- 2009-05-15 (金) 0:04
- MLB Players
#52 BJ・ライアン(B.J. RYAN) | RP

- 1998年6月ドラフト・レッズ17位(全米500番目)
- 1975年12月28日生 左投左打 198センチ 113キロ
- ルイジアナ州出身
過去3年間の成績
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 2006 Tor 65 0 0 0 2 2 38 72.1 42 86 20 12 11 1.37 2007 Tor 5 0 0 0 0 2 3 4.1 7 3 4 7 6 12.46 2008 Tor 60 0 0 0 2 4 32 58.0 46 58 28 21 19 2.95 ----------------------------------------------------------------------------- Total 535 0 0 0 20 27 115 516.0 402 612 247 201 186 3.24
選手の紹介文
左肘手術から鮮やかにクローザー復帰を果たしたBJ・ライアン。元々は左のワンポイントからセットアッパー、クローザーへと年々評価を高めていった実績がある。5年間4700万ドルという大型契約で、ブルージェイズ入りしたのは2006年のこと。まだチームをポストシーズンに導いたことがなく、更なる活躍が求められる。
ルイジアナ州に生まれたライアンは、大学卒業時の1998年ドラフトでレッズから17位指名(全米500番目)で指名されて、プロへの扉を開くこととなった。この時点で22歳ということもあり、スタートは2Aチャタヌーガからだった。登板機会を求めて1Aチャールストンでも投げたライアンはこの年、計19試合に登板し、1勝6セーブを挙げている。
1999年は2Aで開幕を迎え、主にセットアッパーとして登板。35試合の登板で2勝1敗6セーブ、防御率2.59をマークし、その後はインディアナポリスに昇格。そして、7月末には待望のメジャー昇格を果たした。しかし、わずか1試合に登板しただけで、7月31日にはホアン・グーズマンとの交換トレードがまとまり、オリオールズへの移籍が決まったのである。
移籍後はオリオールズ傘下の3Aロチェスターで調整登板を行い、8月末にはオリオールズへと昇格。左のワンポイントとして、ときにはロングリリーフを務めるなど便利な役割で、13試合に登板して防御率2.95をマークしたのである。ちなみに当時のオリオールズはマイク・ティムリンがクローザーであり、さらにジェシー・オロスコ、アーサー・ローズという2人の左腕がブルペンにいたこともライアンにはプラスになった。
2000年、オリオールズの開幕ロースター入りを果たしたライアン。4月時点では抜群の安定感を見せるも、その後に捕まり、6月の時点で一旦は3Aへと降格した。マイナー在籍時にはフューチャーズゲームの全米選抜に選出(登板せず)。7月末にはメジャー復帰し、そのままシーズンを終えた(メジャーでは42試合に登板し、防御率は5.91に終わった)。
2001年はメジャーに定着し、セットアッパーとして61試合に登板したライアン。浮上しないチームの中でメジャー初セーブも記録している(4勝2敗2セーブ、防御率4.25)。翌2002年も同じような立場で、クローザーであるホルヘ・フリオへつなぐセットアッパーとして活躍。70試合に登板して2勝1敗2セーブ、防御率4.68という数字を残している。
2003年、奪三振率が高まり、リーグ屈指のセットアッパーに成長した。5月1日の対タイガース戦では3番手として登板し、1球投げる前に牽制球でランナーを刺して、そのまま降板。打線が逆転してくれたこともあり、1球も投げる前に勝利投手になる珍事もあった。これはメジャー史上初の記録とも言われている(古くは記録がなく、本当に史上初かどうかの判断がつかない)。結果的にこの年は球団タイ記録となる76試合に登板し(1982年のティピー・マルチネスに並ぶ)、4勝1敗、防御率3.40をマーク。投球回数50回1/3で、63奪三振に27与四球という数字を残している。
2004年も安定感を誇り、前年と同じ76試合に登板。結果として4勝6敗3セーブ、防御率2.28と前年以上の成績を残し、シーズン終盤にはフリオに代わり、クローザーも任された。注目すべきは投球回数87回に対して、122奪三振と35与四球という奪三振率であり、9イニング換算の奪三振率は12.62個となる。これはアーマンド・ベニテスの13.01個(1997年)に次ぐ球団史上2位の記録である。
2005年は開幕からオリオールズのクローザーを任せられたライアンは、着実にセーブを積み重ねて、オールスターゲームにも初出場する名誉を手にした。69試合に登板して、1勝4敗36セーブ、防御率2.43、100奪三振(投球回数は70回1/3)という数字を残している。9イニング換算の奪三振率12.80は、前年以上であり、リーグトップの数字でもあった。そして、オフにはFAとなるとブルージェイズと5年間4700万ドルという大型契約を交わしたのである。これは当時のリリーフ投手の契約としては最高額であり、かつてマリアーノ・リベラが交わした4年間4000万ドル(2001~04年)を越える破格の内容である。ブルージェイズの並々ならぬ期待の大きさが見られた。
移籍1年目となる2006年、序盤はなかなかセーブ機会での登板に恵まれなかったが、5月に8セーブ、6月に9セーブと好調なチームを支えた。結果として65試合に登板し、2勝2敗38セーブ、防御率1.37、86奪三振という好成績を残した。シーズン38セーブはリーグ3位となる数字であり、自身2度目のオールスター出場を果たしている。厳しい地区の中で、ブルージェイズを地区2位に押し上げる原動力となった。
2007年は、わずか5試合に投げただけで左肘痛から離脱。早期の復帰が可能と思われていたが、予想以上の重傷で手術が必要ということになった。5月の段階で左肘にメスを入れることとなり、このままシーズンは終了。代役のクローザーをジェレミー・アカードが務め、30セーブを挙げている。
2008年に戦線復帰し、開幕から13回2/3を連続無失点に抑えている。5月末までの段階で12セーブを挙げ、防御率は0.53という安定感を見せ、手術明けということを感じさせなかった。結果としては60試合の登板で、2勝4敗32セーブ、防御率2.95、58奪三振をマーク。ブルージェイズの頼れるクローザーが戻ってきたのである。契約期間はまだ2年残っており、ライアンが果たさなければいけないことはたくさんある。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
各年度別成績一覧
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 1999 Cin 1 0 0 0 0 0 0 2.0 4 1 1 1 1 4.50 1999 Bal 13 0 0 0 1 0 0 18.1 9 28 12 6 6 2.95 2000 Bal 42 0 0 0 2 3 0 43.2 36 41 31 29 28 5.91 2001 Bal 61 0 0 0 2 4 2 53.0 47 54 30 31 25 4.25 2002 Bal 67 0 0 0 2 1 1 58.2 51 56 33 31 30 4.68 2003 Bal 76 0 0 0 4 1 0 50.1 42 63 27 19 19 3.40 2004 Bal 76 0 0 0 4 6 3 87.0 64 122 35 24 22 2.28 2005 Bal 69 0 0 0 1 4 36 70.1 54 100 26 20 19 2.43 2006 Tor 65 0 0 0 2 2 38 72.1 42 86 20 12 11 1.37 2007 Tor 5 0 0 0 0 2 3 4.1 7 3 4 7 6 12.46 2008 Tor 60 0 0 0 2 4 32 58.0 46 58 28 21 19 2.95 ----------------------------------------------------------------------------- Total 535 0 0 0 20 27 115 516.0 402 612 247 201 186 3.24
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:2回(2005-AL、2006-AL)
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