- 2008-09-26 (金) 0:09
- MLB Playback
1941年、開幕当初のテッド・ウイリアムスは足首の怪我が響き、約2週間は代打での出場が続いた。スタメンに復帰後は復調し、5月25日の対ヤンキース戦で5打数4安打をマークして打率を4割の大台に乗せた。そのまま4割を維持したままでオールスターゲームに出場し、劇的な3ランHRも放っている。
後半戦に入り、一時的に打率4割を割ることがあったが、選球眼の良いウイリアムスはよく四球を選んでいた。シーズンが終盤に差し掛かり、打率4割が現実のものとなってくるに従って、周囲は騒ぎ始めたのである。もし4割打者が誕生すれば、1930年のビル・テリー以来11年ぶりとなる。
残り3試合を残した段階で打率は.399。残すは9月27日、28日の対アスレティックス3連戦(28日はダブルヘッダー)のみである。27日の試合では3打数1安打に終わり、打率は.3995となった。四捨五入すれば打率4割となることから、28日の試合はウイリアムスは欠場するのではという声が聞こえた。
「卑怯なまねはしたくない。4割が打てなくても後悔はしない」と言ったウイリアムスは試合に出場。ダブルヘッダー第1戦では第1打席にライト前ヒット、第2打席にはライトスタンドへHRする見事なパフォーマンスを見せた。実に5打数4安打を記録してシーズン打率4割を確定させた。続く第2戦も3打数2安打と打ち、打率.406(456打数185安打)でシーズンを終えた。
この時、ウイリアムスはまだ23歳1ヶ月で、1911年にジョー・ジャクソンが打率4割(.408)を記録した24歳2ヶ月という4割打者の最年少記録を塗り替えた。ちなみに当時はウイリアムス自身、この記録を大した物とは思っておらず、その後も達成できると思っていたし、達成者は他にも出てくると思っていた。しかし、60年経っても4割打者は現れず、メジャーリーグで最後に4割を記録した“若者”はすでに83歳になっていた。
<written by Kenji@webmaster>
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