- 2008-10-17 (金) 0:01
- MLB Players

#41 エディー・マシューズ(Eddie MATHEWS) | 3B

- 1949年・ブレーブスと契約
- 1931年10月31日生 右投左打 185センチ 88キロ
- テキサス州出身
選手の紹介文
通算512HRを記録しているスラッガーとして活躍したエディー・マシューズ。低い弾道でライナーとしてスタンドに運ぶ打撃を見せた。ミルウォーキーに本拠を構えていた頃のブレーブスの中心選手として、ハンク・アーロンと共に一時代を築いた。1957年にはチームを世界一に導き、マシューズ自身としても本塁打王のタイトルを2度も受賞している。
テキサス州に生まれたマシューズは、幼少時に家族揃ってカリフォルニア州サンタバーバラへ移住。高校時代から野球にフットボールと万能な才能を見せたマシューズ。高校卒業時には幾多の球団から入団の誘いを受けることになるが、一番いい条件を示したのはドジャースであり、契約金は破格の1万ドルという提示があったという。
当時のメジャーリーグには契約金6000ドル以上を受け取った選手は、最初の2年間をメジャーのロースターに入れなければいけないというルールがあった。試合経験を積まなければいけない時期に、メジャーでベンチを温めることは選手の将来を考えても得策とはいえず、マシューズはドジャースからの誘いを断り、ブレーブスと契約金5999ドルで合意。マイナーで試合経験できる道を自ら選んだのである。
野球好きな父の影響を大いに受けたマシューズだが、ブレーブス選択の裏には、サードが手薄な球団を探し、ブレーブスが試合出場に1番早いだろうという父の判断もあったのである。当時のブレーブスのサードはボブ・エリオットが守っており、1947年にはMVPも受賞している選手であったが、32歳という年齢もあり、衰えが見え始めていたのである。
マイナー球団でプロ生活をスタートさせたマシューズは、自らは非常に苦しんだと語っているが、1年目となる1949年は63試合の出場で、打率.363、17HR、56打点と非凡な数字を残している。翌1950年には146試合に出場し、打率.286、32HR、106打点とパワー面でも結果を残した。
1952年、マシューズはメジャーに昇格した。まだブレーブスがボストンに本拠地を構えていた時代である。昇格のきっかけはサードのエリオットが移籍したこともあり、その穴を埋めるべく昇格したのである。この年は145試合の出場で打率.242、25HR、58打点をマーク。リーグ最多の115三振を喫するが、新人選手としては合格点を与えられる成績といえる。とはいうものの、人気者だったエリオットの代役と言うこともあり、地元ボストンの記者は新人マシューズに物足りなさを感じ、叩いたという。
そんな中で1953年、ブレーブスはミルウォーキーへ移転することとなった。ミルウォーキーでは熱狂的に迎えたブレーブスの中で、若きマシューズは大きく飛躍を果たした。157試合に出場し、打率.302、47HR、135打点と堂々たる数字を残し、本塁打王のタイトルを獲得。当時、既に球界から退いていたタイ・カッブもマシューズのスイングには太鼓判を押すほど、その実力は認められていたのである。
1954年は40HR、103打点、翌1955年も41HR、101打点をマーク。実に3年連続での40HRと100打点以上を挙げるなどリーグを代表するスラッガーに成長。この頃にはアーロンもメジャーに定着し、HRデュオを形成したのである。マシューズは1954年から9年連続で30HR以上というナショナルリーグのタイ記録を持っている(マイク・シュミットと並ぶ)。
1957年、ブレーブスはリーグ優勝を果たし、マシューズも初めてワールドシリーズの舞台に立った。ヤンキースとの対戦となったが、3戦が終わった段階で1勝2敗と負け越しており、マシューズのバットも湿っていた。そんな中で迎えた第4戦、1点リードされた状態で迎えた延長10回裏、マシューズは値千金となるサヨナラ2ランHRを放ち、チームに勝利をもたらした。
そして3勝3敗で迎えた第7戦、序盤にマシューズの先制タイムリーで先制したブレーブスは5対0と優勢で試合を進めたが、最終回に2アウト満塁と大ピンチに陥った。ここで打席に迎えた強打者ビル・スコーロンが三塁線を抜きそうな強烈な当たりを放つが、サードのマシューズが逆シングルで掴み、そのまま3塁を踏んでゲームセット。自らの守備で世界一の栄冠を手にしたのである。洗練された打撃と対照的に、サードの守備は評価されていなかったマシューズにとっては価値あるプレーだったのである。
