- 2008-09-02 (火) 0:08
- MLB Players
#34 AJ・バーネット(A.J. BURNETT) | SP

- 1995年6月ドラフト・メッツ8位
- 1977年1月3日生 右投右打 196センチ 95キロ
- アーカンソー州出身
過去3年間の成績
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 2005 Fla 32 32 4 2 12 12 0 209.0 184 198 79 97 80 3.45 2006 Tor 21 21 2 1 10 8 0 135.2 138 118 39 67 60 3.98 2007 Tor 25 25 2 0 10 8 0 165.2 131 176 66 74 69 3.75 ----------------------------------------------------------------------------- Total 180 177 18 9 69 66 0 1155.0 988 1047 482 536 483 3.76
選手の紹介文
160キロを超える速球を持ち、その素材は評価が高いAJ・バーネット。怪我の多いことがネックになっており、かつては2001年にはノーヒッター、2002年には5完封を記録したこともあったが、バーネット本来の持ち味を発揮し尽くしたシーズンとは言えない。速球だけでなく、カーブ、チェンジアップも評価が高く、大ブレイクする可能性を秘めている。
元々は内野手だったがその強肩が見込まれて、1995年ドラフトでメッツから8位指名(217番目)を投手として受けた。ルーキーリーグで経験を積みながら、投球回数より多い奪三振を記録する非凡さを見せていたが、制球難に苦しんでいた。勝敗などでは目立った数字を残していたわけではないが、その将来性は高く注目されていたのである。1997年シーズン後、アル・ライターとの交換トレードでマーリンズ傘下への移籍が決まった。
1998年、マーリンズ傘下で迎えたバーネットは右手骨折のアクシデントに見舞われ、開幕に出遅れ、戦線に復帰したのは5月半ばのことである。1Aケインカウンティでフルシーズン過ごすことになったが、20試合の先発で10勝4敗、防御率1.97と安定感ある成績を残した。投球回数119回に対して186奪三振と、9イニング換算で14個を超える驚異の奪三振率を記録し、その存在を大きくアピールしたのである。
1999年、2Aポートランドで開幕を迎えるが、壁にぶち当たる形で思うような結果は残せないでいた。とはいえ、フューチャーズゲームで全米選抜に選出されるなど、評価は高かった。メジャーのマーリンズで先発のコマ不足という問題があり、バーネットのメジャー昇格が急遽決まった。メジャーデビューとなった8月17日の対ドジャース戦では、先発して6回5安打1失点という内容でメジャー初勝利をマーク。結局、この年は2Aでは26試合の登板で6勝12敗、防御率5.52、メジャーでは7試合の登板で4勝2敗、防御率3.48という成績を残している。
期待されて迎えた2000年、スプリングトレーニング中の守備練習で右手親指靱帯断裂という怪我を負ってしまい、全治3ヶ月という診断により前半戦の絶望が決まった。マイナーでの調整登板を経て、メジャーに復帰したのは7月後半のことである。結果的にこの年は、13試合の先発で3勝7敗、防御率4.79、57奪三振という数字に留まっている。
2001年、右足を痛めた影響で開幕を故障者リストで迎えたバーネット。5月に入ってメジャー復帰したが、5月12日の対パドレス戦でノーヒッターを達成した。球数129球のうちでストライクが約半分の65球しかなく、9四球に1死球という不安定さを見せながらも、メジャー初完投をノーヒッターで飾ったのである。毎回のようにランナーを2人以上出しながらのノーヒッター達成は非常に希な記録である。
マーリンズ史上、ノーヒッターは、かつてのバーネットの交換相手であるライター(1996年)、ケビン・ブラウン(1997年)以来、3人目の快挙となる。この3人に共通しているのは、共にチャールズ・ジョンソンがマスクをかぶっていたということである(この年、ジョンソンはマーリンズに復帰していた)。過去のノーヒッター達成投手での9回9四球は、ジョニー・バンダミーア(1938年)、クリフ・チャンバース(1951年)、ドック・エリス(1970年)、ノーラン・ライアン(1974年)らがそれぞれ記録している9回8四球を塗り替えるものである(1965年にジム・マローニが延長10回でのノーヒッターを達成しており、このときは10回10四球を記録している)。しかし、この年のバーネットは11勝12敗、防御率4.05、128奪三振と安定さに欠いてしまった。
2002年、夏場に故障者リスト入りすることが1度あったが、31試合に登板(先発は29試合)し、12勝9敗、防御率3.30、203奪三振という記録を残している。さらに5完封を記録しており、全て本拠地試合で達成している。翌2003年は開幕から4試合に登板しただけで右肘を痛めて離脱。結果、トミー・ジョン手術でシーズンを棒に振ることになった(この年のマーリンズ世界一には貢献できなかった)。2004年の6月にメジャー復帰し、20試合の登板(先発は19試合)で7勝6敗、防御率3.68という数字を残している。
2005年、オフにFAとなることからシーズン中の移籍が噂されたが結果的にマーリンズに留まることとなった。なかなか勝ち星が挙げられない投球が続いていたが、7月半ばから7連勝をマークするが、その後で6連敗するなど尻すぼみで終わってしまった。結果的に12勝12敗、防御率3.45、198奪三振という成績に終わった。脚光を浴びたのは5月31日の対パイレーツ戦で、球速104マイル(167キロ)を記録したことである。
2006年、ブルージェイズと5年間5500万ドルという大型契約を結び、移籍したバーネット。2試合目の登板で肩の違和感を訴えて故障者リスト入りし、復活は7月後半になってからである。結果的に21試合に先発し、10勝8敗、防御率3.98、118奪三振という成績に終わった。翌2007年も2度の故障者リスト入りを経て、25試合の先発で10勝8敗、防御率3.75、176奪三振という成績に終わっている。
2008年は開幕から離脱することなく先発ローテーションに定着し、夏場以降には白星を積み重ね、キャリア最高のシーズンになる予感がある。5年契約の3年目であるが、シーズン終了を待ってバーネット側の選択でFA市場に打って出ることが可能で、更なる大型契約も可能となっている。投球同様、バーネットの選択にも注目が集まる。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 1999 Fla 7 7 0 0 4 2 0 41.1 37 33 25 23 16 3.48 2000 Fla 13 13 0 0 3 7 0 83.2 80 57 44 46 44 4.79 2001 Fla 27 27 2 1 11 12 0 173.1 145 128 83 82 78 4.05 2002 Fla 31 29 7 5 12 9 0 204.1 153 203 90 84 75 3.30 2003 Fla 4 4 0 0 0 2 0 23.0 18 21 18 13 12 4.70 2004 Fla 20 19 1 0 7 6 0 120.0 102 113 38 50 49 3.68 2005 Fla 32 32 4 2 12 12 0 209.0 184 198 79 97 80 3.45 2006 Tor 21 21 2 1 10 8 0 135.2 138 118 39 67 60 3.98 2007 Tor 25 25 2 0 10 8 0 165.2 131 176 66 74 69 3.75 ----------------------------------------------------------------------------- Total 180 177 18 9 69 66 0 1155.0 988 1047 482 536 483 3.76
受賞タイトル一覧
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