Home > MLB Players > Davey JOHNSON(デーブ・ジョンソン)

Davey JOHNSON(デーブ・ジョンソン)

Major League Baseball

#15 デーブ・ジョンソン(Davey JOHNSON) | 2B, Mgr

デーブ・ジョンソン

  • 1962年・オリオールズと契約
  • 1943年1月30日生 右投右打 185センチ 82キロ
  • フロリダ州出身

選手の紹介文
メッツ監督として1986年には世界一を経験したジョンソン。選手としても監督としても結果を残しているデーブ・ジョンソン。セカンドベースマンとして、シーズン42HRというメジャータイ記録も作っており、日本プロ野球でのプレー経験もある。監督としてはメッツ時代に世界一を経験。数球団を渡り歩き、現在はオリンピック代表監督、WBC監督として、責任も追う立場となっている。

フロリダ州に生まれたジョンソンは高校卒業時にオリオールズと契約を交わした。大学へも通いながらマイナーリーグでプレーを続けたのである。契約したばかりの1962年には、1Aで97試合に出場し、打率.309、10HR、63打点という数字を残している。1963年には20歳の若さで2Aから3Aへと駆け上がった。

1964年は3Aで155試合に出場し、打率.264、19HR、73打点という数字を残した。翌1965年は3Aで開幕を迎えるが、4月半ばにはメジャー昇格を果たした。当時のオリオールズはブルックス・ロビンソンが君臨し、ブーグ・パウエルも主砲として地位を固めつつある時期だった。その中でジョンソンはメジャーでわずか20試合に出場するのみだったが、本来のセカンドの他にサード、ショートも守っている。

1966年からメジャー定着したジョンソン。セカンドのポジションを確保し、ファーストにパウエル、サードにB・ロビンソン、ショートにルイス・アパリシオという豪華な内野陣を形成し、移籍してきたフランク・ロビンソンが三冠王を獲得したこの年のオリオールズはリーグ優勝を果たし、ワールドシリーズ(対ドジャース)も制して世界一となった。ジョンソンは打率.257、7HR、56打点という数字を残し、新人王投票ではトミー・エイジー、ジム・ナッシュに次いで3位に付けている。

その後もレギュラーを守り、1968年までは打率.250近くだったが、1969年以降から打率.280以上と打撃力が高まった。1970年にはチームも4年ぶりの世界一を奪取。1973年から交換トレードでブレーブスに移籍。晩年のハンク・アーロンとラインナップを並べ、ジョンソンは157試合に出場。打率.270、43HR、99打点という好成績を残した。代打として打った1本のHRを除き、セカンドとして放った42本のHRはロジャース・ホーンスビーの記録(1922年)と並ぶメジャータイ記録である。

1975年開幕直後にブレーブスから解雇されると活躍の場を日本プロ野球に求めた。入団先は読売巨人軍であり、本来のセカンドではなく長嶋茂雄が抜けた後のサードを守ることになり、不振に苦しんだ。「ジョン損」と揶揄されることもあった。翌1976年にはセカンドを守り、打率.275、26HR、74打点という数字を残している。1977年からはメジャーリーグに戻り、フィリーズと契約。1978年シーズン途中にカブスへ移籍し、その年限りで引退を決意した。

1979年から早くもマイナーリーグで監督生活を始めることとなった。メッツ傘下で実績を積み重ね、1984年にはメッツ監督に昇格した。ダリル・ストロベリードワイト・グッデンという若い才能に恵まれたこともあり、チームは躍進。監督就任1年目から90勝、98勝と白星を積み重ね、2年連続で地区2位に付けている。

1986年、ストロベリーとグッデンに加え、ゲーリー・カーター、キース・ヘルナンデスらの戦力が機能し、シーズン108勝(勝率.667)という圧倒的な強さを見せて地区優勝を果たした。リーグチャンピオンシップシリーズではアストロズ相手に4勝2敗で勝利し、メッツ13年ぶりのリーグ優勝をもたらしたのである。ワールドシリーズ(対レッドソックス)では2勝3敗で迎えた第6戦、延長10回裏に2点差をひっくり返す大逆転劇を見せた。続く第7戦も逆転勝ちで、最高の形で世界一を獲得したのである。

プロ生活はオリオールズのセカンドとして始まったジョンソン。1987年にもシーズン92勝(勝率.568)、翌1988年にもシーズン100勝(勝率.625)と高勝率をキープ。1988年はリーグチャンピオンシップシリーズで敗退してしまったが、ジョンソンが監督就任後、5年連続90勝以上を挙げたのはナショナルリーグの監督としては初の快挙となる。1989年は87勝に終わり、1990年は開幕からチームが停滞すると、シーズン途中で解雇されてしまった。

1993年シーズン途中からレッズ監督に就任。1994年は地区首位をキープしていたが、ストライキで中断。翌1995年は85勝で地区優勝を果たし、ディビジョンシリーズ(対ドジャース)は勝ち抜くが、リーグチャンピオンシップシリーズ(対ブレーブス)で敗退した。するとオーナーとの衝突もあり、監督解任されてしまった。

