- 2008-09-24 (水) 0:09
- MLB Players

#* クリスティ・マシューソン(Christy MATHEWSON) | SP

- 1900年・ジャイアンツと契約
- 1880年8月12日生 右投右打 185センチ 89キロ
- ペンシルベニア州出身
選手の紹介文
抜群の制球力とスクリューボールを武器に一時代を築いたクリスティ・マシューソン。1905年のワールドシリーズで3試合を完封勝利で飾ったことは伝説になっている。積み上げた白星は373個を数え、歴代3位になる大記録である。当時のニューヨークの優秀な消防隊にちなんで「ビッグ・シックス(Big Six)」という愛称で呼ばれた。
ペンシルベニア州に生まれたマシューソンは、スポーツ万能で学業成績も良いという模範的な学生だった。スポーツでは野球の他にフットボールをプレーしていたという。1899年に大学を中退し、プロ野球の世界に身を投じた。マイナーリーグの球団と契約したわけだが、この期間にスクリューボールを習得したという。
1900年にはマイナーのノーフォークと契約し、20勝2敗と圧巻の好成績を残していたところ、7月にジャイアンツと契約するに至った。待望のメジャーの舞台に上がったが、わずか6試合の登板で0勝3敗と振るわなかったのである。ジャイアンツは一旦、マシューソンをノーフォークに送り返したが、マシューソンの実力を評価していたレッズがルール5ドラフトで指名したのである。
レッズ傘下に籍を置いたマシューソンだが、ジャイアンツ側と交渉し、交換トレードという形で再度ジャイアンツ傘下に戻ることになった。1901年は21歳という若さで、シーズン20勝(17敗)を挙げる活躍を見せたのである。一方で打撃でも高い才能を見せていたこともあり、マシューソンをファースト、もしくはショートにコンバートする案もあったそうだが、新監督のジョン・マグローがストップをかけ、投手として投げ続けることになった。
1903年は30勝13敗、防御率2.26、267奪三振をマークし、最多奪三振のタイトルを獲得。1904年も33勝12敗、防御率2.03、212奪三振、翌1905年も31勝9敗、防御率1.28、206奪三振を挙げ、3年連続でシーズン30勝&最多奪三振となり、リーグを代表する投手になった。特に1905年は最多勝、最優秀防御率のタイトルも手にし、投手三冠王になったのである。さらにこの年はワールドシリーズで第1戦、第3戦、第5戦に先発し、3戦で完封勝利を飾る圧巻の投球でジャイアンツに世界一をもたらした。実に6日間で3完封を挙げたことになり、長い歴史を見ても、大舞台でこのときのマシューソンに匹敵する投球を見せた投手はいないのである。
1908年は56試合に登板(先発は44試合)し、37勝11敗、防御率1.43、259奪三振という圧巻の成績を残した。シーズン37勝は未だに抜かれていないメジャー記録である。投球回数は390回2/3であり、与四球は42個ということを考えると抜群の制球力を持っていたことがわかる。
制球力には定評があったマシューソンは、1913年に68回連続イニング無四球という記録を打ち立てている。後にビル・フィスチャー(1962年/84回1/3)、グレッグ・マダックス(2001年/72回1/3)に抜かれているが、メジャーリーグ初期に燦然と輝く大記録であることは間違いない。
1911年から3年連続リーグ優勝を果たしたが、この3年間のワールドシリーズの結果は、8試合の登板で2勝5敗と振るわないものだった。しかし、防御率は1.57ということもあり、投球そのものが悪かったわけではなく、周囲に足を引っ張られたというのが実状であった。しかし、マシューソンはその現実を愚痴ることなく、あるがままを受け入れたという。当時のマグロー監督とは対照的な存在感を放っていたことになる。
1901年から1914年までの14年間で、13度のシーズン20勝をマークしたマシューソン。1916年シーズン途中にレッズへの移籍が決まり、この年限りで現役は退いたが、その後はレッズの監督を務めている(レッズでは1試合にだけ登板し、1勝挙げている)。メジャーリーグにマシューソンが残した数字は373勝188敗、防御率2.13、2502奪三振というものである。
折しも時代は第一次世界大戦を迎えつつあり、マシューソンも1918年には志願してヨーロッパ戦線に出征。ここで毒ガスを吸引してしまい、肺に障害を負ってしまった。結果として肺結核を煩ってしまうことになる。
帰国後、1923年にはブレーブスの球団社長を務めたが、1925年には45歳の若さで帰らぬ人となってしまった。奇しくも、召された日はその年のワールドシリーズ第1戦が開催される日で、両チームの選手(セネタースとパイレーツ)は喪章を付けてのプレーとなった。1936年、メジャーリーグでの第1回の殿堂入り投票で選出されマシューソン。長身で知性も兼ね備えた男前のマシューソンの人生の幕切れはとても儚いものとなった。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 1900 NYG 6 1 1 0 0 3 0 33.2 37 15 20 32 19 5.08 1901 NYG 40 38 36 5 20 17 0 336.0 288 221 97 131 90 2.41 1902 NYG 34 32 29 8 14 17 0 276.2 241 159 73 114 65 2.11 1903 NYG 45 42 37 3 30 13 2 366.1 321 267 100 136 92 2.26 1904 NYG 48 46 33 4 33 12 1 367.2 306 212 78 120 83 2.03 1905 NYG 43 37 32 8 31 9 2 338.2 252 206 64 85 48 1.28 1906 NYG 38 35 22 6 22 12 1 266.2 262 128 77 100 88 2.97 1907 NYG 41 36 31 8 24 12 2 315.0 250 178 53 88 70 2.00 1908 NYG 56 44 34 11 37 11 5 390.2 285 259 42 86 62 1.43 1909 NYG 37 33 26 8 25 6 2 275.1 192 149 36 57 35 1.14 1910 NYG 38 35 27 2 27 9 0 318.1 292 184 60 100 67 1.89 1911 NYG 45 37 29 5 26 13 3 307.0 303 141 38 102 68 1.99 1912 NYG 43 34 27 0 23 12 4 310.0 311 134 34 107 73 2.12 1913 NYG 40 35 25 4 25 11 2 306.0 291 93 21 94 70 2.06 1914 NYG 41 35 29 5 24 13 2 312.0 314 80 23 133 104 3.00 1915 NYG 27 24 11 1 8 14 0 186.0 199 57 20 97 74 3.58 1916 NYG 12 6 4 1 3 4 2 65.2 59 16 7 27 17 2.33 1916 Cin 1 1 1 0 1 0 0 9.0 15 3 1 8 8 8.00 ----------------------------------------------------------------------------- Total 635 551 434 79 373 188 28 4780.2 4218 2502 844 1617 1133 2.13
受賞タイトル一覧
- 最多勝4回(1905-NL,1907-NL,1908-NL,1910-NL)
- 最優秀防御率5回(1905-NL,1908-NL,1909-NL,1911-NL,1913-NL)
- 最多奪三振6回(1903-NL~1905-NL,1907-NL,1908-NL,1910-NL)
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