- 2009-02-19 (木) 0:07
- MLB Players

#37 ケーシー・ステンゲル(Casey STENGEL) | Mgr

- 1912年・ドジャースと契約
- 1890年7月30日生 左投左打 178センチ 79キロ
- ミゾーリ州出身
選手の紹介文
巧みな選手起用で名将としての地位を確保したケーシー・ステンゲル。監督生活の最初は道化師としての面が目立っていたが、晩年ヤンキース監督就任から評価は一変した。1949年からのヤンキース5連覇を導き、多くの名選手を自在に操った。1962年に新球団メッツの監督として記録したシーズン120敗は決してステンゲルの偉業を汚すものではない。
ミズーリ州カンザスシティに生まれたステンゲル。本名をチャールズ・ディロン・ステンゲルというが、出身地がカンザスシティであることから後にKC(ケーシー)と呼ばれることになった。そのステンゲルは学生時代から野球以外のあらゆるスポーツで才能をを発揮していた。19歳になる1910年にはマイナー球団でプロとしてのキャリアをスタートさせている。
当時のステンゲルは歯医者になりたいという夢があり、オフには大学で歯学を学んだりしていたが、左利き用の器具が揃っていない現実に直面し、より野球に力を入れるようになる。1911年にはマイナー球団で121試合に出場し、打率.352、148安打を記録。1912年、ブルックリンに本拠を構えていたドジャースと契約し、メジャーデビューも果たした。
ドジャースには1917年まで在籍。選手としては良い選手ではあったが、スタープレイヤーではなかった。1918年以降はパイレーツ、フィリーズ、ジャイアンツ、ブレーブスと渡り歩き、1925年限りで現役引退。選手としての通算成績は打率.284、60HR、131打点というものである。
後のキャリアを考えると、1921年途中から1923年までの2年半在籍したジャイアンツで、ジョン・マグローの元で監督術を学んだことが大きなプラスになったと言われている。1922年はヤンキースとのワールドシリーズを制し、選手として世界一を経験(ジャイアンツにとっては2年連続世界一)。翌1923年もワールドシリーズでヤンキースと対戦。ヤンキースタジアムが開場して初のワールドシリーズで、ジャイアンツ在籍のステンゲルは第1戦と第3戦にHR。シリーズには敗れて世界一は逃したが、ステンゲルはヤンキースタジアムの歴史に名を刻んだのである(この年がヤンキースにとって球団史上初の世界一だった)。
引退後はマイナーリーグの監督を務めた。1934年にドジャースの監督としてメジャーリーグの舞台に復帰。3年間監督を務めるが1度も勝率5割を超えずに解任された。1年おいて1938年にはブレーブスの監督となるが、ここでも5年間努めて勝率5割越えは1度だけと、結果を残せずにメジャーリーグの舞台から去ることとなった。
1944年からは再びマイナーリーグの監督となった。メジャーリーグの監督として失格の烙印を押されていたステンゲルだったが、選手時代の仲間のつてでカブス傘下のマイナーチームであるミルウォーキー・ブリュワーズ(現在のブリュワーズとは関係なし)の監督となった。このブリュワーズのオーナーは後にインディアンズのオーナーとして奇抜なアイデアを繰り出し、観客動員を高めたビル・ベックであった。ベックはステンゲルを評価していなかったが、ベック自体が戦争に出征している最中であり、反対することが出来なかったのである。
ベック不在時に、ステンゲルはブリュワーズに優勝をもたらすなど、監督としての高い能力の片鱗を見せた。観客動員も増やし、興行的にも成功を収めたのである。1948年にはマイナーのオークランド・オークスに移り、ここでもリーグ優勝をもたらすなど、好成績を残したのである。ステンゲルの非凡な才能に目を付けていた者がおり、ここから新たな運命が切り開かれていくのである。それは選手時代にステンゲルとチームメイトだったジョージ・ワイスであり、1947年からヤンキースのGMを務めていたのである。
ワイスの周到な根回しもあり、1949年からヤンキースの監督として招聘されることになった。この時点ですでに58歳だったステンゲルの監督就任には周辺からは疑問の声に溢れたが、その采配で周囲の雑音を静めるには時間がかからなかった。
ヤンキース監督1年目となる1949年は、主砲でありながらも晩年を迎えつつあったジョー・ディマジオが怪我と肺炎でシーズン半分を欠場する有様だったが、ヨギ・ベラ、トミー・ヘンリック、フィル・リズドーら選手全員を効果的に起用した。対戦相手によって打順を変えるなど猫の目打線を駆使し、レッドソックスと激しい優勝争いを演じた。シーズン最後の首位レッドソックスとの2連戦で連勝し、逆転でのリーグ優勝を決めたのである。ワールドシリーズでもドジャースを4勝1敗で振り切り、念願の世界一となった。ステンゲルの監督としての評価は一変したのである。
