- 2008-06-13 (金) 0:10
- MLB Players

#25 バリー・ボンズ(Barry BONDS) | LF

- 1985年6月ドラフト・パイレーツ1位(全米6番目)
- 1964年7月24日生 左投左打 188センチ 93キロ
- カリフォルニア州出身
選手の紹介文
通算歴代トップとなる762HRをマークし、7度のMVP授賞という輝かしい球歴に彩られるバリー・ボンズ。シーズン73HR、「40-40」の達成1回を含む5度の「30-30」達成し、通算でも514盗塁とオールラウンドで優れた成績を残している。そのボンズも晩年になって薬物問題で騒がれ、殿堂入りも危うい状況となっている。
ボンズは生まれたときからのサラブレッドだった。父親はメジャーリーガーのボビー・ボンズで、母方の従弟にはレジー・ジャクソンがいた。さらに、バリーという名前の名付け親が名選手ウイリー・メイズであり、ボンズは父に憧れる一方、メイズに尊敬のまなざしを送った。
父親に連れられて、当時のジャイアンツの本拠地、キャンドルスティックパーク(後にスリーコムパークと改称)がボンズの遊び場であり、野球少年としてはこの上ない幸せな環境に恵まれている。なお、父は1970年代に「30-30(30HRと30盗塁)」を5度も達成するという名選手だった。
父ボビーの自慢であるボンズは、当然のように野球を始め、高校時代の平均打率は.404と才能の片鱗をいかんなく見せつけた。3年生の頃には打率.467をマークし、オールアメリカの代表メンバーにも選ばれている。特に最後のプレーオフでは、16打数で3HR含む10安打で12打点を記録する猛打を発揮。そして、1982年6月のドラフトでは憧れのジャイアンツからドラフト2位指名を受けた。しかし、契約金が求める金額に届かないという理由で大学進学を選ぶ。
大学に入ってもその猛打はとどまることを知らない。大学に在籍した3年間で、打率.357、45HR、175打点を記録し、3年連続でオールスターメンバーに選出された。そして迎えた1985年6月のドラフトでパイレーツからドラフト1位指名(全米6番目)を受け、プロの世界に身を投じた。
指名されたその年、1Aプリンスウィリアムで71試合に出場し、打率.299、13HR、37打点、15盗塁を記録。翌1986年は3Aハワイで開幕を迎え、44試合で打率.311、7HR、37打点、16盗塁を記録し、早くも5月30日にはメジャー昇格を果たした。メジャー1年目は113試合に出場し、打率.223ながら、16HR、48打点、36打点を記録した。このころのボンズは、あまりにも慌ただしいメジャー昇格に不満をぶちまけ、背番号が子供の頃からずっとつけてきた憧れのメイズの24番じゃなく7番だということにも、遠慮せず不満を言った。
レフトのポジションを確実に自分のものとし、背番号も希望の24番を手にし、スピード感あふれるプレーで活躍し始めたボンズ。一気にブレークしたの1990年のこと。打率.301、33HR、114打点、52盗塁を記録し、チームも地区優勝を果たしたこの年、ボンズは初めてのMVPを受賞した。翌年も打率.292、25HR、116打点、43盗塁をマークしたが、MVP投票ではテリー・ペンドルドンに次いで2位に終わった。
1992年は打率.311、34HR、103打点、39盗塁を記録し、90年に次ぐ自身2度目の「30-30」を記録し、2度目のMVPも獲得した。このころはチームメイトのボビー・ボニーヤと「キラーB」という名前で恐れられていたが、90年から3年連続地区優勝を果たしながら、プレーオフで敗れ、ワールドシリーズへの進出はできなかった。この年のオフ、FAとなったボンズは、子供時代の思い出がつまったジャイアンツへ移籍を果たした。
移籍1年目、希望の背番号24をつけたいと申し出たボンズだったが、ジャイアンツの24番はすでに永久欠番なため、父のつけていた25番をつけることになった。この年、打率.336、46HR、123打点と打撃3部門でキャリア最高記録を叩きだし、3度目のMVPを自らのふるさとにプレゼントした。
1996年はメジャー史上2人目の「40-40」を記録し、翌年には通算「400-400」も記録した。しかし、ワールドシリーズでプレーしたボンズにとっては、不満が残った。サンフランシスコに新本拠地パシフィックベルパークが誕生した2000年に自己最多の49HRを記録したボンズは、チームをプレーオフに導くが惜しくも敗れ、またしてもワールドシリーズへの夢は砕かれた。しかし、ボンズ自身もポストシーズンでは打率がわずか2割前後であり、大舞台に弱いというありがたくないレッテルも貼られている。
打撃と盗塁が話題になることが多いボンズだが、レフトの守備も評価が高く、ゴールドグラブ賞を8回も受賞している。まさに攻走守と3拍子揃った選手である。
年齢から晩年にかかると思われたが、さらなるピークは2001年にやってきた。この年、ボンズはホームランという記録に絞っても、オールスター前に39本打ったというのもメジャー記録であるし、30本、40本、50本、60本、70本のいずれもメジャー史上最速で記録している。さらに5試合の間に8本のホームランを放つというメジャータイ記録も樹立しているおり、これは1968年にフランク・ハワードも記録して以来である。
10月5日の対ドジャース戦を迎えるまで、ボンズはシーズン70本ものホームランを打ち重ねていた。約3年前に当時35歳のマーク・マグワイアが樹立した大記録に並んでいたことになる。記録更新が話題となる中、そのボンズに対して先発のパク・チャンホは真っ向勝負。ボンズは第1打席に見事ホームランを放ち、あっさりと記録更新。第2打席にもホームランを放ち、記録を伸ばした。しかし、記録更新を果たしたこの試合、チームは乱打戦の末に10対11で敗れてしまい、ボンズの念願だったポストシーズン出場の道が絶たれた試合になってしまった。結局、ボンズは最終戦にもホームランを放ち、73HRとしてシーズンを終えた。
