- 2008-05-31 (土) 9:53
- MLB Players

#19 ボブ・フェラー | SP

- 1936年・インディアンズと契約
- 1918年11月3日生 右投右打 183センチ 84キロ
- アイオワ州出身
選手の紹介文
火の玉に例えられるほどの恐ろしい剛速球を投げることから、「ラピット・ロバート」という愛称がつけられたボブ・フェラー。その速球に加え、大きなカーブを合わせ持つフェラーは、メジャーリーグの中で今でも伝説となっている大偉業をいくつも築き上げた。フェラーの通算266勝という記録も、仮に兵役による離脱がなければ、更に多くの白星を積み上げていたに違いない。
アイオワ州バンミーターという田舎町で生まれたフェラー。父親が映画「フィールドオブドリームス」のごとく、畑を潰して野球場を作るほどの野球好きで、フェラーはそこで野球を覚えた。子供のことから速球のスピードは群を抜いていたという。16歳の頃にショートから本格的に投手に転向すると、地元のセミプロチーム相手に20奪三振を奪う快投を見せたこともあり、フェラーの噂はメジャーリーグのスカウトの元にも届いた。
そして、やってきたインディアンズのスカウトと契約を結んだのはフェラーがまだ17歳のことである。しかし、当時のメジャーリーグは高校生との契約を禁じていたこともあり、フェラーを一旦マイナーのチームに置いて隠そうとした。このインディアンズの作戦はすぐに露呈してしまい、他球団からの抗議が相次ぐ。最終的にインディアンズがお金を払うことで、フェラーを失ずに済むという一悶着があった。
プロ1年目の1936年、オープン戦で対カージナルス戦のマウンドに立ったフェラーは、3回を投げて8個の三振を奪い、実力を見せる。この年の8月23日の対ブラウンズ戦で晴れてメジャーデビューしたフェラーは、15奪三振の完投でいきなり白星をゲット。続く9月13日の対アスレティックス戦では当時のメジャー記録タイ(リーグ新記録)となる17奪三振を記録し、その実力が本物だと周囲に認めさせた。1年目は5勝3敗の防御率3.34に終わるが、フェラー伝説のプロローグとしては充分なものである。ちなみにまだ高校生だったフェラーは、シーズン後に学校に戻っている。
1938年、本格的に先発ローテーションに加わったフェラーは、39試合の登板で17勝11敗の防御率4.08という成績を残し、さらに240個の三振を奪い最多奪三振王を獲得。シーズン最終戦の対タイガース戦では、1試合18奪三振をマークし、自らの記録を塗り替えるメジャー新記録を作った(しかし、試合は負け投手)。208四球というところにまだフェラーの脆さはあったが、まだ19歳というところにフェラーの末恐ろしさはあった。
1939年、24勝9敗、防御率2.85、246奪三振で最多勝と最多奪三振のタイトルを獲得したフェラー。そして、翌1940年、開幕戦の対ホワイトソックス戦のマウンドに上がったフェラーは史上初の開幕戦ノーヒッターを達成。この試合で奪った三振はわずかに8個だったが、開幕戦でノーヒッターを記録したのは後にも先にもフェラーのみである。この年は27勝11敗の防御率2.61、261奪三振という素晴らしい記録で、最多勝、最優秀防御率、最多奪三振と投手の三冠王を獲得した。
1941年も25勝13敗の防御率3.15、260奪三振と3年連続最多勝に4年連続最多奪三振と勢いは止められないフェラー。まだ、22歳のフェラーはこの時点ですでに107勝をマークしていた。しかし、時代がフェラーを味方しなかった。第二次世界大戦の影響で兵役につくことになったのである。1942年からの丸々3年間を戦場で過ごすことになってしまった。
マウンドの戻ってきたのは1945年のシーズン終盤のこと。約3年半というブランクはあったが、復帰の対ヤンキース戦で12奪三振の2失点完投勝利をマークし、その右腕に衰えがないところを見せた。わずか1ヶ月のみの登板だったため、5勝3敗に終わったフェラーだが、兵役中にその投球がレベルアップしていたのである。フェラーはそれまでの速球、カーブに加え、新球スライダーをマスターしていたのである。
1946年、再びメジャーでフルシーズン戦ったフェラーは48試合に登板し、26勝15敗、防御率2.18、348奪三振で最多勝と最多奪三振のタイトルを手にした。さらに36完投の10完封をマークしており、4月30日の対ヤンキース戦では自身2度目のノーヒッターも達成。翌1947年にも20勝11敗の防御率2.68、196奪三振をマークしている。