1949年からヤンキースは5年連続世界一となった。それはステンゲルの手腕によるところが大きい。この間はディマジオの現役引退ということもあったが、ミッキー・マントル、ビリー・マーチンなどを上手く起用し、ヤンキースの主力選手に育て上げた。投手としてはホワイティ・フォードの台頭も常勝ヤンキースを語るに欠かせないパーツである。ステンゲルの戦略家としての才能が、ヤンキースを土壌としてようやく花開いた。
元来陽気な性格で、数々の迷言で周囲を惑わせていた。ヤンキース監督として結果を残すまでは迷言の方にばかり注目されたが、結果を残してからはまるで魔術師のような金言に周囲から受け止められるようになってくる。5年連続世界一の後は、1年おいてから4年連続リーグ優勝(そのうち2度は世界一)。1960年、リーグ優勝を果たすもワールドシリーズでパイレーツの前に敗れるとその年限りで退任。この時点で70歳だったステンゲルは「もう70歳になる過ちは犯さない」といって球界を去った。
しかし1962年、球団拡張時にメッツが新設されると、その初代監督にステンゲルが就任した。1年目は40勝120敗と散々な成績で最下位に沈んだ。とはいえ、新球団メッツの負けっぷりはニューヨークのファンに受け入れられ、ステンゲルの迷言も周囲を大いに楽しませた。戦力が揃ってなければ勝てないのは当然であり、その後もシーズン100敗以上の苦しいシーズンを過ごした。結果として1965年限りで監督を退いた。
ステンゲルが一番輝いていたヤンキース監督時代は、12年間でリーグ優勝10回、世界一5回と桁違いの数字を残している。1966年には晴れて野球殿堂入りを決めた。ヤンキースとメッツで付けていた背番号37番は両球団で永久欠番に指定されている。監督としての通算成績は1905勝1842敗というものである。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1912 Bro 17 57 9 18 1 0 1 13 9 15 5 .466 .386 .316 1913 Bro 124 438 60 119 16 8 7 43 58 56 19 .356 .393 .272 1914 Bro 126 412 55 130 13 10 4 60 55 56 19 .404 .425 .316 1915 Bro 132 459 52 109 20 12 3 50 46 34 5 .294 .353 .237 1916 Bro 127 462 66 129 27 8 8 53 51 33 11 .329 .424 .279 1917 Bro 150 549 69 141 23 12 6 73 62 60 18 .336 .375 .257 1918 Pit 39 122 18 30 4 1 1 12 14 16 11 .343 .320 .246 1919 Pit 89 321 38 94 10 10 4 43 35 35 12 .364 .424 .293 1920 PhP 129 445 53 130 25 6 9 50 35 38 7 .356 .436 .292 1921 PhP 24 59 7 18 3 1 0 4 7 6 1 .369 .390 .305 1921 NYG 18 22 4 5 1 0 0 2 5 1 0 .261 .273 .227 1922 NYG 84 250 48 92 8 10 7 48 17 21 4 .436 .564 .368 1923 NYG 75 218 39 74 11 5 5 43 18 20 6 .400 .505 .339 1924 BsB 131 461 57 129 20 6 5 39 39 45 13 .348 .382 .280 1925 BsB 12 13 0 1 0 0 0 2 2 1 0 .143 .077 .077 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1277 4288 575 1219 182 89 60 535 453 437 131 .356 .410 .284
キャリアハイライト一覧
- 世界一経験:8回(1922-NYG、1949-NYY~1953-NYY、1956-NYY、1958-NYY)
- 殿堂入り:1996年(ベテランズ委員会)
- 永久欠番:#37(Mets)、#37(Yankees)
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Tags :
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