- 2008-06-03 (火) 0:02
- MLB Players

#* エディー・コリンズ | 2B

- 1906年・アスレティックスと契約
- 1887年5月2日生 右投左打 180センチ 91キロ
- ニューヨーク州出身
選手の紹介文
20世紀初頭に活躍したセカンドベースマンのエディー・コリンズ。タイ・カッブと同時代だったこともあり、首位打者を獲得する機会には恵まれなかったが、通算記録は安打が3313本、打率が.333、盗塁が743個と一時代を築いた大選手である。かつてのアスレティックスの10万ドルの内野陣のセカンドを守り、名を馳せたことでも知られる。
コリンズがコロンビア大学に入学したのは16歳の頃。大学の野球部でキャプテンを務め、1906年、19歳という年齢で当時フィラデルフィアに本拠を構えていたアスレティックスと契約を果たした。この時は本名であるエディー・サリバンという名前で契約したが、その後、コリンズと改称。この名前は大学時代のコーチが名付けたというもので、その後のプロ生活はコリンズで通すこととなる。
プロデビューしたのは1906年9月のことで、最初はショートストップとしてプレーしたという。とはいえ契約後の2年間は大学生活との兼用もあり、出場試合数はわずかであった。1908年からは徐々に出場試合数が増えていき、翌1909年は153試合に出場し、打率.346、198安打、67盗塁と大ブレイクを果たした。
当時のアスレティックスはコニー・マックという名監督が率いており、セカンドを守るコリンズに加え、サードには「ホームラン・ベイカー」と言われたフランク・ベイカーがおり、ファーストにスタフィ・マッキニス、ショートストップにジャック・ベリーがおり、この4人を総称して「10万ドルの内野陣」と呼ばれている。
1910年のコリンズは、打率.322、81盗塁という好成績でチームを牽引し、リーグ優勝を果たした。ワールドシリーズでは強力投手陣を抱え、当時黄金時代を迎えていたカブスを振り切り、世界一の栄誉を手にしている。特にシリーズではコリンズの好打が光り、打率.429をマーク。アスレティックスにとって球団史上初の世界一となったことになる。
コリンズは1911年以降で4年連続打率.340以上をマークしており、1909年以降では6年連続180安打以上を記録している。チームも世界一となった1910年以降の5年間で4度のリーグ優勝、3度の世界一を記録。その中でコリンズは、1914年のMVPを受賞している。
その中でチームの財政的な事情から1914年12月にホワイトソックスへの移籍が決まってしまった。移籍金が5万ドルと当時では破格の金額であり、MVP選手の移籍も珍しいことであるが、これもアスレティックスを率いるマックの球団運営を特徴づける要素でもある。
ホワイトソックスの一員となり、キャプテンも任されたコリンズは、移籍した1915年に打率.332、46盗塁をマーク。コリンズの他にもジョー・ジャクソンを加えるなど戦力が整い、1917年にはシーズン100勝をマークし、リーグ優勝を決めた。ワールドシリーズでもジャイアンツを振り切り、球団としても1906年以来となる2度目の世界一を手にしている。
1919年にもワールドシリーズへ進出するが、レッズの前に敗れた。この敗戦には疑惑という形で、後に「ブラックソックス・スキャンダル」として表面化し、球界を揺るがすことになる。ホワイトソックスはジャクソンを含む8選手に永久追放処分が下されるなど厳しいものだったが、コリンズは八百長には一切関わらず、この処分にも無関係だった。それはコリンズ自身が非常にプライドの高い選手だったことも挙げられる。
1920年にはキャリアハイとなる224安打を記録し、打率.372をマークしたコリンズ。チーム力は低くなってしまったが、その中でもコリンズは打率3割以上をマーク。1919年から9年連続で打率3割以上を記録したことになる。さらに1925年からの2年間は監督兼任も務めた。
晩年となる1927年には古巣のアスレティックスにコーチ兼任キャプテンとして復帰。試合出場は徐々に減り、1930年を最後に現役を退くことになる。通算成績は2826試合の出場で、打率.333、3313安打、47HR、1300打点、743盗塁というもので、4度の盗塁王にも輝いている。
その後、1933年にはレッドソックスのフロントに転じ、オーナーであるトム・ヨーキーの強力な援護もあり、GMとして球団運営にも才能を発揮したコリンズ。レフティー・グローブ、ジミー・フォックスやジョー・クローニンを獲得しチーム力を挙げる一方、後に殿堂入りするボビー・ドーアやテッド・ウイリアムスの才能を発掘し、メジャーリーグの時代と時代の間の架け橋にもなっている。