ホームラン以外の記録にスポットも当てても、シーズン177四球というのも1923年のベーブ・ルースの170四球を越えるメジャー記録であるし、長打率.863というのも1925年にロジャース・ホーンスビーが記録した長打率.756というリーグ記録を抜き去り、メジャー記録であるルース(1920年)の長打率.847をも抜き去った。記録ずくめなシーズンとはまさにこのことである。
ジャイアンツに移籍したばかりの1993年、3度目のMVPを獲得したとき、目標は?と聞かれて、今まで誰もやっていない4度目のMVPを取ることと答えたボンズ。時は流れて2001年、大記録を次々と作り、メジャーリーグ史上初の史上初の4度目のMVPを獲得した。
これまで3度のMVPを獲得したことのある選手は、ナショナルリーグではロイ・キャンパネラ、スタン・ミュージアル、マイク・シュミット、アメリカンリーグではジミー・フォックス、ジョー・ディマジオ、ヨギ・ベラ、ミッキー・マントルと蒼々たるメンバーが並ぶが、ボンズはその中で頭一つ抜けた存在となった。この年から4年連続でMVPを授賞しており、結果的に7度のMVPを授賞したことになる。
2002年は打率.370、46HR、106打点という数字で初の首位打者を獲得。チームもリーグ優勝を果たし、ボンズ自身初のワールドシリーズの舞台も体感した(惜しくも世界一の栄冠は手にすることが出来なかった)。翌2003年も勢いは留まらず、打率.341、45HR、90打点という好成績を残している。通算500盗塁も達成しており、史上初の「500-500」を記録した。
圧倒的な勝負強さから勝負してもらえないことが続き、2004年にはシーズン232四球をマーク。敬遠四球は120個を数えている。打撃成績も打率.362、45HR、101打点というもので、2度目の首位打者を獲得。シーズン後半にはアーロン、ルースに次ぐ通算700HRを達成している。
2005年にはシーズンの大半を怪我で欠場するが、2006年に復帰しルースのHR記録を抜き去り、2007年にはアーロンのHRを抜き去り、メジャートップに躍り出たボンズ。この年をもってジャイアンツとの契約が解消され、自由契約選手としてその将来は不透明なままである。薬物使用に関して偽証罪に問われているのが現状であり、過去の栄光は疑惑の彼方に葬り去られようとしている。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1986 Pit 113 413 72 92 26 3 16 48 102 65 36 .330 .416 .223 1987 Pit 150 551 99 144 34 9 25 59 88 54 32 .329 .492 .261 1988 Pit 144 538 97 152 30 5 24 58 82 72 17 .368 .491 .283 1989 Pit 159 580 96 144 34 6 19 58 93 93 32 .351 .426 .248 1990 Pit 151 519 104 156 32 3 33 114 83 93 52 .406 .565 .301 1991 Pit 153 510 95 149 28 5 25 116 73 107 43 .410 .514 .292 1992 Pit 140 473 109 147 36 5 34 103 69 127 39 .456 .624 .311 1993 SF 159 539 129 181 38 4 46 123 79 126 29 .458 .677 .336 1994 SF 112 391 89 122 18 1 37 81 43 74 29 .426 .647 .312 1995 SF 144 506 109 149 30 7 33 104 83 120 31 .431 .577 .294 1996 SF 158 517 122 159 27 3 42 129 76 151 40 .461 .615 .308 1997 SF 159 532 123 155 26 5 40 101 87 145 37 .446 .585 .291 1998 SF 156 552 120 167 44 7 37 122 92 130 28 .438 .609 .303 1999 SF 102 355 91 93 20 2 34 83 62 73 15 .389 .617 .262 2000 SF 143 480 129 147 28 4 49 106 77 117 11 .440 .688 .306 2001 SF 153 476 129 156 32 2 73 137 93 177 13 .515 .863 .328 2002 SF 143 403 117 149 31 2 46 110 47 198 9 .582 .799 .370 2003 SF 130 390 111 133 22 1 45 90 58 148 7 .529 .749 .341 2004 SF 147 373 129 135 27 3 45 101 41 232 6 .609 .812 .362 2005 SF 14 42 8 12 1 0 5 10 6 9 0 .404 .667 .286 2006 SF 130 367 74 99 23 0 26 77 51 115 3 .454 .545 .270 2007 SF 126 340 75 94 14 0 28 66 54 132 5 .480 .565 .276 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2986 9847 2227 2935 601 77 762 1996 1539 2558 514 .444 .607 .298
受賞タイトル一覧
- MVP7回(1990,92,93,2001~04)
- 首位打者2回(2002,04)
- 本塁打王2回(1993,2001)
- 打点王1回(1993)
- ゴールドグラブ賞8回(1990~94,96~98)
- シルバースラッガー賞9回(1990~94,96,97,2000~01)
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