- 2008-11-29 (土) 0:01
- MLB Players

#31 デーブ・ウィンフィールド(Dave WINFIELD) | OF

- 1973年6月ドラフト・パドレス1位(全米4番目)
- 1951年10月3日生 右投右打 201センチ 100キロ
- ミネソタ州出身
選手の紹介文
鳴り物入りでメジャー入りし、走攻守で万能ぶりを発揮したデーブ・ウインフィールド。FA時代到来と共に大型契約を交わし話題になるものの、念願の世界一を果たすには晩年まで待たなければならなかった。オールスター出場も12回を数え、通算安打数は3110本を数えている。殿堂入りも果たし、背番号31番はパドレスの永久欠番に指定されている。
ミネソタ州セントポールに生まれたウインフィールドだが、生まれた日(1951年10月3日)はジャイアンツのボビー・トムソンがプレーオフで「世界中が聞いたHR」を放った日であり、その時点で運命は決まっていたのかもしれない。幼少時から野球に加え、バスケットボールでも桁違いの実力を見せていた。高校卒業時にはオリオールズから40位指名(全米882番目)を受けるも大学進学を選択している。
大学進学後は、野球では投手として13勝1敗、打者として打率.400をマークすれば、バスケットボールでもスター選手として活躍した。卒業時にはパドレスから1位指名(全米4番目)を受けるが、その他にもNBAのアトランタ・ホークス、ABAのユタ・スターズというバスケットボールの2リーグに加え、大学時代はプレーしていないアメリカンフットボールでもNFLのミネソタ・バイキングスからもドラフト指名を受けたのである。
異なる3種目でドラフト指名を受けるということは、ウインフィールドがいかに万能なアスリートであるかの証明でもある(異なる3種目でのドラフト指名はデーブ・ローガンとウインフィールドの2人だけである)。異なる3種目に加え、4つのリーグからの指名となるとウインフィールドが史上初となる。結果として野球を選んだウインフィールドは、パドレスとの契約に合意したのである。
ドラフト指名から2週間後にはパドレスのユニフォームを着て、メジャーリーグの舞台に立ったのである。マイナーリーグを経験せずにメジャーリーグでプレーすることになったのである。デビュー戦で早くもヒットを記録すると、そのまま6試合連続安打を記録。この年は56試合に出場し、打率.277、3HR、12打点という数字に終わっている。
2年目となる1974年からパドレスの外野の一角を手にしたウインフィールドは、この年145試合に出場し、打率.265、20HR、75打点という成績に終わっている。走攻守で万能なプレーを見せる点で大器の片鱗を見せつつも、4年目くらいまでは打率.270前後、15HR程度に留まっていたのである。5年目となる1977年、打率.275、25HR、92打点という成績でオールスターゲームに初出場したことが飛躍のきっかけとなった(オールスターゲームでは2安打を記録)。
1978年は打率.308、24HR、97打点と好成績を残すと、翌1979年も打率.308、34HR、118打点をマークし、打点王のタイトルを獲得した。すでにオールスターゲームの常連メンバーとなっていたウインフィールドは、ゴールドグラブ賞を1979年に初受賞するとその後はこちらも常連としてその後も選出されるようになる。1980年は打率.276、20HR、87打点とそれまでと比較して数字を落としたが、これはオフにFAとなることから怪我を恐れ、力をセーブしていたという話しもある。
1980年シーズンオフに晴れてFAとなったウインフィールド。まだポストシーズン出場経験のないウインフィールドは勝てるチームへの移籍を希望していた。ヤンキース、メッツ、ブレーブス、アストロズなどの誘いの中で、ヤンキースを選択。実に10年間2300万ドルという当時としては破格となる長期、かつ高額である契約内容に注目が集まったのである。
ヤンキース移籍1年目となる1981年はストライキによる前後期制となったが、ウインフィールドは105試合の出場で打率.294、13HR、68打点と期待を裏切った。しかし、チームはポストシーズンに進出し、ディビジョンシリーズ(対ブリュワーズ)では打率.350をマークしたウインフィールド。リーグチャンピオンシップシリーズ(対アスレティックス)は打率.145と落ち込むがチームは勝ち抜いてリーグ優勝を決めた。
ドジャースとのワールドシリーズでは2勝4敗で敗れたのだが、ウインフィールドは22打数1安打と全く振るわず、戦犯になってしまったのである。個性的なオーナーであるジョージ・スタインブレナーは「ミスター・オクトーバー」と呼ばれる勝負強さを見せたレジー・ジャクソンに対して、「ミスター・メイ」とウインフィールドを揶揄したのである。スタインブレナーがどうしても欲しいとして獲得したウインフィールドだが、以降確執が伝えられる機会が増えていった。
1982年は打率.280、37HR、106打点とパワーを発揮しながらもチームはシーズンを勝ち抜けなかった。翌1983年も打率.283、32HR、116打点と主軸としての責任は果たしたが、FA補強に頼るチーム構成が選手の高年齢化に拍車をかけ、チームは地区3位に終わっている。1984年は打率.340と高打率を挙げたが、チームメイトのドン・マッティングリーの台頭により首位打者争いにシーズン最終日で敗れてしまった(マッティングリーは打率.343)。
その後もヤンキースの一員として常に毎シーズン100打点以上は記録したウインフィールドだが、チームは低迷期に入っており、浮上することはなかった。1989年は背骨の手術でシーズンを丸々棒に振ることになっている。そして10年契約の契約最終年となる1990年、開幕から極度の不振に陥っていたことまり、5月に入ってエンゼルスへの移籍が決まった。翌1991年、39歳のウインフィールドは打率.262、28HR、86打点という数字を残している。
