- 2009-05-24 (日) 0:02
- MLB Players
#2 ダリン・アースタッド(Darin ERSTAD) | CF

- 1995年6月ドラフト・エンゼルス1位(全米1番目)
- 1974年6月4日生 左投左打 188センチ 96キロ
- ノースダコタ州出身
過去3年間の成績
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 2006 LAA 40 95 8 21 8 1 0 5 18 6 1 .279 .326 .221 2007 CWS 87 310 33 77 13 1 4 32 44 28 7 .310 .335 .248 2008 Hou 140 322 49 89 16 0 4 31 68 14 2 .309 .363 .276 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1547 5890 900 1671 308 31 122 688 908 461 179 .337 .409 .284
選手の紹介文
走攻守に高いレベルを維持して、チームを引っ張るダリン・アースタッド。2000年にはシーズン240本もの安打を積み重ねる一方、外野手とファーストの両方でゴールドグラブ賞を受賞するメジャー初の選手になるなど、高い運動能力を見せている。しかし、相次ぐ怪我で膝に爆弾を抱えていることがネックでもある。
ノースダコタ州に生まれたアースタッド。野球の他にフットボール、ホッケー、陸上競技といったあらゆるスポーツで結果を残した。特に高校時代は、高校の野球部でなく別組織のリーグでプレーし、打者としては打率.492、18HR、86打点、投手として10勝2敗、防御率2.18という素材の良さを感じさせる数字を残している。高校卒業時には、メッツからドラフト13位(全米357番目)で指名されるが、ネブラスカ大学への進学の道を選んだ。
大学では野球と共にフットボールもプレー。大学最終学年時には打率.410、19HR、79打点という成績を残して、大いに注目を浴びた。さらにフットボールでも、1994年にネブラスカ大学が全米で優勝を飾ったときのメンバーに、アースタッドも名前を連ねていたこともある。まさにアスリートとして一目置かれる存在だったのである。
1995年に全米1番目の指名権を持つエンゼルスが、アースタッドを指名し交渉権を手にした。まさに鳴り物入りでのプロ入りとなると、マイナーでは3割を越える打率で実力の違いを見せつけた。1996年シーズン途中にはメジャーへあっさりと昇格。57試合に出場し、打率.284を記録する。野手の間を抜くシェアな打撃が持ち味で、周囲の誰もがその将来を嘱望したのである(新人王投票では6位だった)。
1997年、元々外野手だったが、チーム事情からファーストへとコンバート。当時のエンゼルスにはティム・サーモン、ジム・エドモンズ、ギャレット・アンダーソンという外野陣がいたためである。前年までファーストを守っていたJT・スノーが交換トレードで移籍したことで、アースタッドがその枠に入った。すると、139試合に出場し、打率.299、16HR、77打点、23盗塁を記録。
1998年は前半戦だけで打率.313という高い数字を残して、初めてのオールスター出場の名誉も手にした。好不調の波が激しい点もあったが、この年は133試合に出場し、打率.296、19HR、82打点、20盗塁という記録を残した。将来のエンゼルスの中心選手として大きな期待がかかっていたのはいうまでもない。この年はセシル・フィルダーが加入したこともあり、ファーストと外野を併用して守っている。
練習熱心であり、なおかつ研究熱心であるアースタッドはこのままスターダムにのし上がるかと思われたが、1999年はスランプに陥ってしまい、さらに8月には右膝の靱帯を痛め、故障者リストに入ってしまった。結局、この年は打率.253と落ち込んでしまった。シーズンで101個の三振を喫してしまい、チームトップの16併殺打も記録するなど、歯車が噛み合わない状態となってしまった。なお、フィルダーに代わり、モー・ボーンが加入したことで、ファーストと外野の併用は続いている。
2000年は前半戦だけで144本のヒットを打ち、、シーズン最多安打記録(当時は1930年にジョージ・シスラーが記録した257安打であり、後にイチローが更新)を抜くかのような勢いで打ちまくった。自身2度目となるオールスター出場も果たしている。安打数が200本目の大台に到達したのは132試合目のことで、これはジョー・メドウィックの131試合(1935年)に次ぐ最速記録である。
本来ならトップバッターを打つタイプの選手ではないが、チームに適任がいないことから、開幕からトップを任され、その中で積極的な打撃で期待に応える活躍を見せたアースタッド。結果的にはシーズン通して240本もの安打を積み重ねていた。157試合の出場で打率.355、25HR、100打点、28盗塁を記録し、キャリア最高の年としたのである。この年、出場試合の中でヒットがなかったのはわずかに29試合のみだった。1試合で2本以上のヒットを放った試合は、両リーグトップの77試合を数える。MVP投票では8位に食い込み、さらにゴールドグラブ賞とシルバースラッガー賞も同時受賞している。この年からは外野手へとほぼ専念することになったが、どこを守るにしてもアグレッシブで、守備範囲も広く、スピードもあって、送球も正確ということで申し分がなかった。
2001年、エンゼルスとしてはデビッド・エクスタインの台頭に伴い、アースタッドは1番打者から2番打者に回るようになった。前年の活躍から期待は大きかったが、157試合の出場で打率.258、9HR、63打点、24盗塁と数字を大きく落とした。チームも地区3位に落ち込んでしまい、オフには一旦はホワイトソックスへの移籍話がまとまりかけるなど、放出候補として名前が挙がるようにもなった。
