- 2008-06-09 (月) 0:04
- MLB Players

#8 カール・ヤストレムスキー | OF

- 1959年・レッドソックスと契約
- 1939年8月22日生 右投左打 183センチ 84キロ
- ニューヨーク州出身
選手の紹介文
名門レッドソックスの主砲として23年間も君臨した「ヤズ」ことカール・ヤストレムスキー。打撃の神様もと言われたテッド・ウイリアムスと入れ替わるようにレッドソックスのレフトを守り、積み上げた成績は決してウイリアムスに劣るものではない。
1939年(ちょうどウイリアムスがレッドソックスに昇格した年)、ヤストレムスキーはニューヨーク州にて産声を上げた。実家はポテトの農場を営んでおり、自然に野球とも触れていくことになる。子供の頃のヤストレムスキーはヤンキースの大ファンで、将来の夢はピンストライブのユニフォームを着るということだった。
ノートルダム大学に進学し、その才能を発揮していたヤストレムスキーへ最初に接触してきたのは憧れのヤンキースであったという。スカウトに連れられてヤンキースのクラブハウスへ案内してもらったが、憧れのスター選手には相手にされず、ヤストレムスキーは大いに落胆したという。
スター選手が並ぶヤンキースの中では出場機会も少ないとのではないかと考えたヤストレムスキーは、ヤンキースとの契約を断り、より選手層の薄いレッドソックスへ入団を決めた。こうして、ヤストレムスキーは1958年、契約金10万ドルでレッドソックスと契約を交わすに至る。
1959年、1Aからプロのキャリアをスタートさせたヤストレムスキー。この年、記録した打率.377、170安打、34本の2塁打数というのはいずれもリーグトップであった。ただ、当時はセカンドを守っていたヤストレムスキーはリーグトップとなる45個ものエラーを喫していたのである。
2Aへ昇格した1960年、ヤストレムスキーは外野へコンバートすることになった。そして、リーグトップの193安打を記録するなど、依然として高い打撃能力は見せていた。そんな中、ウイリアムスが現役引退することとなり、レッドソックスのレフトの座が空くことになったわけだが、その後継者としてヤストレムスキーに白羽の矢が立った。
1961年の開幕がヤストレムスキーにとってのメジャーデビューである一方、それはウイリアムスの後釜という、新人にとっては重々しい責任がのしかかっていた。そんなヤストレムスキーを救ったのはウイリアムスであり、ヤストレムスキーの精神面を支えていたという。
そんな中、メジャー1年目のヤストレムスキーは打率.266(155安打)、11HR、80打点と合格点とも言える数字を残した。メジャー2年目は、打率.296、19HR、94打点をマーク。厳しかったのはチームは勝率5割にすら満ちていないチームにいたということである。
1963年には打率.321をマークして首位打者のタイトルを獲得したヤストレムスキー。その後も打率は3割付近、HRは20本前後というのが成績に落ち着いていたものの、HR数の増加を課題として、ウエイトトレーニングを取り入れることにしたのは1966年シーズン後のオフである。この向上心がヤストレムスキーを更なる上の段階へ押し上げることとなった。
1967年、すでに下位が指定席になりつつあったレッドソックスの新監督としてディック・ウイリアムスを迎えた。ディックはアスレティックスの監督として世界一も経験している名将であり、厳しい指導には定評があった。このディックの元、レッドソックスは生まれ変わったのである。
特にシーズン後半戦はホワイトソックス、タイガース、ツインズにレッドソックスを加えた4球団で日替わりで首位が入れ替わるという激戦を演じた。チームの優勝を懸けて戦う一方、ヤストレムスキーは三冠王も懸けて戦っていたのである。飛躍的に伸びたHR数は、ツインズの主砲ハーモン・キルブリューとタイトルを争うまでに成長していた。
ヤストレムスキーはシーズン最後の12試合で44打数23安打、5HR、16打点をマークし、チームに優勝をもたらす一方、打率.326、44HR、121打点で三冠王も獲得したのである。特にシーズン最終戦では先制されながらも、ヤストレムスキーの同点打からチームが勢いづくという最高の形だった。そして、シーズンMVPという栄誉まで手にしている。
ワールドシリーズではボブ・ギブソンを擁するカージナルスと対戦。ヤストレムスキーは25打数10安打、3HR、5打点と猛打を発揮するが、第7戦まで戦い、ギブソンの快投の前に世界一の座を手にすることは出来なかった。
1968年、投手優位となったシーズンでは打率.301という低打率で自身3度目の首位打者となっている。リーグ唯一の3割打者となったのである。1969年からは2年連続40HRを記録するなど、長打力も見せつけた。
打撃が注目を浴びるヤストレムスキーもレフトの守備は評価が高く、ゴールドグラブ賞も7度受賞している。まさに強肩強打のヤストレムスキーはレッドソックスの顔として活躍。