殿堂入りを果たしたのは1939年のことで、この年には息子もメジャーデビューを果たした(息子のメジャー生活は3年間のみ)。ちなみにコリンズは通算512犠打というメジャーリーグ記録を持っており、この記録を2003年に川相昌宏が破ったことで、時代を超えて、国境を越えて、日本でもコリンズの名前が聞かれることとなった。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1906 PhA 6 15 2 3 0 0 0 0 -- 0 0 .200 .200 .200 1907 PhA 14 23 0 5 0 0 0 2 -- 0 0 .217 .217 .217 1908 PhA 102 330 39 90 18 7 1 40 -- 16 8 .312 .379 .273 1909 PhA 153 571 104 198 30 10 3 56 -- 62 67 .416 .450 .347 1910 PhA 153 581 81 188 16 15 3 81 -- 49 81 .382 .418 .324 1911 PhA 132 493 92 180 22 13 3 73 -- 62 38 .451 .481 .365 1912 PhA 153 543 137 189 25 11 0 64 -- 101 63 .450 .435 .348 1913 PhA 148 534 125 184 23 13 3 73 37 85 55 .441 .453 .345 1914 PhA 152 526 122 181 23 14 2 85 31 97 58 .452 .452 .344 1915 CWS 155 521 118 173 22 10 4 77 27 119 46 .460 .436 .332 1916 CWS 155 545 87 168 14 17 0 52 36 86 40 .405 .396 .308 1917 CWS 156 564 91 163 18 12 0 67 16 89 53 .389 .363 .289 1918 CWS 97 330 51 91 8 2 2 30 13 73 22 .407 .330 .276 1919 CWS 140 518 87 165 19 7 4 80 27 68 33 .400 .405 .319 1920 CWS 153 602 117 224 38 13 3 76 19 69 20 .438 .493 .372 1921 CWS 139 526 79 177 20 10 2 58 11 66 12 .412 .424 .337 1922 CWS 154 598 92 194 20 12 1 69 16 73 20 .401 .403 .324 1923 CWS 145 505 89 182 22 5 5 67 8 84 48 .455 .453 .360 1924 CWS 152 556 108 194 27 7 6 86 16 89 42 .441 .455 .349 1925 CWS 118 425 80 147 26 3 3 80 8 87 19 .461 .442 .346 1926 CWS 106 375 66 129 32 4 1 62 8 62 13 .441 .459 .344 1927 PhA 95 226 50 76 12 1 1 15 9 56 6 .468 .412 .336 1928 PhA 36 33 3 10 3 0 0 7 4 4 0 .378 .394 .303 1929 PhA 9 7 0 0 0 0 0 0 0 2 0 .222 .000 .000 1930 PhA 3 2 1 1 0 0 0 0 0 0 0 .500 .500 .500 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2826 9949 1821 3312 438 186 47 1300 286 1499 744 .424 .428 .333
受賞タイトル一覧
- 盗塁王4回(1910,19,23,24)
-
Tags :
- Newer: George SISLER(ジョージ・シスラー)
- Older: Jim PALMER(ジム・パーマー)
Comments:0
Trackback:0
- TrackBack URL for this entry
- http://circlechange.com/players/eddie-collins/trackback
- Listed below are links to weblogs that reference
- Eddie COLLINS(エディー・コリンズ) from Circle Change

