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Barry ZITO(バリー・ジート)

San Francisco GIANTS

#75 バリー・ジート(Barry ZITO) | SP

バリー・ジート

  • 1999年6月ドラフト・アスレティックス1位(全米9番目)
  • 1978年5月13日生 左投左打 193センチ 93キロ
  • ネバダ州出身

過去3年間の成績

 YEAR Team    G  GS  CG SHO   W   L  SV     IP    H   SO   BB    R   ER    ERA
 -----------------------------------------------------------------------------
 2006  Oak   34  34   0   0  16  10   0  221.0   99  151   99   99   94   3.83
 2007  SF    34  33   0   0  11  13   0  196.2  105  131   83  105   99   4.53
 2008  SF    32  32   0   0  10  17   0  180.0  186  120  102  115  103   5.15
 -----------------------------------------------------------------------------
 Total      288 287   9   4 123  93   0 1807.0 1596 1347  745  840  766   3.82

選手の紹介文
ジャイアンツと7年間1億2600万ドルという大型契約を交わしたジート。若くしてサイヤング賞を受賞し、毎年のように2桁勝利を続けているバリー・ジート。曲がりの大きなカーブを武器に名を馳せ、一躍メジャーを代表する投手になったが、ジャイアンツと7年間1億2600万ドルという大型契約を結んで以降は冴えていない。周囲の激しい批判の中はあるが、先発ローテーションを着実に守る丈夫さは頼もしい。

ネバダ州に生まれたジートは、幼少時にカリフォルニア州サンディエゴに引っ越した。父親は作曲や編曲などを手がけ、オーケストラの指揮者も務める音楽の才能を持っていた。ジートがリトルリーグに入って野球を始めるやいなや、その協力は惜しまなかった。家の庭にマウンドを作り、そこで投球練習させることに加え、1976年のサイヤング賞受賞投手であるランディー・ジョーンズに頼んで、指導してもらうこともあった。

高校最終学年時に参加したリーグでは、8勝4敗、防御率2.92、105奪三振(投球回数は85回)という数字をマーク。カーブに磨きはかかるが、この時の速球はまだ140キロに至ってなかった。卒業時にはマイナーズから55位指名(全米1586番目)を受けるが、それは拒否してカリフォルニア大サンタバーバラ校への進学を決めた。

大学進学後、トレーニングに取り組み肉体改造をすることで球速は140キロを超えるようになった。1年生時には投球回数85回1/3に対して123奪三振を記録する好投を見せるなど、才能が開花。翌年にはピース・ジュニアカレッジに転学し、そこで9勝2敗、防御率2.62、135奪三振(投球回数は103回)を記録。1998年ドラフトではレンジャーズからの3位指名(全米83番目)を受けるも、契約金で折り合いが付かず、拒否することとなった。

より良い条件を求め、1999年は名門サザンカリフォルニア大学へとさらなる転学。ここで12勝3敗、防御率3.28、154奪三振(投球回数は113回2/3)と更なる成長の跡を見せた。そして、この年のドラフトでアスレティックスに1位指名(全米9番目)され、晴れてプロの世界に足を踏み入れることになる。契約金は159万ドルと新人としては破格の高額であった。

契約合意後の7月には1A1Aバイセリアに合流したジート。そこで8試合に登板して3勝0敗、防御率2.45、62奪三振(投球回数は40回1/3)という数字を残すと、あっさり2Aミッドランドへ昇格。ここでも4試合に投げて、2勝1敗、防御率4.91、29奪三振(投球回数は22回)という高い奪三振率を記録。シーズン終盤には3Aバンクーバーに昇格し、1試合だけ投げている(6回5安打1失点に抑えて勝利投手)。若い才能の出現に、ジートの元には移籍の要請は非常に多かったが、チームはどれも断ったという。

2000年は3Aで開幕を迎えると、18試合の登板で8勝5敗、防御率3.19を記録。フューチャーゲームの全米代表にも選抜され、ライアン・アンダーソン、ベン・シーツCC・サバシアに次ぐ4番手としてマウンドに上がり、1イニングをピシャリと抑えている(ちなみに5番手としてジョシュ・ベケットが投げている)。

