- 2008-11-01 (土) 0:07
- MLB Players

#17 ディジー・ディーン(Dizzy DEAN) | SP

- 1930年・カージナルスと契約
- 1910年1月16日生 右投右打 190センチ 92キロ
- アーカンソー州出身
選手の紹介文
長身から繰り出す剛速球を武器に、短期間ではあったが才能を発揮したディジー・ディーン。ディジーとは“変わり者”という意味で子供の頃からそう呼ばれていたという。ビッグマウスぶりが目立つ個性的な選手であった。怪我が元で現役生活は短くなったが、引退後は解説者として存在感を見せたという。
アーカンソー州で生まれ、オクラホマ州で育ったディーン。小学校を中退するなど満足した教育を受けずに育ったという。16歳の頃に陸軍に入ったことで野球の基礎を学ぶことが出来た。1930年、カージナルスの入団テストを受け、3人の打者を3者3球三振とわずか9球で抑えきる剛速球を見せつけた。ディーンのカージナルス入団が決まったのである。
1930年、マイナーのセントジョセフで開幕を迎えると32試合に登板し、17勝(8敗)をマーク。シーズン途中に別のマイナーとなるヒューストンに移り、ここでも14試合の登板で8勝(2敗)。シーズン終盤に1試合だけメジャーに昇格し、1試合にだけ登板。パイレーツを相手に9回を3安打1失点に抑える完投勝利で最高のメジャーデビューを飾ったのである。
1931年はマイナーのヒューストンでフルシーズンを過ごしている。当時のカージナルスは「ガスハウス・ギャング」と呼ばれる黄金時代を迎えており、戦力が厚かったことがメジャー定着できなかった原因である。しかし、ディーンは41試合に登板し、26勝10敗、防御率1.57、303奪三振という好成績で最多勝、最優秀防御率、最多奪三振と投手のタイトルを総なめし、マイナーを卒業した。
1932年、メジャーに定着したディーン。46試合に登板(先発は33試合)し、18勝15敗、防御率3.30、191奪三振という成績を残し、一躍カージナルスのエースに台頭した。最多奪三振のタイトルを獲得している(この年から4年連続で受賞することになる)。翌1933年も48試合の登板(先発は34試合)で、20勝18敗、防御率3.04、199奪三振と高い数字を残している。
1934年は弟のポール・ディーンもメジャー昇格。開幕前に「兄弟で45勝する」と大言を吐いたが、結果としてディーンが50試合に登板(先発は33試合)し、30勝7敗、防御率2.66、195奪三振という数字を残せば、弟のポールも19勝(10敗)をマークし、結果的に兄弟で49勝と最初の予言を上回ったのである。特にシーズン終盤のダブルヘッダーでは、第1戦に登板したディーンが散発3安打の完封勝利を記録すれば、第2試合に登板した弟ポールはノーヒッターを達成するなど、とんでもない記録も作っている。
チームも3年ぶりにリーグ優勝を果たしたこともあり、自身初となるワールドシリーズを経験した。タイガースとの対戦になり、4勝3敗で世界一となったが、ディーンが2勝、弟ポールが2勝と兄弟での活躍が目立った。このシリーズで語られているのは、第4戦でディーンが代走で登場すると2塁上でダブルプレー阻止に動いた際、送球を顔に受けて昏倒。一時意識不明となる事態に陥ったが、あっさりと回復し、第7戦で完封勝利を決めているのである。
1935年は28勝(12敗)、1936年も24勝(13敗)と安定した数字を残したが、悲劇は1937年に起きた。この年のオールスターゲームにディーン自身は出場辞退する方針だったが、周囲の勧めもあり、出場を決行。この登板時にアール・エヴリルの打球を左足のつま先に受けてしまった。この怪我が元で肩を痛めてしまって、かつての剛速球を投げられなくなってしまったのである。翌1938年からはカブスへ移籍するが、2桁勝利を挙げられる事が出来ず1941年限りで現役引退を決めた。
引退後はブロードキャスターに転身して活躍。1947年にはブラウンズの投手陣をこき下ろしたことが原因でメジャーのマウンドに1試合だけ復帰。4回を3安打無失点に抑えている。1953年に野球殿堂入りを決めたディーンは、1974年に心臓発作で生涯を閉じるが、その後、背番号17番がカージナルスの永久欠番に指定された。1934年にディーンが30勝を挙げて以降、ナショナルリーグでは30勝投手が誕生していない(アメリカンリーグではデニー・マクレインが1968年に30勝を記録している)。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
- 最多勝:2回(1934-NL、1935-NL)
- 最多奪三振:4回(1932-NL~1935-NL)
受賞アワード一覧
- シーズンMVP:1回(1934-NL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 1930 StL 1 1 1 0 1 0 0 9.0 3 5 3 1 1 1.00 1932 StL 46 33 16 4 18 15 2 286.0 280 191 102 122 105 3.30 1933 StL 48 34 26 3 20 18 4 293.0 279 199 64 113 99 3.04 1934 StL 50 33 24 7 30 7 7 311.2 288 195 75 110 92 2.66 1935 StL 50 36 29 3 28 12 5 325.1 324 190 77 126 110 3.04 1936 StL 51 34 28 2 24 13 11 315.0 310 195 53 128 111 3.17 1937 StL 27 25 17 4 13 10 1 197.1 200 120 33 76 59 2.69 1938 ChC 13 10 3 1 7 1 0 74.2 63 22 8 20 15 1.81 1939 ChC 19 13 7 2 6 4 0 96.1 98 27 17 40 36 3.36 1940 ChC 10 9 3 0 3 3 0 54.0 68 18 20 35 31 5.17 1941 ChC 1 1 0 0 0 0 0 1.0 3 1 0 3 2 18.00 1947 StL 1 1 0 0 0 0 0 4.0 3 0 1 0 0 0.00 ----------------------------------------------------------------------------- Total 317 230 154 26 150 83 30 1967.1 1919 1163 453 774 661 3.02
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:4回(1934-NL~1937-NL)
- 世界一経験:1回(1934-StL)
- 殿堂入り:1953年(投票率:79.17%)※9回目
- 永久欠番:#17(Cardinals)
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Tags :
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