1996年にはオリオールズ監督に招聘され、シーズン88勝(勝率.543)でワイルドカードとしてポストシーズン進出(リーグチャンピオンシップシリーズではヤンキースの前に敗退)。翌1997年はシーズン98勝(勝率.605)で地区優勝を果たした。この年もリーグチャンピオンシップシリーズでインディアンズの前に敗退し、ワールドシリーズへの進出は出来なかった。するとここでもオーナーと衝突し、この年限りで解任された。

1999年からはドジャースの監督となるが、2年間でポストシーズン出場を果たせずに解任された。メジャー監督としての通算成績は1148勝888敗というものである。その後は国を代表するチームの指揮を執ることが中心となる。2006年のWBCではベンチコーチを務め、2008年の北京五輪では監督として銅メダルを獲得。2009年のWBCでは監督として指揮を振るうこととなる。

【written by Kenji@webmaster】

獲得タイトル一覧

受賞アワード一覧

  • ゴールドグラブ賞:3回(1969-AL~1971-AL)
  • 最優秀監督賞:1回(1997-AL)

各年度別成績一覧

 YEAR Team    G   AB    R    H  2B  3B  HR  RBI   SO   BB   SB   OBP  SLG   AVG
 ------------------------------------------------------------------------------
 1965  Bal   20   47    5    8   3   0   0    1    6    5    3  .245 .234  .170
 1966  Bal  131  501   47  129  20   3   7   56   64   31    3  .298 .351  .257
 1967  Bal  148  510   62  126  30   3  10   64   82   59    4  .325 .376  .247
 1968  Bal  145  504   50  122  24   4   9   56   80   44    7  .308 .359  .242
 1969  Bal  142  511   52  143  34   1   7   57   52   57    3  .351 .391  .280
 1970  Bal  149  530   68  149  27   1  10   53   68   66    2  .360 .392  .281
 1971  Bal  142  510   67  144  26   1  18   72   55   51    3  .351 .443  .282
 1972  Bal  118  376   31   83  22   3   5   32   68   52    1  .320 .335  .221
 1973  Atl  157  559   84  151  25   0  43   99   93   81    5  .370 .546  .270
 1974  Atl  136  454   56  114  18   0  15   62   59   75    1  .358 .390  .251
 1975  Atl    1    1    0    1   1   0   0    1    0    0    0  1.00 2.00  1.00
 1977  Phi   78  156   23   50   9   1   8   36   20   23    1  .408 .545  .321
 1978  Phi   44   89   14   17   2   0   2   14   19   10    0  .284 .281  .191
 1978  CHC   24   49    5   15   1   1   2    6    9    5    0  .393 .490  .306
 ------------------------------------------------------------------------------
 Total     1435 4797  564 1252 242  18 136  609  675  559   33  .340 .404  .261

キャリアハイライト一覧

  • オールスター出場:4回(1968-AL~1970-AL、1973-NL)
  • 世界一経験:3回(1966-Bal、1970-Bal、1986-NYM)

Comments:0

Comment Form
Remember personal info

Trackback:0

TrackBack URL for this entry
http://circlechange.com/players/davey-johnson/trackback
Listed below are links to weblogs that reference
Davey JOHNSON(デーブ・ジョンソン) from Circle Change

Home > MLB Players > Davey JOHNSON(デーブ・ジョンソン)

ナショナルリーグ・球団情報
アトランタ・ブレーブス(Atlanta BRAVES) フロリダ・マーリンズ(Florida MARLINS) ニューヨーク・メッツ(New York METS) フィラデルフィア・フィリーズ(Philadelphia PHILLIES) ワシントン・ナショナルズ(Washington NATIONALS) シカゴ・カブス(Chicago CUBS) シンシナティ・レッズ(Cincinnati REDS) ヒューストン・アストロズ(Houston ASTROS) ミルウォーキー・ブリュワーズ(Milwaukee BREWERS) ピッツバーグ・パイレーツ(Pittsburgh PIRATES) セントルイス・カージナルス(St.Louis CARDINALS) アリゾナ・ダイヤモンドバックス(Arizona DIAMONDBACKS) コロラド・ロッキーズ(Colorado ROCKIES) ロサンゼルス・ドジャース(Los Angeles DODGERS) サンディエゴ・パドレス(San Diego PADRES) サンフランシスコ・ジャイアンツ(San Francisco GIANTS)
アメリカンリーグ・球団情報
ボルチモア・オリオールズ(Baltimore ORIOLES) ボストン・レッドソックス(Boston RED SOX) ニューヨーク・ヤンキース(New York YANKEES) タンパベイ・レイズ(Tampa Bay RAYS) トロント・ブルージェイズ(Toronto BLUE JAYS) シカゴ・ホワイトソックス(Chicago WHITE SOX) クリーブランド・インディアンズ(Cleveland INDIANS) デトロイト・タイガース(Detroit TIGERS) カンザスシティ・ロイヤルズ(Kansas City ROYALS) ミネソタ・ツインズ(Minnesota TWINS) ロサンゼルス・エンゼルス(Los Angeles ANGELS) オークランド・アスレティックス(Oakland ATHLETICS) シアトル・マリナーズ(Seattle MARINERS) テキサス・レンジャーズ(Texas RANGERS)
カレンダー
« 2012 年 2 月 »
M T W T F S S
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29        
Amazon.co.jp
タグクラウド
QRコード
Circle Change QRcode
メタ

Return to page top