- 2008-05-25 (日) 0:01
- MLB Players

#11 カール・ハッベル(Carl HUBBELL) | SP

- 1925年・タイガースと契約
- 1903年6月22日生 左投左打 183センチ 77キロ
- ミズーリ州出身
選手の紹介文
ヤンキースのHR打者として人気を集めていたベーブ・ルースと共に、ジャイアンツの左腕エースとして、スクリューボールを武器に白星を重ねていたカール・ハッベル。このハッベルとルースはリーグが違うために戦う機会はなかったが、とある少年がこの対決をみたいと言ったところから、今にも続くオールスターゲームが始まったと言われている。
第1回オールスターゲームが開催された1933年、たまたまシカゴで万国博覧会が開催されており、そのイベントの一つとして企画されたことが事実らしい。たまたま少年から「ルースとハッベルの対決が見たい」という投書があり、これに乗っかったのである。
実のところ、「ワールドシリーズの権威を損ねる」という理由で反対意見が多数を占めたが、シカゴ・トリビューン紙のアーチ・ウォード氏の熱心な説得により、開催にこぎつけた。第1回オールスターゲームではルースとハッベルの対決は見られなかったが、幸いなことに大盛況に終わり、これ以降、オールスターゲームは夏の定番となっていったのである。
ハッベルがプロの世界に飛び込んだのは1923年、23歳の頃であった。マイナーリーグでプレーしていたハッベルは、その中でスクリューボールをマスターする。このボールを武器にハッベルは台頭し、1925年のシーズン終了後、タイガースと契約を交わすに至ったのである。当時のタイガースの監督は、選手兼任としてチームを引っ張っていたタイ・カッブであった。実力は折り紙つきだが、「スクリューボールは腕に負担がかかる」というカッブの判断から、ハッベルはマイナーリーグへ送り込まれることになる。その中でもハッベルは腐ることなく投げ続けたのである。
そんなハッベルをジャイアンツのスカウトが見逃さなかった。すぐさまジョン・マグロー監督に報告し、1928年のシーズン途中に4万ドルでタイガースから獲得したのである。ジャイアンツの一員としてマウンドに上がったハッベルはシーズン途中からでありながらも、10勝6敗、防御率2.84という非凡な成績を残している。1929年には18勝、翌1930年には17勝とスクリューボールが冴え渡り、白星を重ねていくハッベル。6年以上にも渡るマイナー生活ながらも、才能を磨き続けたハッベルは、その才能を開花させた。
1933年には45試合に登板し、10完封含む23勝(12敗)に防御率1.66という桁違いの成績を残し、MVP、最多勝、最優秀防御率のタイトルを総なめ。投球回数308回2/3での防御率1点台は圧巻である。この年のハッベルは左腕投手としてメジャー記録である45回1/3連続イニング無失点記録を樹立し、延長18回を完封する快投も見せている。
この年はチームもリーグ優勝を果たした。セネタースとのワールドシリーズでは第1戦と第4戦に白星をマークし、チームの世界一に貢献。「キング・カール」と呼ばれ始めたのもこの頃で、スクリューボールを武器にメジャーリーグを代表する左腕投手としての地位を着実なものとした。
1934年、第2回オールスターゲームの先発投手に選出されたハッベルは、待望のルースとの初対戦に至った。初回にいきなりヒットと四球でノーアウト1塁2塁とピンチを迎えたところで、打席にルースを迎えた。注目の対決は、見逃し三振でハッベルが勝利を収めると、その後も快投を続けた。ルースの後は、ルー・ゲーリッグ、ジミー・フォックス、アル・シモンズ、ジョー・クローニンという後々殿堂入りを果たす名だたる名打者から5者連続三振を記録。本来ならスクリューボールを武器に打たせて取る投球が持ち味のハッベルだが、この時は三振奪取に大きな注目が集まった。
結局、ハッベルは1933年から6年連続で20勝以上をマークするなど全盛期を迎えた。特に1936年から2年がかりで24連勝を挙げるなど、その勢いは留まることを知らない。1938年シーズン途中に左肘を痛めてしまうアクシデントで、成績は徐々に尻すぼみに終わっていったハッベル。ジャイアンツ一筋で1943年に引退したハッベルの通算成績は253勝154敗、防御率2.98というものである。
引退後もジャイアンツのフロントに入り、それはチームがニューヨークからサンフランシスコに移転してからも続いた。1947年には殿堂入りも果たし、ハッベルが付けていた背番号11もジャイアンツの永久欠番となっている。
オールスターゲームが誕生するきっかけになった伝説の選手であるハッベルは、そのオールスターゲームでも伝説となる投球を披露するなど、真夏の祭典を語るには欠かせない選手として、現代にも語り継がれている。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
- 最多勝:3回(1933-NL、1936-NL、1937-NL)
- 最優秀防御率:3回(1933-NL、1934-NL、1936-NL)
- 最多奪三振:1回(1937-NL)
受賞アワード一覧
- シーズンMVP:2回(1933-NL、1936-NL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 1928 NYG 20 14 8 1 10 6 1 124.0 117 37 21 49 39 2.83 1929 NYG 39 35 19 1 18 11 1 268.0 273 106 67 128 110 3.69 1930 NYG 37 32 17 3 17 12 2 241.2 263 117 58 120 104 3.87 1931 NYG 36 30 21 4 14 12 3 248.0 211 155 67 88 73 2.65 1932 NYG 40 32 22 0 18 11 2 284.0 260 137 40 96 79 2.50 1933 NYG 45 33 22 10 23 12 5 308.2 256 156 47 69 57 1.66 1934 NYG 49 34 25 5 21 12 8 313.0 286 118 37 100 80 2.30 1935 NYG 42 35 24 1 23 12 0 302.2 314 150 49 125 110 3.27 1936 NYG 42 34 25 3 26 6 3 304.0 265 123 57 81 78 2.31 1937 NYG 39 32 18 4 22 8 4 261.2 261 159 55 108 93 3.20 1938 NYG 24 22 13 1 13 10 1 179.0 171 104 33 70 61 3.07 1939 NYG 29 18 10 0 11 9 2 154.0 150 62 24 60 47 2.75 1940 NYG 31 28 11 2 11 12 0 214.1 220 86 59 102 87 3.65 1941 NYG 26 22 11 1 11 9 1 164.0 169 75 53 73 65 3.57 1942 NYG 24 20 11 0 11 8 0 157.1 158 61 34 75 69 3.95 1943 NYG 12 11 3 0 4 4 0 66.0 87 31 24 36 36 4.91 ----------------------------------------------------------------------------- Total 535 432 260 36 253 154 33 3590.1 3461 1677 725 1380 1188 2.98
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:9回(1933-NL~1938-NL,1940-NL~1942-NL)
- ノーヒッター:1回(1929-5-8-NYG/パイレーツ戦)
- 世界一経験:1回(1933-NYG)
- 殿堂入り:1947年(投票率:87.0%)※3回目
- 永久欠番:#11(Giants)
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