1959年には打率.306、46HR、114打点でマシューズ自身2度目となる本塁打王を獲得。翌1960年にも打率.277、39HR、124打点と高い数字を残した。しかし、1962年に肩を痛めるアクシデントに見舞われ、シーズンHR数は29本と、30本の大台を割ってしまったのである。ここからマシューズの成績は下降線を描き、打率も2割5分以下に落ち込んでしまった。1967年にアストロズに移籍し、さらにシーズン途中にタイガースへ移籍。1968年も引き続きタイガースでプレーするが衰えは隠せず、ワールドシリーズでタイガース世界一に少しだけ関わり、この年限りで現役を引退している。
メジャー通算成績は、打率.271、512HR、1453打点、2315安打と堂々たるものであるが、現役終盤の肩の怪我で急激に衰えを見せることがなければ通算成績をもっと伸ばしていたはずで、残念な点ではある。引退後の1970年にブレーブスにコーチとして復帰すると、1972年途中から監督に就任。1974年にアーロンが通算715号HRを放ったときに指揮を執っていたのはマシューズだった(しかし、1974年途中に監督を解任)。
マシューズとアーロンはブレーブスで13年間プレーしたが、この間に2人が放ったHR数は863本を数え、数多くのデュオの中でもメジャー最高の数字である。1978年には殿堂入りを決め、さらにデビューから一貫して付けていた背番号41番もブレーブスの永久欠番に指定されている。ブレーブスはボストン、ミルウォーキー、アトランタへと本拠地を移したが、その3拠点を経験しているのはマシューズのみである。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1952 BsB 145 528 80 128 23 5 25 58 115 59 6 .320 .447 .242 1953 MlB 157 579 110 175 31 8 47 135 83 99 1 .406 .627 .302 1954 MlB 138 476 96 138 21 4 40 103 61 113 10 .423 .603 .290 1955 MlB 141 499 108 144 23 5 41 101 98 109 3 .413 .601 .289 1956 MlB 151 552 103 150 21 2 37 95 86 91 6 .373 .518 .272 1957 MlB 148 572 109 167 28 9 32 94 79 90 3 .387 .540 .292 1958 MlB 149 546 97 137 18 1 31 77 85 85 5 .349 .458 .251 1959 MlB 148 594 118 182 16 8 46 114 71 80 2 .390 .593 .306 1960 MlB 153 548 108 152 19 7 39 124 113 111 7 .397 .551 .277 1961 MlB 152 572 103 175 23 6 32 91 95 93 12 .402 .535 .306 1962 MlB 152 536 106 142 25 6 29 90 90 101 4 .381 .496 .265 1963 MlB 158 547 82 144 27 4 23 84 119 124 3 .399 .453 .263 1964 MlB 141 502 83 117 19 1 23 74 100 85 2 .344 .412 .233 1965 MlB 156 546 77 137 23 0 32 95 110 73 1 .341 .469 .251 1966 AtB 134 452 72 113 21 4 16 53 82 63 1 .341 .420 .250 1967 Hou 101 328 39 78 13 2 10 38 65 48 2 .333 .381 .238 1967 Det 36 108 14 25 3 0 6 19 23 15 0 .331 .426 .231 1968 Det 31 52 4 11 0 0 3 8 12 5 0 .281 .385 .212 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2391 8537 1509 2315 354 72 512 1453 1487 1444 68 .376 .509 .271
受賞タイトル一覧
- 本塁打王2回(1953-NL,1959-NL)
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