- 2009-06-13 (土) 0:03
- MLB Players

#33 ブライアン・ジョーダン(Brian JORDAN) | RF

- 1988年6月ドラフト・カージナルス1位(全米30番目)
- 1967年3月29日生 右投右打 185センチ 92キロ
- メリーランド州出身
選手の紹介文
相次ぐ怪我に苦しめられたが、その中でも高い能力を随所に発揮したブライアン・ジョーダン。勝負強い打撃が売りであり、チームを引っ張るリーダーシップにも定評があった。マイナー時代にはNFLの選手としてのプレー経験があるなど、元々の運動能力には一目置かれていたのである。
メリーランド州に生まれたジョーダンは幼くして多種スポーツでその才能を発揮した。特に野球とフットボールは本格的にプレーしており、いずれも州を代表するほどの選手だった。高校卒業時の1985年ドラフトではインディアンズから20位指名(全米505番目)を受けるが、拒否して大学進学を選択した。
大学進学後も野球とフットボールの兼業は続き、どちらでも高い評価を手にしていた。そして、1988年ドラフトではカージナルスから1位指名(全米30番目)を受ける一方、NFLのバッファロー・バイソンズからも指名されたのである(こちらは指名後にアトランタ・ファルコンズへ移籍)。カージナルス傘下でマイナー生活を進める一方、1989年からの3年間はNFLでもプレーしている。
マイナー時代から高い才能を見せていたが、怪我の多い点がネックになっていたジョーダン。プロ入り後、1Aからプレーを始めるも怪我により出場経験は少なかった。それでも持ち前の実力もあり、1991年には3Aルイビルへと昇格し、61試合の出場で打率.264という数字を残している。
初めてメジャーの舞台に立ったのは1992年開幕早々のことだった。1年だけカージナルスに在籍していたアンドレス・ガララーガが怪我したため、その代役が巡ってきたのである。打撃面では波こそあったが守備面での評価は高かった。しかし、ジョーダン自らの怪我により故障者リスト入りしてしまうなど、耐久力という点では疑問符がついていたのも事実だった。55試合の出場で打率.207に終わっている。
その後もメジャーでの出場機会はそれほど増えないでいたが、1995年には初めてメジャーリーグでフルシーズンのプレーが出来た。この年、131試合に出場し、打率.296、22HR、81打点と好成績を挙げたのである。さらに翌1996年も140試合に出場し、打率.310、17HR、104打点をマークし、立派にメジャーリーガーとしてやっていけることを証明した。
1997年は3度も故障者リスト入りする不運に見舞われたが、1998年は150試合に出場し、打率.316、25HR、91打点という成績を残した。特に左投手には強く、打率.351と打ち込んでいる。最高の成績を挙げて、オフには晴れてFA宣言を行ったジョーダン。そして、ジョーダンが選んだのは優勝も狙えるブレーブスだった。
移籍1年目の1999年は、主力のガララーガがガンで出場できないという中でジョーダンは153試合に出場し、打率.283、23HR、115打点をマーク。初めてオールスターゲームにも出場し、おまけにヒットまで記録する忘れられないシーズンとなった。ディビジョンシリーズ(対アストロズ)では、打率.471と打ち込みチームの勝利に貢献。初めてのワールドシリーズ(対ヤンキース)も経験するが、13打数でわずか1本しかヒットを打てず大きなブレーキとなってしまった。
2000年は怪我に苦しめられたが、2001年は打率.295、25HR、97打点と復活。特にシーズン後半の9月29日、対メッツ戦で放った逆転サヨナラHRはブレーブスの10季連続地区優勝を決定付ける1発となった。しかし、ポストシーズンで敗れ、念願の世界一は果たせなかった。ジョーダンの打率も1割台と決していいものではない。
そして、2002年シーズン開幕前にゲーリー・シェフィールドとの交換でドジャースへの移籍が決まった。チームをずっと悩ませていた貧打の解消のために、ムードメーカー的な役割を果たしていたジョーダンを放出せざるを得なかったのが実状である。2002年はドジャースのレフトを任され、128試合の出場で打率.285、18HR、80打点という数字を残した。
2003年は出場機会が減り、2004年からはレンジャーズへと移籍するも怪我に苦しむ形となった。2005年には古巣ブレーブスに復帰するも、左膝の痛みが活躍を妨げた。若いジェフ・フランコーアの台頭もあり、満足できるシーズンを過ごすことは出来なかった。そして、2006年限りで現役を退いている。通算成績は打率.282、1454安打、184HR、821打点、119盗塁というものである。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1992 StL 55 193 17 40 9 4 5 22 48 10 7 .250 .373 .207 1993 StL 67 223 33 69 10 6 10 44 35 12 6 .351 .543 .309 1994 StL 53 178 14 46 8 2 5 15 40 16 4 .320 .410 .258 1995 StL 131 490 83 145 20 4 22 81 79 22 24 .339 .488 .296 1996 StL 140 513 82 159 36 1 17 104 84 29 22 .349 .483 .310 1997 StL 47 145 17 34 5 0 0 10 21 10 6 .311 .269 .234 1998 StL 150 564 100 178 34 7 25 91 66 40 17 .368 .534 .316 1999 Atl 153 576 100 163 28 4 23 115 81 51 13 .346 .465 .283 2000 Atl 133 489 71 129 26 0 17 77 80 38 10 .320 .421 .264 2001 Atl 148 560 82 165 32 3 25 97 88 31 3 .334 .496 .295 2002 LAD 128 471 65 134 27 3 18 80 86 34 2 .338 .469 .285 2003 LAD 66 224 28 67 9 0 6 28 30 23 1 .372 .420 .299 2004 Tex 61 212 27 47 13 1 5 23 35 16 2 .275 .363 .222 2005 Atl 76 231 25 57 8 2 3 24 46 14 2 .295 .338 .247 2006 Atl 48 91 11 21 2 0 3 10 23 7 0 .287 .352 .231 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1456 5160 755 1454 267 37 184 821 842 353 119 .333 .455 .282
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:1回(1999-NL)
-
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