1970年代に入り、FA制度が導入されるなど球界の枠組みが大きく変わる中、ヤストレムスキーはレッドソックスでプレーし続けることにこだわった。引退を決意したのは44歳となる1983年のことで、この時点でメジャーキャリアは23年を数えていた。
通算記録は3308試合出場、打率.285、3419安打、452HR、1844打点というものである。オールスター出場は18度とリーグを代表する選手であったことは誰もが認めている。ヤストレムスキーの付けていた背番号8番は永久欠番となり、1989年には殿堂入りを果たしている。
チームの大先輩であるウイリアムスとは、右投左打、三冠王、世界一未経験、レフトを守るなど共通点は多い。「20世紀最後の4割打者」ウイリアムスに対して、「20世紀最後の三冠王」ヤストレムスキーと言われるなど、レッドソックスを彩った名選手には悲劇的なイメージがかぶってしまう。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1961 Bos 148 583 71 155 31 6 11 80 96 50 6 .324 .396 .266 1962 Bos 160 646 99 191 43 6 19 94 82 66 7 .363 .469 .296 1963 Bos 151 570 91 183 40 3 14 68 72 95 8 .418 .475 .321 1964 Bos 151 567 77 164 29 9 15 67 90 75 6 .374 .451 .289 1965 Bos 133 494 78 154 45 3 20 72 58 70 7 .395 .536 .312 1966 Bos 160 594 81 165 39 2 16 80 60 84 8 .368 .431 .278 1967 Bos 161 579 112 189 31 4 44 121 69 91 10 .418 .622 .326 1968 Bos 157 539 90 162 32 2 23 74 90 119 13 .426 .495 .301 1969 Bos 162 603 96 154 28 2 40 111 91 101 15 .362 .507 .255 1970 Bos 161 566 125 186 29 0 40 102 66 128 23 .452 .592 .329 1971 Bos 148 508 75 129 21 2 15 70 60 106 8 .381 .392 .254 1972 Bos 125 455 70 120 18 2 12 68 44 67 5 .357 .391 .264 1973 Bos 152 540 82 160 25 4 19 95 58 105 9 .407 .463 .296 1974 Bos 148 515 93 155 25 2 15 79 48 104 12 .414 .445 .301 1975 Bos 149 543 91 146 30 1 14 60 67 87 8 .371 .405 .269 1976 Bos 155 546 71 146 23 2 21 102 67 80 5 .357 .432 .267 1977 Bos 150 558 99 165 27 3 28 102 40 73 11 .372 .505 .296 1978 Bos 144 523 70 145 21 2 17 81 44 76 4 .367 .423 .277 1979 Bos 147 518 69 140 28 1 21 87 46 62 3 .346 .450 .270 1980 Bos 105 364 49 100 21 1 15 50 38 44 0 .350 .462 .275 1981 Bos 91 338 36 83 14 1 7 53 28 49 0 .338 .355 .246 1982 Bos 131 459 53 126 22 1 16 72 50 59 0 .358 .431 .275 1983 Bos 119 380 38 101 24 0 10 56 29 54 0 .359 .408 .266 ------------------------------------------------------------------------------ Total 3308 11988 1816 3419 646 59 452 1844 1393 1845 168 .379 .462 .285
受賞タイトル一覧
- MVP1回(1967)
- 首位打者3回(1963,67,68)
- 本塁打王1回(1967)
- 打点王1回(1967)
- ゴールドグラブ賞7回(1963,65,67~69,71,77)
- オールスター出場18回(1963,65~79,82,83)
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