- 2008-06-04 (水) 0:10
- MLB Players

#14 アーニー・バンクス | SS

- 1953年・カブスと契約
- 1931年1月31日生 右投右打 185センチ 81キロ
- テキサス州出身
選手の紹介文
メジャーキャリアの全てをカブスに捧げた強打のショートストップ、アーニー・バンクス。2度のMVP獲得に加え、通算512本ものHRを放ったバンクスも、ワールドシリーズには縁がなかった。陽気な性格で人気者のバンクスは、NBAのマイケル・ジョーダンが登場するまでシカゴのヒーローであった。口癖は「レッツ・プレー・ツー!(2試合やろう!)」であるなど、常に野球に対し前向きに取り組んだ男でもある。
1931年、テキサス州ダラスに12人兄弟の2番目として生まれたバンクスは、セミプロで野球をやっていたという父親の影響で子供の頃から野球に親しんでいた。幼いながらも厳しい家計を助けながら、野球に熱中したバンクス。高校時代は野球チームがないためにソフトボールをプレーするが、大きなソフトボール相手でも豪快な打撃を見せていた。そして、1950年にニグロリーグの名門カンザスシティ・モナークスと契約するに至った。
黒人のジャッキー・ロビンソンがメジャーリーグに風穴を空けたことで、同じ黒人のバンクスにも将来的にメジャーリーガーとなる可能性が出てきた時代でもある。モナークスには伝説の名投手サチェル・ペイジや、強打の捕手ジョシュ・ギブソンがおり、オフになるとロビンソンも加わり、遠征先でバンクスと共に二遊間を組むこともあったという。
兵役に2年間出た後、インディアンズやドジャースから誘われるが、それらを断ってモナークスへ復帰。その後、カブスとホワイトソックスとの激しい争奪戦の果て、1953年9月にカブスと1万ドルで契約を結ぶことになる。こうしてバンクスはメジャーリーガーへの道を歩み始めたわけだが、契約したその年、シーズン終盤の10試合にだけ出場して初HRも記録している。
1954年、154試合全てに出場し、打率.275、19HR、79打点をマーク。翌1955年にも全試合出場となる154試合に出場して、打率.295、44HR、117打点と長打力を発揮した。44本というHR数は、歴代のショートストップの中でもトップというものである。さらにそのうちの5本のHRが満塁HRであり、バンクスの勝負強さを証明している。
細みな体でありながら強靱なリストで長打を連発したバンクスは、メジャーデビューの試合から424試合連続出場というメジャー記録も樹立した。1956年は打率.297、28HR、85打点に終わるが、翌1957年は打率.285、43HR、102打点をマーク。しかし、どれだけバンクスが打とうともチームは下位を低迷したままだった。
1958年、154試合の出場で、打率.313、47HR、129打点という素晴らしい成績を残した。3年前に自らが作ったショートストップとしてのシーズン最多HR数を更新し、さらに本塁打王と打点王の二冠王に輝いた。チームは72勝82敗の地区5位タイに終わったが、好成績が評価されてMVPを獲得している。翌1959年も155試合に出場し、打率.304、45HR、143打点という成績を残し、2年連続の打点王と共に2年連続のMVPも獲得。しかし、チームは74勝80敗で地区5位タイに終わっている。
1960年、156試合の出場で打率.271、41HR、117打点で4年連続の40HR以上、100打点以上を記録すると共に、バンクス自身も2度目の本塁打王を獲得している。チームが低迷しているのは残念だったが、ショートストップとしてこれだけの打撃を見せたことが当時のメジャーリーグでは例外的なことで、誰もが高い評価を与えた。
1961年、膝を痛めた影響からレフトに回り、その後にファーストに回ったバンクス。コンバート直後は守備に慣れず苦しんだが、1962年には37HR、104打点をマークした。その後も全盛期ほどの衝撃的な活躍を見せる場面は減ってきたものの、記録を積み上げ、1970年5月12日には地元リグレーフィールドで通算500本目のHRを放っている。
結果的に1971年を最後にユニフォームを脱ぐが、結局ワールドシリーズの舞台には立つことが出来なかった。同い年のウイリー・メイズはワールドシリーズで伝説的なプレーを見せたのとは対照的ではあったが、それでもシカゴのファンはバンクスを愛した。通算2528試合の出場で、打率.274、512HR、1638打点という記録を残した。
1977年に殿堂入りしたバンクスだが、自らが付けていた背番号14が歴史あるカブス史上初の永久欠番となった。打てるショートとして知られるバンクスも、実はファーストとして出場した試合の方が多いとは、余り知られていない事実である。2000年に日本で行われたカブス対メッツの開幕戦では自らマイクを持ち、日本のファンとセブンスイニングストレッチを楽しむなど、引退後も至る所で活躍。ちなみにバンクスの持っていたショートとしてのシーズン最多HRは、アレックス・ロドリゲスが更新している。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1953 CHC 10 35 3 11 1 1 2 6 5 4 0 .385 .571 .314 1954 CHC 154 593 70 163 19 7 19 79 50 40 6 .326 .427 .275 1955 CHC 154 596 98 176 29 9 44 117 72 45 9 .345 .596 .295 1956 CHC 139 538 82 160 25 8 28 85 62 52 6 .358 .530 .297 1957 CHC 156 594 113 169 34 6 43 102 85 70 8 .360 .579 .285 1958 CHC 154 617 119 193 23 11 47 129 87 52 4 .366 .614 .313 1959 CHC 155 589 97 179 25 6 45 143 72 64 2 .374 .596 .304 1960 CHC 156 597 94 162 32 7 41 117 69 71 1 .350 .554 .271 1961 CHC 138 511 75 142 22 4 29 80 75 54 1 .346 .507 .278 1962 CHC 154 610 87 164 20 6 37 104 71 30 5 .306 .503 .269 1963 CHC 130 432 41 98 20 1 18 64 73 39 0 .292 .403 .227 1964 CHC 157 591 67 156 29 6 23 95 84 36 1 .307 .450 .264 1965 CHC 163 612 79 162 25 3 28 106 64 55 3 .328 .453 .265 1966 CHC 141 511 52 139 23 7 15 75 59 29 0 .315 .432 .272 1967 CHC 151 573 68 158 26 4 23 95 93 27 2 .310 .455 .276 1968 CHC 150 552 71 136 27 0 32 83 67 27 2 .287 .469 .246 1969 CHC 155 565 60 143 19 2 23 106 101 42 0 .309 .416 .253 1970 CHC 72 222 25 56 6 2 12 44 33 20 0 .313 .459 .252 1971 CHC 39 83 4 16 2 0 3 6 14 6 0 .247 .325 .193 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2528 9421 1305 2583 407 90 512 1636 1236 763 50 .330 .500 .274
受賞タイトル一覧
- MVP2回(1958,59)
- 本塁打王2回(1958,60)
- 打点王2回(1958,59)
- ゴールドグラブ賞1回(1960)
- オールスター出場11回(1955~62,65,67,69)
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