- 2008-11-22 (土) 0:05
- MLB Players

#45 セシル・フィルダー(Cecil FIELDER) | 1B

- 1982年ドラフト・ロイヤルズ4位(全米67番目)
- 1963年9月21日生 右投右打 190センチ 113キロ
- カリフォルニア州出身
選手の紹介文
日本プロ野球からの出戻り選手として、シーズン50HRを記録するなど抜群の長打力を見せたセシル・フィルダー。タイガースに復帰後、2年連続本塁打王、3年連続打点王に輝き、1990年代中盤から続くHR狂想曲の口火を切った形になる。晩年には移籍したヤンキースで世界一も経験。息子プリンス・フィルダーもメジャーデビューしたが、自身の浪費癖から息子からは距離を置かれている。
カリフォルニア州ロサンゼルスで育ったフィルダーは幼少時から大柄な体格で長打力を売りにしていた。高校卒業時の1981年ドラフトでオリオールズから31位指名(全米767番目)を受けるが拒否し、翌1982年ドラフトでロイヤルズから4位指名(全米67番目)を受けてプロ入りすることとなった。指名されたその年、ルーキーリーグで20HRすると、オフにはブルージェイズ傘下へ移籍することになった。
1983年は1Aでフルシーズン過ごし、140試合の出場で打率.312、16HR、94打点をマーク。翌1984年には1Aから2Aへ昇格し、2球団合わせて28HR、93打点という数字を残している。3Aシラキュースで開幕を迎えた1985年は、シーズン途中の6月にメジャー昇格を果たした。この年は3Aで96試合に出場し、打率.294、18HR、81打点を挙げれば、メジャーでは30試合に出場し、打率.311、4HR、16打点と非凡な数字を残している。
しかし、メジャー定着にはすんなりいかなかった。フィルダーの守るファーストにはウイリー・アップショーがおり、出場機会には恵まれなかった。1986年にはファーストの他にサードも2試合守っている。1987年には指名打者での出場を含めて82試合で14HR、32打点を記録。1988年からはアップショーが移籍し、ファーストが空いたが若いフレッド・マグリフの台頭があり、フィルダーは控えに甘んじた。
長打力を持っているが、確実性が不足しているというのが当時のフィルダーの評価だった。出場機会を求めるべく、1989年は日本プロ野球に身を投じることになったのである。阪神タイガースに入団したフィルダーは大振りのスイングからコンパクトなスイングを心がけることでHRを量産。シーズン終盤に自らの不注意で右手小指を骨折して9月半ばにシーズンを終えたが、106試合の出場で打率.302、38HR、81打点という堂々たる成績を残したのである。
1990年からはメジャーリーグに復帰。日本プロ野球のレベルを知るスパーキー・アンダーソン率いるタイガースに入り、ファーストの定位置を確保。生まれ変わったフィルダーは159試合の出場で打率.277、51HR、132打点という数字を残し、本塁打王と打点王のタイトルを獲得した。メジャー史上、ジョージ・フォスター(52HR/1977年)以来のシーズン50HRであり、タイガース史上ではハンク・グリーンバーグ(58HR/1938年)以来の快挙でもある。MVP投票ではリッキー・ヘンダーソンに次ぐ2位に付けるなど、いきなりメジャーを代表するスラッガーとなったのである。
1991年も162試合に出場し、打率.261、44HR、133打点をマーク。2年連続で本塁打王と打点王の二冠王に輝いたフィルダー。MVP投票でも2年連続で2位となっている(MVPはカル・リプケン)。翌1992年も155試合に出場し、打率.244、35HR、124打点という数字で3年連続打点王となった。1993年も30HR、117打点をマークしたものの、1994年はストライキによる中断もあり、28HR、90打点に終わり、30HR、100打点の連続記録は4年で途切れたが、1995年は31HR、82打点という数字を残している。
フィルダーがHRを打とうとも、タイガースは投手力も弱いこともあり、シーズンを勝ち上がることが出来なかった。そんな中、開幕から好調だった1996年、7月末にヤンキースへ移籍することになった(交換相手はルーベン・シエラ)。若手選手に混じって打棒を発揮し、ヤンキースの18年ぶりの世界一に貢献した。この年は移籍前のタイガースでは26HR、80打点という数字を残しており、移籍後のヤンキースでは13HR、37打点という数字を挙げている。
1997年はヤンキースに残るもシーズン通して13HRに終わり、翌1998年にはエンゼルスに移籍。シーズン途中で解雇されてインディアンズへ移籍するも振るわず、このまま現役引退することとなった。メジャー通算成績は打率.255、319HR、1008打点というものである。
息子プリンスが順調に成長し、2002年ドラフトでブリュワーズに指名されることで再びフィルダーに注目が集まった。しかし、ギャンブルによる浪費で現役時代に稼いだ大金はなくなり、借金を抱えて自己破産する始末。息子の契約金にまで手を付け、親子は疎遠となった。一時は消息不明となるなど、周囲を心配させたが、独立リーグで監督として社会復帰を果たしている。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1985 Tor 30 74 6 23 4 0 4 16 16 6 0 .358 .527 .311 1986 Tor 34 83 7 13 2 0 4 13 27 6 0 .222 .325 .157 1987 Tor 82 175 30 47 7 1 14 32 48 20 0 .345 .560 .269 1988 Tor 74 174 24 40 6 1 9 23 53 14 0 .289 .431 .230 1990 Det 159 573 104 159 25 1 51 132 182 90 0 .377 .592 .277 1991 Det 162 624 102 163 25 0 44 133 151 78 0 .347 .513 .261 1992 Det 155 594 80 145 22 0 35 124 151 73 0 .325 .458 .244 1993 Det 154 573 80 153 23 0 30 117 125 90 0 .368 .464 .267 1994 Det 109 425 67 110 16 2 28 90 110 50 0 .337 .504 .259 1995 Det 136 494 70 120 18 1 31 82 116 75 0 .346 .472 .243 1996 Det 107 391 55 97 12 0 26 80 91 63 2 .354 .478 .248 1996 NYY 53 200 30 52 8 0 13 37 48 24 0 .342 .495 .260 1997 NYY 98 361 40 94 15 0 13 61 87 51 0 .358 .410 .260 1998 Ana 103 381 48 92 16 1 17 68 98 52 0 .335 .423 .241 1998 Cle 14 35 1 5 1 0 0 0 13 1 0 .189 .171 .143 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1470 5157 744 1313 200 7 319 1008 1316 693 2 .345 .482 .255
受賞タイトル一覧
- 本塁打王2回(1990-AL、1991-AL)
- 打点王3回(1990-AL~1992-AL)
- シルバースラッガー賞2回(1990-AL、1991-AL)
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