- 2009-02-23 (月) 0:05
- MLB Players

#15 デーブ・ジョンソン(Davey JOHNSON) | 2B, Mgr

- 1962年・オリオールズと契約
- 1943年1月30日生 右投右打 185センチ 82キロ
- フロリダ州出身
選手の紹介文
選手としても監督としても結果を残しているデーブ・ジョンソン。セカンドベースマンとして、シーズン42HRというメジャータイ記録も作っており、日本プロ野球でのプレー経験もある。監督としてはメッツ時代に世界一を経験。数球団を渡り歩き、現在はオリンピック代表監督、WBC監督として、責任も追う立場となっている。
フロリダ州に生まれたジョンソンは高校卒業時にオリオールズと契約を交わした。大学へも通いながらマイナーリーグでプレーを続けたのである。契約したばかりの1962年には、1Aで97試合に出場し、打率.309、10HR、63打点という数字を残している。1963年には20歳の若さで2Aから3Aへと駆け上がった。
1964年は3Aで155試合に出場し、打率.264、19HR、73打点という数字を残した。翌1965年は3Aで開幕を迎えるが、4月半ばにはメジャー昇格を果たした。当時のオリオールズはブルックス・ロビンソンが君臨し、ブーグ・パウエルも主砲として地位を固めつつある時期だった。その中でジョンソンはメジャーでわずか20試合に出場するのみだったが、本来のセカンドの他にサード、ショートも守っている。
1966年からメジャー定着したジョンソン。セカンドのポジションを確保し、ファーストにパウエル、サードにB・ロビンソン、ショートにルイス・アパリシオという豪華な内野陣を形成し、移籍してきたフランク・ロビンソンが三冠王を獲得したこの年のオリオールズはリーグ優勝を果たし、ワールドシリーズ(対ドジャース)も制して世界一となった。ジョンソンは打率.257、7HR、56打点という数字を残し、新人王投票ではトミー・エイジー、ジム・ナッシュに次いで3位に付けている。
その後もレギュラーを守り、1968年までは打率.250近くだったが、1969年以降から打率.280以上と打撃力が高まった。1970年にはチームも4年ぶりの世界一を奪取。1973年から交換トレードでブレーブスに移籍。晩年のハンク・アーロンとラインナップを並べ、ジョンソンは157試合に出場。打率.270、43HR、99打点という好成績を残した。代打として打った1本のHRを除き、セカンドとして放った42本のHRはロジャース・ホーンスビーの記録(1922年)と並ぶメジャータイ記録である。
1975年開幕直後にブレーブスから解雇されると活躍の場を日本プロ野球に求めた。入団先は読売巨人軍であり、本来のセカンドではなく長嶋茂雄が抜けた後のサードを守ることになり、不振に苦しんだ。「ジョン損」と揶揄されることもあった。翌1976年にはセカンドを守り、打率.275、26HR、74打点という数字を残している。1977年からはメジャーリーグに戻り、フィリーズと契約。1978年シーズン途中にカブスへ移籍し、その年限りで引退を決意した。
1979年から早くもマイナーリーグで監督生活を始めることとなった。メッツ傘下で実績を積み重ね、1984年にはメッツ監督に昇格した。ダリル・ストロベリー、ドワイト・グッデンという若い才能に恵まれたこともあり、チームは躍進。監督就任1年目から90勝、98勝と白星を積み重ね、2年連続で地区2位に付けている。
1986年、ストロベリーとグッデンに加え、ゲーリー・カーター、キース・ヘルナンデスらの戦力が機能し、シーズン108勝(勝率.667)という圧倒的な強さを見せて地区優勝を果たした。リーグチャンピオンシップシリーズではアストロズ相手に4勝2敗で勝利し、メッツ13年ぶりのリーグ優勝をもたらしたのである。ワールドシリーズ(対レッドソックス)では2勝3敗で迎えた第6戦、延長10回裏に2点差をひっくり返す大逆転劇を見せた。続く第7戦も逆転勝ちで、最高の形で世界一を獲得したのである。
1987年にもシーズン92勝(勝率.568)、翌1988年にもシーズン100勝(勝率.625)と高勝率をキープ。1988年はリーグチャンピオンシップシリーズで敗退してしまったが、ジョンソンが監督就任後、5年連続90勝以上を挙げたのはナショナルリーグの監督としては初の快挙となる。1989年は87勝に終わり、1990年は開幕からチームが停滞すると、シーズン途中で解雇されてしまった。
1993年シーズン途中からレッズ監督に就任。1994年は地区首位をキープしていたが、ストライキで中断。翌1995年は85勝で地区優勝を果たし、ディビジョンシリーズ(対ドジャース)は勝ち抜くが、リーグチャンピオンシップシリーズ(対ブレーブス)で敗退した。するとオーナーとの衝突もあり、監督解任されてしまった。
1996年にはオリオールズ監督に招聘され、シーズン88勝(勝率.543)でワイルドカードとしてポストシーズン進出(リーグチャンピオンシップシリーズではヤンキースの前に敗退)。翌1997年はシーズン98勝(勝率.605)で地区優勝を果たした。この年もリーグチャンピオンシップシリーズでインディアンズの前に敗退し、ワールドシリーズへの進出は出来なかった。するとここでもオーナーと衝突し、この年限りで解任された。
1999年からはドジャースの監督となるが、2年間でポストシーズン出場を果たせずに解任された。メジャー監督としての通算成績は1148勝888敗というものである。その後は国を代表するチームの指揮を執ることが中心となる。2006年のWBCではベンチコーチを務め、2008年の北京五輪では監督として銅メダルを獲得。2009年のWBCでは監督として指揮を振るうこととなる。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
- ゴールドグラブ賞:3回(1969-AL~1971-AL)
- 最優秀監督賞:1回(1997-AL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1965 Bal 20 47 5 8 3 0 0 1 6 5 3 .245 .234 .170 1966 Bal 131 501 47 129 20 3 7 56 64 31 3 .298 .351 .257 1967 Bal 148 510 62 126 30 3 10 64 82 59 4 .325 .376 .247 1968 Bal 145 504 50 122 24 4 9 56 80 44 7 .308 .359 .242 1969 Bal 142 511 52 143 34 1 7 57 52 57 3 .351 .391 .280 1970 Bal 149 530 68 149 27 1 10 53 68 66 2 .360 .392 .281 1971 Bal 142 510 67 144 26 1 18 72 55 51 3 .351 .443 .282 1972 Bal 118 376 31 83 22 3 5 32 68 52 1 .320 .335 .221 1973 Atl 157 559 84 151 25 0 43 99 93 81 5 .370 .546 .270 1974 Atl 136 454 56 114 18 0 15 62 59 75 1 .358 .390 .251 1975 Atl 1 1 0 1 1 0 0 1 0 0 0 1.00 2.00 1.00 1977 Phi 78 156 23 50 9 1 8 36 20 23 1 .408 .545 .321 1978 Phi 44 89 14 17 2 0 2 14 19 10 0 .284 .281 .191 1978 CHC 24 49 5 15 1 1 2 6 9 5 0 .393 .490 .306 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1435 4797 564 1252 242 18 136 609 675 559 33 .340 .404 .261
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:4回(1968-AL~1970-AL、1973-NL)
- 世界一経験:3回(1966-Bal、1970-Bal、1986-NYM)
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