- 2008-11-15 (土) 0:08
- MLB Playback
1995年のアメリカンリーグMVPに選出されたのはモー・ボーンだった。レッドソックスの主砲としてチームを地区優勝に導いた功績は称えられるものである。ロジャー・クレメンス、ホゼ・カンセコと怪我人が相次いだ前半戦、24HR、60打点とチームを引っ張った。シーズン通して残した打率.300、39HR、126打点という数字はMVPに相応しいといえる。
MVPは全米野球記者協会の投票によって決まるもので、絶対評価ではなく相対評価とならざるを得ない。どれだけ高い数字を残しても、それ以上の数字を残した選手がいれば、そちらがMVPになるのである。この年に関して言えば、ボーン以上の数字を残した選手はいた。それはホワイトソックス主砲のアルバート・ベルである。打率.317、50HR、126打点に加え、50本の2塁打を放つなど圧巻の数字を残したのだが、MVPの栄冠はボーンの元に輝いた。
2人を分けたのは“人間性”と言われる。厳格な家庭に育ったボーンは球界きっての人格者として知られ、慈善活動にも積極的に取り組むなどチーム内外でも評価は非常に高い。一方もベルは暴言暴挙を繰り返し、不正バットを使って出場停止させられることもあるなど悪態が目立つ面があった。また、ベルはシーズンの行方がほぼ決した後半戦に36HRしていた面も評価を下げたのである。いずれにしろ、記者の評判にMVP受賞は大きく左右される。
記者の評判で過去にMVPを2回取り逃したのはテッド・ウイリアムスである。1942年シーズンで打率.356、36HR、137打点で三冠王に輝きながら、MVP投票では249対270というポイント差でジョー・ゴードンに軍配が上がった。さらに1947年シーズンでも打率.343、38HR、123打点で自身2度目の三冠王に輝きながらも、ジョー・ディマジオとのMVP投票では201対202とわずか1ポイント差でMVPを逃した。無愛想なウイリアムスが地元ボストンの記者に好かれてなかったことが原因と言われている。
<written by Kenji@webmaster>
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