2002年、フライを追ってフェンスに激突したり、ダイビングキャッチして胸を痛めるなどアグレッシブなプレーでチームを引っ張った。6月半ばにはエンゼルス史上6人目となる通算1000本安打を達成。シーズン通しては150試合に出場して、打率.283、10HR、73打点、23盗塁を記録した。チームもワイルドカードとしてポストシーズンへと進出すると、そのまま勢いを保ち、世界一の名誉も手にした。自身2度目のゴールドグラブ賞を受賞したアースタッドは、シーズン中に翌年以降の4年間3200万ドルという契約延長に合意している。
2003年は右足ハムストリングを痛めた影響で4月半ばから約2ヶ月弱を故障者リストで過ごした。復帰後も満足した働きは出来ず、8月早々に2度目の故障者リスト入りし、そのままシーズンを終えることとなった。結果的にこの年は67試合の出場で、打率.252、4HR、17打点という数字に終わっている。
2004年からはポジションを再びファーストへと戻ることになった。アースタッドは元々膝に不安を抱えていたこともあるが、ブラディミール・ゲレーロ、ホゼ・ギーエンという2人の外野手を獲得した背景もあったのである。この年は右足ハムストリングを再度痛めて故障者リスト入りすることもあったが、125試合の出場で打率.295、7HR、69打点をマーク。また、自身3度目のゴールドグラブ賞を受賞することとなったが、これまでは外野手としての受賞であり、今回はファーストとして受賞したことになるが、内野と外野での受賞はメジャー史上初である(ちなみに2000年はレフト、2002年はセンターは、2004年はファーストといずれも異なるポジションでの受賞となっている)。
2005年、5月末から21試合連続ヒットを記録したアースタッド。また、通算800得点も達成したが、これはエンゼルス史上、アンダーソン、サーモン、ブライアン・ダウニングに次ぐ4人目の快挙でもある。結果として、153試合の出場で打率.273、7HR、66打点という数字を残している。守備面での安定感は抜群だったが、三振数が109個と大台に達してしまった。
2006年からは再びポジションをセンターに移すこととなった。開幕スタメンの座を掴んだが、ポジションを転々としながらも10年連続での開幕スタメンとなり、これはエンゼルス史上3番目に長い記録となった。しかし、シーズンに入ってからは右足首を痛めた影響で2度の故障者リスト入り。わずか40試合しか出場できず、打率.221に終わった。オフには手術をすることとなった。ちょうどFAとなったこともあり、ホワイトソックスと1年間100万ドルで契約を交わしている。
2007年、怪我からの復活を新天地で迎えることとなったが、足首の状態は良くなく、87試合の出場に留まり、打率.248に終わった。2008年からはアストロズへとFA移籍。初めてのナショナルリーグでのプレーとなったが、140試合に出場し、打率.276をマークした。2009年もアストロズの一員としてプレーすることとなったのである。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
- ゴールドグラブ賞:3回(2000-AL、2002-AL、2004-AL)
- シルバースラッガー賞:1回(2000-AL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1996 Ana 57 208 34 59 5 1 4 20 29 17 3 .333 .375 .284 1997 Ana 139 539 99 161 34 4 16 77 86 51 23 .360 .466 .299 1998 Ana 133 537 84 159 39 3 19 82 77 43 20 .353 .486 .296 1999 Ana 142 585 84 148 22 5 13 53 101 47 13 .308 .374 .253 2000 Ana 157 676 121 240 39 6 25 100 82 64 28 .409 .541 .355 2001 Ana 157 631 89 163 35 1 9 63 113 62 24 .331 .360 .258 2002 Ana 150 625 99 177 28 4 10 73 67 27 23 .313 .389 .283 2003 Ana 67 258 35 65 7 1 4 17 40 18 9 .309 .333 .252 2004 Ana 125 495 79 146 29 1 7 69 74 37 16 .346 .400 .295 2005 LAA 153 609 86 166 33 3 7 66 109 47 10 .325 .371 .273 2006 LAA 40 95 8 21 8 1 0 5 18 6 1 .279 .326 .221 2007 CWS 87 310 33 77 13 1 4 32 44 28 7 .310 .335 .248 2008 Hou 140 322 49 89 16 0 4 31 68 14 2 .309 .363 .276 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1547 5890 900 1671 308 31 122 688 908 461 179 .337 .409 .284
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:2回(1998-AL、2000-AL)
- 世界一経験:1回(2002-Ana)
-
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