7月22日のエンゼルス戦がジートのメジャーデビューとなった。このデビュー戦で5回を2安打1失点に抑え、早くも初勝利をマーク。その後も先発ローテーションの一角を担い、9月10日の対デビルレイズ戦では、メジャー初完封も記録。結局、14試合の先発で7勝4敗、防御率2.72、78奪三振(投球回数は92回2/3)という成績で、ジートのメジャー1年目は幕を閉じた。新人王投票では6位タイに付けている(この年の新人王は佐々木主浩であり、チームメイトのテレンス・ロングが2位となっている)。ディビジョンシリーズ(対ヤンキース)でも登板機会があり、5回2/3を1失点に抑えるもチームは敗れた。

カーブはメジャーリーグの投手の中でも折り紙付きの曲がり方を見せる。2001年の初登板となった4月3日のマリナーズ戦では、6回までノーヒットに抑える圧巻の投球を見せた。このジートの投球に応えるかのようにミゲル・テハダの満塁HRも飛び出した。この年、MVP、新人王、首位打者、盗塁王とタイトルを総なめにするイチローとの初対戦において、4打数無安打に抑えたのもこの試合である。結果として、7回を3安打無失点という内容でシーズン初勝利を挙げた。

その後はなかなか投球が安定せず、白星には恵まれなかったが、8月9日の対レッドソックス戦では2塁を踏ませない好投を見せ、この年初となる散発4安打の完封勝利をマーク。ちょうどこの約2週間前のツインズ戦では、わずか2回6失点でKOされていたが、それ以降の3試合では、23回1/3を投げてわずか6安打1失点に抑えている。この試合の勝利でレッドソックスをスウィ-プしたアスレティックスは8連勝となり、ワイルドカード争いの単独トップに躍り出た(チームの連勝は11まで伸びている)。

落ち着きを取り戻し、巧みな投球術で相手を手玉に取るジートは、8月20日の対インディアンズ戦で完封勝利をあげて以降、シーズン終了まで9連勝をマーク。シーズン通してとなると、35試合の先発で17勝8敗、防御率3.49、205奪三振という数字を残した。ディビジョンシリーズ(対ヤンキース)では、チームの2連勝後の第3戦に先発し、8回までを2安打1失点に抑えながらもホルヘ・ポサダのソロHRの前に敗れている(チームも3連敗し、このシリーズを勝ち抜けなかった)。

2002年はジートにとって、大きな飛躍を果たすこととなった。4月の時点では1勝(2敗)しか挙げられなかったが、5月頭から9連勝をマーク。5月に4勝、6月に5勝、7月と8月と9月は共に4勝という勝ちっぷりを見せたのである。オールスターゲームにも初選出されたこの年、終わってみれば35試合の先発で、23勝5敗、防御率2.75、182奪三振と圧倒的な成績を残した。チームメイトのティム・ハドソンマーク・マルダーと共にビッグスリーと言われる中で、頭ひとつ抜けた存在となったのである。さらにシーズン途中に、この年の1年契約を一旦破棄して、新たに4年間930万ドルという契約を結び直している。

見事にサイヤング賞を受賞することになったジートだが、アスレティックスの投手としてはデニス・エカーズリー(1992年)以来、5人目の快挙である。さらに勝率.821は、球団史上でボブ・ウェルチ(1990年/.818)を抜き、4位となる数字でもある。24歳でのサイヤング賞受賞としても、ロジャー・クレメンス(1986年)以来となるなど、まさに記録ずくめの1年となったのである。しかし、ディビジョンシリーズ(対ツインズ)ではジート自体は勝利を挙げたが、チームは勝ち抜けなかった。

2003年、開幕早々となる4月18日の対レンジャーズ戦で完封勝利を挙げて、通算50勝目をマークしたジート。わずか88試合の先発で50勝を挙げたが、これは球団史上、ルーブ・ワッデル(79試合)に次ぐ、50勝最速到達記録でもある。前年のように白星は伸びなかったが、35試合に先発し、14勝12敗、防御率3.30、146奪三振という数字を残している。しかし、ディビジョンシリーズ(対レッドソックス)ではジートが好投するも勝ち抜けず、球団としての課題が残った。

2002年には若くしてサイヤング賞を受賞したジート。2004年、打線の援護になかなか恵まれない不運がある中で、34試合に先発し、11勝11敗、防御率4.48、163奪三振という数字に終わった。キャリアハイとなる216本の被安打と、28本のHRを浴びるなど、本来の投球は出来なかったのである。チームも方針転換を迫られることとなり、オフにはハドソンとマルダーを他球団へ放出。ジートは残留し、アスレティックス投手陣を支える存在となることが求められるようになる。

