- 2008-11-06 (木) 0:07
- MLB Players

#27 キャットフィッシュ・ハンター(Catfish HUNTER) | SP

- 1964年アスレティックスと契約
- 1946年4月8日生 右投右打 183センチ 88キロ
- ノースカロライナ州出身
選手の紹介文
強気な投球で世界一を5度も経験したキャットフィッシュ・ハンター。FA制度が制定される前にFAとなったことでも知られる選手である。剛速球投手でも変化球投手でもなかったが、コーナーを丹念に付く本格派投手として名を挙げた。若くして完全試合を達成し、その後は5年連続20勝を達成するなど、一時代を築いたのである。
ノースカロライナ州で生まれたハンターは若くして投手としての才能を発揮した。高校時代には数多くの球団のスカウトがハンターの元を訪れたが、狩猟に出かけた際、兄が誤ってハンターの足を銃で撃ってしまったのである。これによりスカウトの大半がハンターの元を離れたが、アスレティックスだけがハンターの資質を高く評価し、怪我が癒えれば大丈夫という判断を下し、1964年に契約へと至ったのである。
本名はジェイムズ・ハンターだが、キャットフィッシュ(ナマズ)という愛称が付いたのはアスレティックスのオーナーであるチャールズ・フィンリーのアイデアによるものである。ハンターを売り出すための愛称であり、そう呼ばれるに至るストーリーまで用意する周到さはフィンリーの知恵である。後に口ひげとの関連性が話されることがあったが、むしろ口ひげは後付で、愛称があっての口ひげという方が正確である。
1965年、当時はカンザスシティに本拠を構えていたアスレティックスでハンターはメジャー昇格。まだ黒星が先行する投手であり、ハンターは自身の制球力を磨くべく練習に励むことになる。1967年限りでアスレティックスはカンザスシティからオークランドに移転することとなり、それと同時にハンターも飛躍のきっかけを掴むことになる。
1968年、5月8日のツインズ戦、ハンターは7回まで1人もランナーを許さない完全な投球を見せていたが、打線の援護がなく0対0のまま試合は進んでいた。するとハンターが自らのバットで3打点を挙げる活躍を見せて、自らを援護。まだ指名打者制が導入されていなかったことが幸いしたのかもしれない。結果、この試合でハンターは完全試合を達成。まだ22歳という若さでの大記録だが、アメリカンリーグ史上ではチャーリー・ロバートソン(1922年)以来46年ぶりの快挙となる。
1971年は21勝11敗、防御率2.96という成績を挙げたハンター。翌1972年も21勝7敗、防御率2.04という安定した数字を残し、リーグを代表する投手にまでのし上がった。特にこの年はチームもリーグ優勝を果たし、ワールドシリーズのマウンドにも立ち、レッズを下し、初の世界一の栄冠を手にしている。後に殿堂入りすることになる若き日のレジー・ジャクソン、ローリー・フィンガーズらと共に黄金時代を築いたのである。
アスレティックスは1972年から3年連続世界一となるが、その間ハンターは20勝以上をマークし、チームの中心投手として活躍した。1974年は25勝12敗、防御率2.49という成績で最多勝と最優秀防御率のタイトルを獲得し、サイヤング賞も受賞している。常に真っ向勝負するハンターの投球スタイルは制球力が生命線であるが、その制球力は抜群であったのである。
1974年のハンターの年俸は10万ドルであり、本来であればその半分の5万ドルは保険年金に組み入れられる契約だったが、それをオーナーであるフィンリーが義務を果たさず、その点をハンターが訴えたのである(保険年金とすると球団側が税金を払わなければいけないという背景もあったが)。保留条項を含む全ての契約事項は無効であると訴え、結果としてハンターの身柄はFAとなったのである。複数球団がハンター獲得に名乗りを挙げ、結果的にヤンキースと契約金100万ドルを含む5年間375万ドルで契約することとなった(FA制度が確立されるのはその2年後のことである)。
ヤンキースに移籍した1975年、ハンターは23勝14敗、防御率2.58という成績を残し、自身5年連続20勝を達成した。最多勝のタイトルも連続受賞となっている。1976年、1977年はそれぞれ17勝、9勝に終わるが、チームは2年連続世界一に輝いており、アスレティックス時代と含めて、世界一を経験するのは5回となる。ジョージ・スタインブレナーという名物オーナーの元で結果を残したのである。
1979年、契約最終年を終えて、ハンターは33歳という若さで現役引退を発表。筋力が低下する難病(ゲーリッグ病)を患っていたことが後に判明している。通算成績は224勝166敗、防御率3.26というもので、1987年には殿堂入り資格取得3年目にして殿堂入りを決めた。その後、アスレティックスはハンターの付けていた背番号27番を永久欠番としている。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 1965 KCA 32 20 3 2 8 8 0 133.0 124 82 46 68 63 4.26 1966 KCA 30 25 4 0 9 11 0 176.2 158 103 64 87 79 4.02 1967 KCA 35 35 13 5 13 17 0 259.2 209 196 84 91 81 2.81 1968 Oak 36 34 11 2 13 13 1 234.0 210 172 69 99 87 3.35 1969 Oak 38 35 10 3 12 15 0 247.0 210 150 85 99 92 3.35 1970 Oak 40 40 9 1 18 14 0 262.1 253 178 74 124 111 3.81 1971 Oak 37 37 16 4 21 11 0 273.2 225 181 80 103 90 2.96 1972 Oak 38 37 16 5 21 7 0 295.1 200 191 70 74 67 2.04 1973 Oak 36 36 11 3 21 5 0 256.1 222 124 69 105 95 3.34 1974 Oak 41 41 23 6 25 12 0 318.1 268 143 46 97 88 2.49 1975 NYY 39 39 30 7 23 14 0 328.0 248 177 83 107 94 2.58 1976 NYY 36 36 21 2 17 15 0 298.2 268 173 68 126 117 3.53 1977 NYY 22 22 8 1 9 9 0 143.1 137 52 47 83 75 4.71 1978 NYY 21 20 5 1 12 6 0 118.0 98 56 35 49 47 3.58 1979 NYY 19 19 1 0 2 9 0 105.0 128 34 34 68 62 5.31 ----------------------------------------------------------------------------- Total 500 476 181 42 224 166 1 3449.1 2958 2012 954 1380 1248 3.26
受賞タイトル一覧
- サイヤング賞1回(1974-AL)
- 最多勝2回(1974-AL、1975-AL)
- 最優秀防御率1回(1974-AL)
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