- 2008-04-24 (木) 0:03
- MLB Players

#3 ベーブ・ルース(Babe RUTH) | OF

- 1914年・レッドソックスと契約
- 1895年2月6日生 左投左打 188センチ 98キロ
- メリーランド州出身
選手の紹介文
多くの野球ファンに愛されたベーブ・ルースは、HRを量産する打撃スタイルでそれまでの野球観を大きく変えてしまった。ルースが打棒を発揮し始めた頃は、メジャーリーグ全体を震撼させた『ブラックソックス・スキャンダル』といわれる八百長事件があったばかり。まさにルースの存在は球界の救世主といってもいいものであり、その功績ははかりしれない。死後半世紀以上経っても、ルースの存在は決して霞むことなく、充分な光を放っているといえるだろう。
1895年2月6日、メリーランド州ボルチモアに生まれたルース(1894年2月7日生まれという説もあるが、正確にはわかっていない)。酒場を経営する父と病気がちな母親の間に生まれたルースだが、決して貧しい幼少時代を送ったわけではない。子供の頃から悪ガキぶりを発揮したルースは、セントメリー教護院に入れられ、ここで少年時代のほとんどを過ごすこととなる。
セントメリーでのルースは、マシアス修道士と出会い、本格的に野球を教わることとなる。本格的に守った最初のポジションは捕手であった。ルースは左利きということもあり、右利き用のミットを投げる方の左手にはめて、返球の際はミットをはずし、捕った左手で投げていたという。そのうち、投手やファーストや外野も守るようになり、さらに打撃の方では、打率にして5割近いものを残していた。
そして1913年、インターナショナルリーグのボルチモア・オリオールズと投手としてプロ契約。投手ルースの実力が認められるのに時間がかかることはなかった。1914年にはメジャーリーグの名門レッドソックスと正式契約。しかし、この年はそれほどの登板機会が与えられることなく、打席に向かうルースに代打が送られるなど、後年考えられないこともあったという。そして、シーズンの大半はマイナーに籍を置いていた。
1915年からメジャーに定着。投手として18勝もマークし、さらにメジャー初HRも放つなど、打撃の良い左投手という評価を手にした。そして、この年はチームも充実した戦力でシーズン101勝をマークし、ワールドシリーズ出場。ルースの初めてのワールドシリーズは登板機会すらなく、代打でわずか1打席に立ったのみ(結果はファーストゴロ)だったが、チームは4勝1敗で世界一となり、その歓喜の輪にルースも加わった。
1916年は23勝12敗の防御率1.75という成績を残し、チームも2年連続の地区優勝を果たす。ワールドシリーズでは第2戦に先発し、初回に1点を奪われた以降、延長14回まで投げぬき、最終的には勝利投手に輝いた。ちなみにこの試合から連続イニング無失点記録が作られる。そして、4勝1敗で2年連続の世界一に輝いた。以降、1917年は24勝をマークするが、チームの打撃力が低く優勝を逃し、必然的にルースの打撃力に注目が集まっていく。
1918年からのルースは投げない日はファーストを守るなど、投手兼用となっていった。シーズンが進むにつれて、徐々に外野を守ることが多くなるルース。若手投手の台頭もあり、いつの間にか野手となり、11HRで本塁打王のタイトルを獲得。チームが優勝してワールドシリーズへ進出すると、チームは意外にもルースを第1戦の先発に持ってくる奇策をとり、ルースも期待に応えて完封勝利をマーク。第4戦でも7回まで無失点に抑え、シリーズのメジャー記録となる29回2/3連続イニング無失点記録を樹立した。こうしてレッドソックスは4勝2敗で世界一となったわけだが、これがこの世紀に記録したレッドソックスの最後の世界一になるとは、当時の誰もが思わなかったことだろう。
1919年はレフトを守る機会が多かったルースは、打撃面で開幕直後はスランプに悩まされるが、徐々にHRを量産。結局、シーズン29HRという当時としてはとんでもない記録を作り、2年連続で本塁打王を獲得した。しかし、HRを量産しようともチームは地区6位に終わる。そして1920年1月に、当時としては破格の12万5千ドルでルースはヤンキースへ売られてしまった。この移籍により、ルースを獲得したヤンキースが黄金時代を築き始め、ルースを失ったレッドソックスが長い冬の時代に突入することになる。
ヤンキースに移籍したルースは、ほぼ完全にレフトを守り、マウンドに登ることはほとんどなくなっていく。おりしも『ブラックソックス・スキャンダル』にメジャーリーグが揺れていた1920年、ルースの打棒は一際目立ち、前年の29HRを遙かに越える54HRを記録。これにより、これまで野球に興味を持たない人まで球場に足を運ばせることとなった。まさに野球史において分岐点ともいえる期間である。この年は打率.376、54HR、137打点と桁違いの数字で、タイトル(本塁打王と打点王)を手にした。