1992年からブルージェイズへFA移籍。40歳になっていたが衰えを見せずに打率.290、26HR、108打点という主軸としての責任を果たす数字を残した。ウインフィールドはチームリーダーとしてチームとファンを鼓舞し、盛り上げたのである。その甲斐もあり、ブルージェイズに球団史上初のリーグ優勝をもたらした。ワールドシリーズでは第6戦で延長11回に決勝2点タイムリー2塁打を放つ活躍を見せ、初めて世界一の美酒を味わうことになったのである。
1993年からは故郷ミネソタに本拠を構えるツインズに移籍。41歳のウインフィールドは143試合に出場し、打率.271、21HR、76打点という成績を残した。大半が指名打者としての出場だったが、9月16日の対アスレティックス戦ではデニス・エカーズリーから通算3000本安打を達成した。ストライキで中断された1994年は、ストライキ決行後にインディアンズへ移籍。翌1995年にインディアンズで46試合に出場し、この年限りでユニフォームを脱ぐ決断をしている。
メジャー通算成績は打率.283、3110安打、465HR、1833打点、223盗塁と一流の数字を残した。2001年には殿堂入り資格取得1年目にして、早くも殿堂入りを決めている。特定のシーズンに爆発的な力を発揮したわけではないが、コンスタントに数字を積み上げてきたことが評価されたのである。殿堂入りのレリーフに選んだのは最初に入団したパドレスのキャップだった。また、パドレス時代に付けていた背番号は31番は永久欠番に指定されている。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1973 SD 56 141 9 39 4 1 3 12 19 12 0 .331 .383 .277 1974 SD 145 498 57 132 18 4 20 75 96 40 9 .318 .438 .265 1975 SD 143 509 74 136 20 2 15 76 82 69 23 .354 .403 .267 1976 SD 137 492 81 139 26 4 13 69 78 65 26 .366 .431 .283 1977 SD 157 615 104 169 29 7 25 92 75 58 16 .335 .467 .275 1978 SD 158 587 88 181 30 5 24 97 81 55 21 .367 .499 .308 1979 SD 159 597 97 184 27 10 34 118 71 85 15 .395 .558 .308 1980 SD 162 558 89 154 25 6 20 87 83 79 23 .365 .450 .276 1981 NYY 105 388 52 114 25 1 13 68 41 43 11 .360 .464 .294 1982 NYY 140 539 84 151 24 8 37 106 64 45 5 .331 .560 .280 1983 NYY 152 598 99 169 26 8 32 116 77 58 15 .345 .513 .283 1984 NYY 141 567 106 193 34 4 19 100 71 53 6 .393 .515 .340 1985 NYY 155 633 105 174 34 6 26 114 96 52 19 .328 .471 .275 1986 NYY 154 565 90 148 31 5 24 104 106 77 6 .349 .462 .262 1987 NYY 156 575 83 158 22 1 27 97 96 76 5 .358 .457 .275 1988 NYY 149 559 96 180 37 2 25 107 88 69 9 .398 .530 .322 1990 NYY 20 61 7 13 3 0 2 6 13 4 0 .269 .361 .213 1990 Cal 112 414 63 114 18 2 19 72 68 48 0 .348 .466 .275 1991 Cal 150 568 75 149 27 4 28 86 109 56 7 .326 .472 .262 1992 Tor 156 583 92 169 33 3 26 108 89 82 2 .377 .491 .290 1993 Min 143 547 72 148 27 2 21 76 106 45 2 .325 .442 .271 1994 Min 77 294 35 74 15 3 10 43 51 31 2 .321 .425 .252 1995 Cle 46 115 11 22 5 0 2 4 26 14 1 .285 .287 .191 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2973 11003 1669 3110 540 88 465 1833 1686 1216 223 .353 .475 .283
受賞タイトル一覧
- ロベルトクレメント賞1回(1994)
- 打点王1回(1979-NL)
- ゴールドグラブ賞6回(1979-NL、1980-NL、1982-AL~1985-AL、1987-AL)
- シルバースラッガー賞6回(1981-AL~1985-AL、1992-AL)
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