- 2008-06-02 (月) 0:10
- MLB Players

#5 ブルックス・ロビンソン | 3B

- 1955年・オリオールズと契約
- 1937年5月18日生 右投右打 185センチ 82キロ
- アーカンソー州出身
選手の紹介文
「人間掃除機」と呼ばれるほどの鉄壁の守備を誇り、メジャーリーグ史上最高のサードベースマンと評価されるブルックス・ロビンソン。16年連続のゴールドグラブ賞受賞に加え、15年連続でオールスターゲームに先発出場するなどその足跡を球史に残した。オリオールズ一筋に23年間を過ごしたフランチャイズプレイヤーとしても価値のある選手である。
ロビンソンは高校での野球を経験していない珍しい球歴を持つ。教会などで行われている野球リーグに参加しており、当時のポジションはセカンドだったという。そこで頭角を現したロビンソンは1955年、高校卒業と同時にオリオールズと契約。契約したその年、シーズン終盤の9月には早くもメジャーに昇格し、デビュー戦では2安打を記録した。
その後はなかなかメジャーに定着できず、マイナーとの行き来を繰り返す。1958年には145試合に出場するも、翌1959年は開幕をマイナーで迎えるなど伸び悩んでいた。そんな中でメジャー定着したのは1960年のこと。オリオールズのサードのポジションを自らのものとして152試合に出場し、打率.294、14HR、88打点をマーク。初のゴールドグラブ賞も受賞している。
打球に対しての素早い反応やその強肩ぶり、送球の正確さもロビンソンの評価を高めた。打撃面でもクラッチヒッターぶりに磨きがかかり、1961年から2年連続で192安打をマーク。1962年には初の打率3割越え(.303)を果たしている。
そして1964年には194安打を記録し、打率.317、28HR、118打点をマークし、打点王のタイトルを獲得。シーズンのMVPも獲得している。この間もゴールドグラブ賞の常連として、その守備の評価は高まる一方だった。
1966年にはレッズからフランク・ロビンソンが移籍してきた。2人でロビンソン・コンビとして大活躍を見せ、フランクは移籍してきた1年目に三冠王に輝けば、ロビンソンも23HR、100打点をマーク。チームはボルチモア移転後初となるリーグ優勝を果たしている。
ワールドシリーズではサンディー・コーファックス、ドン・ドライスデールの両輪を抱えるドジャースとの対戦だったが、初戦にロビンソン・コンビのアベックアーチで圧倒。見事に4連勝で球団史上初の世界一に輝いた。ちなみにこの年、ロビンソンはオールスターゲームで3安打を放ち、オールスターMVPにも輝いている。
1969年からオリオールズはリーグ3連覇を果たすこととなるが、そのチームの中で2人のロビンソンとブーグ・バウエルらが打線の中心として活躍。1969年のワールドシリーズはメッツの前に苦杯を舐めたが、1970年のレッズとのワールドシリーズではロビンソンのプレーが大きな輝きを見せた。
第1戦では3塁線を抜けそうな猛打をバックハンドでキャッチして遠投でアウトにすれば、第2戦以降でもサードを襲う猛打を難なくさばいたロビンソン。打つ方でも21打数9安打、2HR、6打点と大当たりを見せ、レッズを4勝1敗で退けた。ロビンソンはシリーズMVPに輝いたわけだが、相手のスパーキー・アンダーソン監督をして「ロビンソン一人に負けた」と言わしめるほど、その存在感は際だっていたのである。
1971年はワールドシリーズでパイレーツの前に敗退するも、オリオールズは1973年、74年にも連続で地区優勝するなどまさに黄金時代を築き上げており、その中でロビンソンは欠かせない選手であった。
そのプレーに陰りが出始めたのは1975年のこと。常連であるゴールドグラブ賞は16年連続で受賞したが、打率は.201と低迷。翌1976年はわずか71試合の出場に留まり、連続ゴールドグラブ賞受賞の記録はストップした。そして1977年、開幕から絶不調に陥り、シーズン途中で現役引退を発表した。
ロビンソンが4月19日に打ったHRは通算268本目となる1本であったが、これが現役最後のHRとなった。ちょうどこのHRが出た前日の試合でメジャーデビュー間もないエディー・マレーがメジャー初HRを放っていたこともあり、後に殿堂入りを果たす2人の選手がわずかに交わった瞬間でもあった。
引退後、殿堂入り資格を得た初年度の1983年には殿堂入りを見事に果たし、ロビンソンの背番号5は永久欠番となった。走攻守で一流の成績を残したロビンソンは非常に陽気で親しみやすく、多くのファンに愛され、また1972年にはロベルトクレメンテ賞も受賞している。
オリオールズ一筋に2896試合に出場し、2848安打、1357打点、1232得点という数字を残した。守備面ではサードとしては2870試合に出場し、守備率.971、刺殺2697、捕殺6205、併殺打618のいずれもがメジャートップの記録。ロビンソンは紛れもなくメジャーリーグを代表するサードベースマンであった。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1955 Bal 6 22 0 2 0 0 0 1 10 0 0 .091 .091 .091 1956 Bal 15 44 5 10 4 0 1 1 5 1 0 .244 .386 .227 1957 Bal 50 117 13 28 6 1 2 14 10 7 1 .286 .359 .239 1958 Bal 145 463 31 110 16 3 3 32 51 31 1 .292 .305 .238 1959 Bal 88 313 29 89 15 2 4 24 37 17 2 .325 .383 .284 1960 Bal 152 595 74 175 27 9 14 88 49 35 2 .329 .440 .294 1961 Bal 163 668 89 192 38 7 7 61 57 47 1 .334 .397 .287 1962 Bal 162 634 77 192 29 9 23 86 70 42 3 .342 .486 .303 1963 Bal 161 589 67 148 26 4 11 67 84 46 2 .305 .365 .251 1964 Bal 163 612 82 194 35 3 28 118 64 51 1 .368 .521 .317 1965 Bal 144 559 81 166 25 2 18 80 47 47 3 .351 .445 .297 1966 Bal 157 620 91 167 35 2 23 100 36 56 2 .333 .444 .269 1967 Bal 158 610 88 164 25 5 22 77 54 54 1 .328 .434 .269 1968 Bal 162 608 65 154 36 6 17 75 55 44 1 .304 .416 .253 1969 Bal 156 598 73 140 21 3 23 84 55 56 2 .298 .395 .234 1970 Bal 158 608 84 168 31 4 18 94 53 53 1 .335 .429 .276 1971 Bal 156 589 67 160 21 1 20 92 50 63 0 .341 .413 .272 1972 Bal 153 556 48 139 23 2 8 64 45 43 1 .303 .342 .250 1973 Bal 155 549 53 141 17 2 9 72 50 55 2 .326 .344 .257 1974 Bal 153 553 46 159 27 0 7 59 47 56 2 .353 .374 .288 1975 Bal 144 482 50 97 15 1 6 53 33 44 0 .267 .274 .201 1976 Bal 71 218 16 46 8 2 3 11 24 8 0 .240 .307 .211 1977 Bal 24 47 3 7 2 0 1 4 4 4 0 .212 .255 .149 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2896 10654 1232 2848 482 68 268 1357 990 860 28 .322 .401 .267
受賞タイトル一覧
- MVP1回(1964)
- 打点王1回(1964)
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