- 2009-05-06 (水) 0:06
- MLB Players
#16 エドガー・レンテリア(Edgar RENTERIA) | SS

- 1992年2月・マーリンズと契約
- 1975年8月7日生 右投右打 185センチ 82キロ
- コロンビア出身
過去3年間の成績
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 2006 Atl 149 598 100 175 40 2 14 70 89 62 17 .361 .436 .293 2007 Atl 124 494 87 164 30 1 12 57 77 46 11 .390 .470 .332 2008 Det 138 503 69 136 22 2 10 55 64 37 6 .317 .382 .270 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1860 7140 1090 2070 392 26 127 817 1005 634 280 .347 .405 .290
選手の紹介文
メジャーリーグを代表するショートストップとして名前の挙がるエドガー・レンテリア。走攻守で高いレベルを維持していたが、近年は衰えが指摘されている。マーリンズ時代には若くして世界一を味わう幸運に恵まれた。幾つかの球団を渡り歩いたが、ナショナルリーグのチーム在籍時の方がいい数字を残している。
コロンビアで生まれたレンテリアは、まだ16歳と若い1992年2月、翌年に新球団として誕生するマーリンズと契約を交わした。契約後に即ルーキーリーグに参加し、43試合に出場して打率.288をマークしている。翌1993年は1Aケインカウントリーへ舞台へ移すと、116試合の出場で打率.203と苦しんだ。この頃はまだ原石として磨かれている最中だった。
1994年は1Aブレバードカウントリーで128試合に出場して打率.253に終わるが、翌1995年は2Aポートランドに昇格すると、135試合の出場で打率.289、7HR、68打点とステップアップ。この年のオフにはプエルトリコでのウインターリーグに参加すると打率.318をマークする打撃を見せて、成長の跡を見せたのである。ポジションは一貫してショートストップであり、エラーは多いが将来性は高く評価されていたのである。
1996年、開幕は3Aシャーロットで迎えると35試合に出場して打率.280、10盗塁をマーク。5月に入ったところでメジャー昇格が告げられた。コロンビア人としては史上4人目のメジャーリーガーとなったのである。ルイス・カストロ(1902年)、オーランド・ラミレス(1974~79年)、ジャッキー・ギタレス(1983~88年)に次ぐ4人目の選手となったのである。20歳にしてメジャー昇格となったが、マーリンズはそれまでショートストップを守っていたカート・アボットをはずして、レンテリアにショートストップを任せている。
デビュー直後はなかなか数字は残せなかったが、7月後半からは22試合連続ヒットを記録するなど、新人らしからぬ活躍を見せた。終わってみれば、106試合の出場で打率.309、5HR、31打点、16盗塁という数字を残し、特にオールスター後に限れば打率.334をマークしている。この年の新人王投票ではトッド・ホランズワースに次ぐ2位に付けている。
1997年、マーリンズのショートストップとしてフル出場したレンテリア。154試合に出場して打率.277、4HR、52打点、32盗塁をマーク。シーズン通して171安打を放っており、シングルヒットはリーグ2位となる143本である。送りバントもリーグトップとなる19個を記録し、2番打者としての役割を果たしたのである。チームもワイルドカードとしてポストシーズン出場を果たした。
レンテリアはディビジョンシリーズ(対ジャイアンツ)の第1戦で決勝打を放った。このシリーズを勝ち抜き、リーグチャンピオンシップシリーズ(対ブレーブス)も下して、球団史上初のリーグ優勝。ワールドシリーズ(対インディアンズ)も第7戦までもつれる熱戦となった。その第7戦の延長11回、ツーアウト満塁のチャンスでレンテリアに打席が回り、センター前に運ぶサヨナラ打を放ったのである。球団創立5年目での世界一は当時のメジャー記録であった(後にダイヤモンドバックスが4年目世界一で更新)。
1998年、前年の世界一から緊縮財政の方針から主力選手を大量放出。その中でレンテリアはショートストップとして133試合に出場した。打率.282、3HR、31打点に加え、リーグ4位となる41盗塁を記録。まだ22歳という若さにも関わらず、マーリンズを引っ張る選手となり、自身初となるオールスターゲームにも選出された。そして、オフにはカージナルスへの交換トレードがまとまり、移籍が決まったのである(交換相手はブレイデン・ルーパーなど3選手)。
1999年、カージナルスへの移籍1年目は154試合に出場して打率.275、11HR、63打点、37盗塁をマーク。36本の2塁打を放ち、HR数も初めて2桁に達するなど、パワー面でも結果を残し始めた。勝負強い打撃が注目され、得点圏打率は.304を記録している。オフには4年間2000万ドルという内容で契約延長に合意。2年間のオプションを含んでおり、期待の大きさが見られた。
2000年、150試合の出場で打率.278、16HR、76打点、21盗塁をマークして、チームトップの32本の2塁打を放った。自身初となるシルバースラッガー賞を受賞するなど、打撃面での成長が目立った。翌2001年は前半戦は不振で、後半に盛り返しはしたものの、141試合の出場に留まり、打率.260、10HR、57打点という数字に終わってしまった。
2002年、開幕から好調を維持したレンテリア。7月には月間打率.404をマークしている。自身2度目のオールスター選出を果たしたこの年は、152試合の出場で打率.305、11HR、83打点を記録。ゴールデングラブ賞とシルバースラッガー賞を同時受賞することになったが、これはカージナルス史上でオジー・スミス(1987年)以来の快挙となる。また、カージナルスのショートストップとしては82打点を挙げたことになり、これは球団史上ドク・ラバン(1921年)に並ぶタイ記録である。MVP投票でも20位に食い込むなど、飛躍の1年となったのである。