2005年は開幕から4連敗するほど、苦しい投球が続いた。5月から8月の間に限れば、24試合の先発で8連勝を含む12勝6敗、防御率2.77という数字を残したが、9月の月間防御率は6.50と振るわなかった。終わってみると、35試合の先発で14勝13敗、防御率3.86という結果に終わっている。サイヤング賞を受賞したときのような投球を続けることは出来ないながらも、先発ローテーションを着実に守るジートの安定感はチームには欠かせないものである。

2006年、オプションを行使してアスレティックスに残留。シーズン中には幾つかの球団から移籍の打診があるものの、チームがポストシーズン進出を狙えたこともあり、そのまま残留した。結果としては34試合の先発で、16勝10敗、防御率3.83をマークし、3年ぶりにオールスターゲームに出場している。チームも地区優勝を果たし、ディビジョンシリーズ(対ツインズ)では第1戦でヨハン・サンタナに投げ勝ち、チームも3連勝でこのシリーズを勝ち抜いた。しかし、リーグチャンピオンシップシリーズ(対タイガース)では、第1戦で4回途中でKOされ、リーグ優勝を果たすことは出来なかった。

オフになると晴れてFA宣言したジート。メッツ、ジャイアンツ、マリナーズなどが獲得に動く中で、結果としてオークランドと近いサンフランシスコに本拠を構えるジャイアンツと契約合意。その内容は7年間で1億2600万ドルという、投手としての当時の最高額となる大型契約である。オプションの1年を含んでおり、最大としては8年間1億4400万ドルにまで膨れあがるもので、大きな注目を浴びたのである。

2007年、まさに鳴り物入りでジャイアンツのユニフォームを着ることになったジートだが、序盤から黒星が先行する苦しい船出となった。例年、調子を上げていく夏場だったが、7月の月間防御率は7.82と安定感を欠いた。結果、34試合に登板(先発は33試合)して、11勝13敗、防御率4.53と負け越してしまったのである。大型契約に見合う成績を挙げられなかった。

2008年も開幕から8連敗と前年以上に苦しんだ。4月が終わった段階で0勝6敗というのは、過去にデーブ・スチュワート(1984年)、マイク・マロス(2003年)がおり、ジートが3人目となる。初勝利は5月末まで待たなければならず、その後も勝ち負けを繰り返す不安定な内容で、終わってみると32試合の先発で10勝17敗、防御率5.15とかろうじて2桁勝利を維持した。チームメイトである若いティム・リンスカムが台頭し、サイヤング賞を獲得したこともあり、ジートに対しての批判は必然的に高まっていく。2009年には何とかかつての輝きを取り戻さなければならない。

【written by Kenji@webmaster】

獲得タイトル一覧

受賞アワード一覧

  • サイヤング賞:1回(2002-AL)

各年度別成績一覧

 YEAR Team    G  GS  CG SHO   W   L  SV     IP    H   SO   BB    R   ER    ERA
 -----------------------------------------------------------------------------
 2000  Oak   14  14   1   1   7   4   0   93.2   64   78   45   30   28   2.72
 2001  Oak   35  35   3   2  17   8   0  214.1  184  205   80   92   83   3.49
 2002  Oak   35  35   1   0  23   5   0  229.1  182  182   78   79   70   2.75
 2003  Oak   35  35   4   1  14  12   0  232.2  186  146   88   98   85   3.30
 2004  Oak   34  34   0   0  11  11   0  213.0  216  163   81  116  106   4.48
 2005  Oak   35  35   0   0  14  13   0  228.1  185  171   89  106   98   3.86
 2006  Oak   34  34   0   0  16  10   0  221.0   99  151   99   99   94   3.83
 2007  SF    34  33   0   0  11  13   0  196.2  105  131   83  105   99   4.53
 2008  SF    32  32   0   0  10  17   0  180.0  186  120  102  115  103   5.15
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 Total      288 287   9   4 123  93   0 1807.0 1596 1347  745  840  766   3.82

キャリアハイライト一覧

  • オールスター出場:3回(2002-AL、2003-AL、2006-AL)

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