1921年も打率.378、59HR、171打点と猛打を発揮。そしてヤンキースにとって史上初となるリーグ優勝をもたらした。ワールドシリーズでは同じニューヨークを本拠に構えるジャイアンツと戦い、怪我を抱えていたルースは思うような結果を出せず、チームも敗れたが、ルースの人気は高まる一方で、ヤンキースには余るほどのお金が集まっていたという。
1922年は怪我もあり、わずか35HRに終わり、ワールドシリーズでは再びジャイアンツの前に敗れたが、すでにヤンキースはニューヨークの中でジャイアンツを上回る人気を手にしていた。ちょうどジャイアンツの本拠地であるポログラウンズを間借りしていたが、観客動員でヤンキースが上回ると、早く出ていくように催促されていた。そして1923年、ヤンキースタジアムが誕生。「ルースの建てた家」と言われるのは当然のことであった。
新本拠地に移った1923年、ルースは打率.393、41HR、131打点と桁違いの成績を残す。ワールドシリーズでは3年連続でジャイアンツとの対戦となったが、ついにヤンキースが4勝2敗で振り切り、球団史上初の世界一の座を手にした。ルースはこのシリーズで3HRを記録するなど、充分な貢献を果たしている。ヤンキース帝国の始まりには、必ずルースの名前があるといっても過言ではない。
1925年にルースがわずか98試合にしか出場できないとなるとチームは地区7位に低迷するほど、ルースの存在感は際立っていた。1926年は打率.372、47HR、146打点をマークし、翌1927年は打率.356、60HR、164打点と文句のつけようのない成績を残すルース。その後もルースは結果を残し続け、1934年までヤンキースに在籍した15年間で7度のリーグ優勝、4度の世界一を経験した。特に1932年のカブスとのワールドシリーズで予告HRを放ったことは、後生まで伝わっている。しかし、このシリーズがルースにとって、最後のワールドシリーズとなっている。
1930年に当時の大統領より多い年俸8万ドルを手にし、欲しいもののほとんどを手に入れたといってもいいルースの願いは監督になることだった。当時の球界ではプレーイングマネージャー(選手兼監督)が珍しくなかったが、ヤンキースではそれが叶えられず、1935年はブレーブスへ移籍。いずれは監督へ、という話もあったが叶えられることなく、この年限りで現役を終えることとなった。現役引退後の1937年にはドジャースのコーチになってまで、監督を目指したがこれも叶えられることはなかった。
22年間のメジャー生活で、通算714HRにシーズン60HRとHRに関する数々の記録を樹立したルース。数字だけでは上をいく選手は登場したが、ルース登場以前まではHRそのものの評価は高くなく、まさにルースこそが新しい野球の価値観を植え付けたと言ってもいいだろう。
お金にだらしなく、大食漢で大酒飲みと欠点だらけのルースではあったが、それゆえに多くの人々から愛されるルース。生き方そのものがアメリカンドリームの体現者として、また、スポーツの枠を越えたスターとして多くの人気を集めているのは今も昔も変わらない。晩年は喉頭ガンにおかされ、53歳の若さで他界した。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
- 首位打者:1回(1924-AL)
- 本塁打王:12回(1918-AL~1921-AL、1923-AL、1924-AL、1926-AL~1931-AL)
- 打点王:6回(1919-AL~1921-AL、1923-AL、1926-AL、1928-AL)
- 最優秀防御率:1回(1916-AL)
受賞アワード一覧
- シーズンMVP:1回(1923-AL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1914 BsR 5 10 1 2 1 0 0 2 4 0 0 .200 .300 .200 1915 BsR 42 92 16 29 10 1 4 21 23 9 0 .376 .576 .315 1916 BsR 67 136 18 37 5 3 3 15 23 10 0 .322 .419 .272 1917 BsR 52 123 14 40 6 3 2 12 18 12 0 .385 .472 .325 1918 BsR 95 317 50 95 26 11 11 66 58 57 6 .410 .555 .300 1919 BsR 130 432 103 139 34 12 29 114 58 101 7 .456 .657 .322 1920 NYY 142 458 158 172 36 9 54 137 80 148 14 .530 .847 .376 1921 NYY 152 540 177 204 44 16 59 171 81 144 17 .512 .846 .378 1922 NYY 110 406 94 128 24 8 35 96 80 84 2 .434 .672 .315 1923 NYY 152 522 151 205 45 13 41 131 93 170 17 .545 .764 .393 1924 NYY 153 529 143 200 39 7 46 121 81 142 9 .513 .739 .378 1925 NYY 98 359 61 104 12 2 25 66 68 59 2 .393 .543 .290 1926 NYY 152 495 139 184 30 5 47 146 76 144 11 .516 .737 .372 1927 NYY 151 540 158 192 29 8 60 164 89 138 7 .487 .772 .356 1928 NYY 154 536 163 173 29 8 54 142 87 135 4 .461 .709 .323 1929 NYY 135 499 121 172 26 6 46 154 60 72 5 .430 .697 .345 1930 NYY 145 518 150 186 28 9 49 153 61 136 10 .493 .732 .359 1931 NYY 145 534 149 199 31 3 46 163 51 128 5 .494 .700 .373 1932 NYY 133 457 120 156 13 5 41 137 62 130 2 .489 .661 .341 1933 NYY 137 459 97 138 21 3 34 103 90 114 4 .442 .582 .301 1934 NYY 125 365 78 105 17 4 22 84 63 103 1 .447 .537 .288 1935 BsB 28 72 13 13 0 0 6 12 24 20 0 .359 .431 .181 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2503 8399 2174 2873 506 136 714 2210 1330 2056 123 .474 .690 .342 YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 1914 BsR 4 3 1 0 2 1 0 23.0 21 3 7 12 10 3.91 1915 BsR 32 28 16 1 18 8 0 217.2 166 112 85 80 59 2.44 1916 BsR 44 41 23 9 23 12 1 323.2 230 170 118 83 63 1.75 1917 BsR 41 38 35 6 24 13 2 326.1 244 128 108 93 73 2.01 1918 BsR 20 19 18 1 13 7 0 166.1 125 40 49 51 41 2.22 1919 BsR 17 15 12 0 9 5 1 133.1 148 30 58 59 44 2.97 1920 NYY 1 1 0 0 1 0 0 4.0 3 0 2 4 2 4.50 1921 NYY 2 1 0 0 2 0 0 9.0 14 2 9 10 9 9.00 1930 NYY 1 1 1 0 1 0 0 9.0 11 3 2 3 3 3.00 1933 NYY 1 1 1 0 1 0 0 9.0 12 0 3 5 5 5.00 ----------------------------------------------------------------------------- Total 163 148 107 17 94 46 4 1221.1 974 488 441 400 309 2.28
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:2回(1933-AL、1934-AL)
- 世界一経験:7回(1915-BsR、1916-BsR、1918-BsR、1923-NYY、1927-NYY、1928-NYY、1932-NYY)
- 殿堂入り:1936年(投票率:95.13%)
- 永久欠番:#3(Yankees)
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