増員減に拍車をかけた。
元々メジャーリーグの球団は東海岸から中西部に集まっていた。しかし、1953年にブレーブスがボストンからミルウォーキーへ移転して大成功を収めると、1954年にはブラウンズがセントルイスからボルチモアに移転(オリオールズと改称)、1955年にはアスレティックスがフィラデルフィアからカンザスシティへ移転とメジャーリーグの地図は年々広くなっていったのである。これは交通機関の発達と無縁ではない。
ドジャースのオーナーであるウォルター・オマリーは球場の改善をブルックリン市に訴えるが芳しい回答はもらえなかった。そして、移転を決意することになった。移転先は西海岸のロサンゼルスである。西海岸に1球団だけある形は試合日程を消化する上で望ましいものではなかったため、もう1球団の移転が必要だった。そこでジャイアンツに声をかけ、ニューヨークの2球団で合わせて移転することになったのである。
1957年シーズン中に両球団の移転がオーナー会議で認められ、この年限りでニューヨークから離れることが決まった。1958年からはドジャースはロサンゼルス、ジャイアンツはサンフランシスコを本拠地として新しいスタートを切ることになった。メジャーリーグにとっては西海岸にまで手を伸ばすことは画期的なことであったが、残されたニューヨークのファンにはたまらないもので、ファンの悲しみは相当なものだったという。
長い間、両リーグ8球団の16球団制だったメジャーリーグは1960年代からエクスパンションを繰り返し、今では30球団までに増えた。オマリーの英断は評価が分かれることだが、概ね評価されているといっても過言ではない。しかし、何故ニューヨークで古い歴史を持つ2球団が西海岸に移転する必要があったのか。新興チームが西海岸に移り、そこで新しい歴史を築いた方が良かったのではないかという考え方もあった。ドジャースは既にロサンゼルス移転後に5度の世界一を経験済みだが、サンフランシスコ移転後のジャイアンツはまだ世界一になっていない現実を見るに、歴史の持つ残酷さが垣間見える。
<written by Kenji@webmaster>
-
Tags :
Comments:0
Trackback:0
- TrackBack URL for this entry
- http://circlechange.com/playback/omalley1958/trackback
- Listed below are links to weblogs that reference
- #019「老舗2球団がニューヨークから西海岸へ移転!」(1958) from Circle Change


本サイト管理人がコミッショナーを務めるファンタジーベースボールリーグの紹介。メジャーリーグの新しい楽しみ方として定着したこのリーグも2009年で早くも6年目を迎えます。拡大に拡大を重ねて、毎年のように生まれる新しいドラマ。現在、公式サイトを準備中です。