2003年も勢いは留まることなく、一貫して3割以上の打率を維持した。4月からの月間打率は.337、.316、.356、.317、.337、.309というもので、シーズン通しては157試合の出場で打率.330、13HR、100打点、34盗塁に加え、194安打、47本の2塁打をマーク。打率と盗塁は共にリーグ4位となるほどの記録である。3度目のオールスター出場を果たすが、今回はファン投票による選出となり、さらに2年連続でゴールデングラブ賞とシルバースラッガー賞を同時受賞も果たすなど、大きくブレイクした1年となったのである。
2004年、149試合の出場で打率.287、10HR、72打点、17盗塁という成績に終わるが、オールスターには2年連続でファン投票選出。チームもシーズン105勝を挙げて地区優勝を果たすと、ディビジョンシリーズ(対ドジャース)では、レンテリアは打率.455(11打数4安打)をマークする好調を見せた。リーグチャンピオンシップシリーズ(対カージナルス)も勝ち抜くも、ワールドシリーズ(対レッドソックス)では相手の勢いに呑まれて4連敗を喫した。第4戦の最後の打者になってしまったが、ワールドシリーズで最後の打者になるのは1997年に続いて2度目となる。
2005年はFAとなり、レッドソックスと4年間4000万ドルで契約を交わした。前年世界一になったばかりのレッドソックスでのプレーということで期待は大きかったが、リーグトップとなる30個のエラーを喫するなど精彩を欠いた。打撃成績も153試合の出場で打率.276、8HR、70打点に終わっている。初めてのアメリカンリーグでのプレーという点が取り上げられたが、実際は腰と足の怪我に苦しんでいたという。オフには放出されるような形でブレーブスへの交換トレードがまとまった(交換相手はアンディ・マルテ)。
2006年、ブレーブスの一員として、FA移籍したラファエル・ファーカルに代わる形でショートストップに入った。開幕からヒットを打ち重ね、怪我での未出場もあったが、いきなり23試合連続ヒットを記録した。開幕からの連続ヒットとすればロン・レフロア(1976年)の30試合連続に次ぐメジャー2位となる記録である。149試合の出場で打率.293、14HR、70打点をマークし、2年ぶりとなるオールスター出場も果たしている。
2007年はシーズン通して安定感を見せたレンテリア。シーズン終盤に右足首を痛めた影響で約1ヶ月ほどの離脱があり、124試合の出場に留まるものの、打率.332、12HR、57打点をマーク。仮に怪我での離脱がなければシーズン200本安打も夢ではなかった。そしてオフにはタイガースへの移籍が決まった。これはブレーブスにユネル・エスコバルという若いショートストップに出場機会を与えるためである。交換相手はジャイア・ジャージェンスとゴルキス・ヘルナンデスであった。
2008年、タイガースのショートストップにレンテリアが入り、それまでショートだったカルロス・ギーエンがファーストに回った。大型補強で注目されたタイガースは開幕から大きく失速。レンテリアの打撃も湿っていた(打率.270、10HR、55打点)。守備でも、往年のゴールドグラブ賞受賞時の動きは見られず、オフにはオプションが破棄され、FAとなっている。そして、ジャイアンツと2年間1850万ドルで契約合意。ちょうどオマー・ビスケルが抜けた後のショートを任されることとなる。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
- ゴールドグラブ賞:2回(2002-NL、2003-NL)
- シルバースラッガー賞:3回(2000-NL、2002-NL、2003-NL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1996 Fla 106 431 68 133 18 3 5 31 68 33 16 .358 .399 .309 1997 Fla 154 617 90 171 21 3 4 52 108 45 32 .327 .340 .277 1998 Fla 133 517 79 146 18 2 3 31 78 48 41 .347 .342 .282 1999 StL 154 585 92 161 36 2 11 63 82 53 37 .334 .400 .275 2000 StL 150 562 94 156 32 1 16 76 77 63 21 .346 .423 .278 2001 StL 141 493 54 128 19 3 10 57 73 39 17 .314 .371 .260 2002 StL 152 544 77 166 36 2 11 83 57 49 22 .364 .439 .305 2003 StL 157 587 96 194 47 1 13 100 54 65 34 .394 .480 .330 2004 StL 149 586 84 168 37 0 10 72 78 39 17 .327 .401 .287 2005 Bos 153 623 100 172 36 4 8 70 100 55 9 .335 .385 .276 2006 Atl 149 598 100 175 40 2 14 70 89 62 17 .361 .436 .293 2007 Atl 124 494 87 164 30 1 12 57 77 46 11 .390 .470 .332 2008 Det 138 503 69 136 22 2 10 55 64 37 6 .317 .382 .270 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1860 7140 1090 2070 392 26 127 817 1005 634 280 .347 .405 .290
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:5回(1998-NL、2000-NL、2003-NL、2004-NL、2006-AL)
- 世界一経験:1回(1997-Fla)
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