1948年、19勝15敗の防御率3.56、164奪三振を記録したフェラーは、チームの28年ぶりとなるリーグ優勝をもたらした。初めてのワールドシリーズで好投したフェラーだが、惜しくも0勝2敗に終わった。しかし、チームは4勝2敗で世界一に輝き、フェラーもその美酒を味わった。その後も毎年のように20勝近い数字を残していったフェラー。
1951年、22勝8敗をマークして、自身6度目の最多勝を獲得。この年の7月1日のタイガース戦では1失点ながらもノーヒッターを記録。こうして1956年まで現役を続けたフェラーは、メジャー通算18年のキャリアで、266勝162敗、防御率3.25、2581奪三振という数字を残した。ノーヒッター3回に1安打試合は12回も記録している。
フェラーと同時代を生きた選手としてはジョー・ディマジオ、テッド・ウイリアムスらがおり、数々の名勝負を繰り広げたが、それぞれがフェラーの剛速球を称えている。フェラーが付けていた背番号19はすでにインディアンズの永久欠番となっており、1962年には殿堂入りを果たしている。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 1936 Cle 14 8 5 0 5 3 1 62.0 52 76 47 29 23 3.34 1937 Cle 26 19 9 0 9 7 1 148.2 116 150 106 68 56 3.39 1938 Cle 39 36 20 2 17 11 1 277.2 225 240 208 136 126 4.08 1939 Cle 39 35 24 4 24 9 1 296.2 227 246 142 105 94 2.85 1940 Cle 43 37 31 4 27 11 4 320.1 245 261 118 102 93 2.61 1941 Cle 44 40 28 6 25 13 2 343.0 284 260 194 129 120 3.15 1945 Cle 9 9 7 1 5 3 0 72.0 50 59 35 21 20 2.50 1946 Cle 48 42 36 10 26 15 4 371.1 277 348 153 101 90 2.18 1947 Cle 42 37 20 5 20 11 3 299.0 230 196 127 97 89 2.68 1948 Cle 44 38 18 2 19 15 3 280.1 255 164 116 123 111 3.56 1949 Cle 36 28 15 0 15 14 0 211.0 198 108 84 104 88 3.75 1950 Cle 35 34 16 3 16 11 0 247.0 230 119 103 105 94 3.43 1951 Cle 33 32 16 4 22 8 0 249.2 239 111 95 105 97 3.50 1952 Cle 30 30 11 0 9 13 0 191.2 219 81 83 124 101 4.74 1953 Cle 25 25 10 1 10 7 0 175.2 163 60 60 78 70 3.59 1954 Cle 19 19 9 1 13 3 0 140.0 127 59 39 53 48 3.09 1955 Cle 25 11 2 1 4 4 0 83.0 71 25 31 43 32 3.47 1956 Cle 19 4 2 0 0 4 1 58.0 63 18 23 34 32 4.97 ----------------------------------------------------------------------------- Total 570 484 279 44 266 162 21 3827.0 3271 2581 1764 1557 1384 3.25
受賞タイトル一覧
- 最多勝6回(1939~41,47,48,51)
- 最優秀防御率1回(1940)
- 最多奪三振7回(1938~41,46~48)
- オールスター出場8回(1938~41,46~48,50)
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