- 2008-10-16 (木) 0:05
- MLB Players

#20 フランク・ロビンソン(Frank ROBINSON) | OF

- 1956年・レッズと契約
- 1935年8月31日生 右投右打 185センチ 82キロ
- テキサス州出身
選手の紹介文
メジャー史上初となる両リーグでMVP受賞経験のあるフランク・ロビンソン。度重なる逆境を跳ね返し、新人王、移籍1年目の三冠王となり、引退後は黒人初となる監督の座にもついている。オリオールズ時代には2度の世界一に貢献。通算586本のHRは、引退した当時で歴代4位にランクする本数であった。
テキサス州に生まれたロビンソン。カリフォルニア州オークランドの高校に進学するが、後輩にはカート・フラッドなどの未来のメジャーリーガーもいたという。ロビンソンに注目したのはレッズであったが、当時はそれほど高い評価を得ていたわけではない。契約金3000ドルという金額でレッズと契約を結ぶのは1953年、ロビンソンがまだ17歳の頃だった。
契約後はルーキーリーグでプレーし、72試合の出場で打率.348、17HR、83打点という好成績を残した。翌1954年は上のランクのマイナーに昇格し、打率.336、25HR、110打点をマーク。1955年は若干失速するが、1956年には待望のメジャー昇格を果たした。マイナー時代には他球団からの移籍の話しを断るなど、レッズ首脳はロビンソンの将来性を高く評価するようになっていたのである。
1956年、メジャーデビュー1年目となったこの年、20歳という若さでありながら152試合に出場し、打率.290、38HR、83打点という堂々たる成績でこの年の新人王を手にしたのである。新人最多となる20個の死球を記録しているが、それも乗り越えた。ジャッキー・ロビンソンがデビューしてから10年たっていたが。黒人選手に対しての風当たりはまだ強かったのである。
1957年は打率にこだわる打撃を見せ、打率.322、29HR、75打点をマーク。翌1958年は肩の怪我に苦しみ、打率.269と落ち込むが、1959年には打率.311、36HR、125打点と復活を果たしている。1960年以降は3年連続でリーグトップの長打率を記録(.595、.611、.624)するなど、リーグを代表するスラッガーとなった。1961年は打率.323、37HR、124打点という数字を残し、チームも優勝したためにシーズンMVPを受賞している。翌1962年にも打率.342、39HR、136打点と前年を上回る数字を残した。
1961年に初めてワールドシリーズ(対ヤンキース)の舞台に立ったロビンソンだが、第3戦でライトを守っていた際、セカンド後方に上がったフライに声をかけずに飛び出し、セカンドと激突。打球は転々とする間に失点に、シリーズの流れを奪われてしまったのである(1勝4敗でレッズは敗れてしまった)。ロビンソンのワールドシリーズデビューはほろ苦いものとなった。
1963年は拳銃不法所持で逮捕されるアクシデントもあり、成績を落としてしまった(打率.259、21HR、91打点)。翌年以降は成績を取り返したが。1965年のシーズン終了後、ロビンソンはオリオールズへの移籍が決まったのである。これにはレッズのフロントからは30歳という年齢を問題とする発言があったが、ロビンソン自身の融通性のない性格や、黒人として公民権運動に熱心だったことが理由ではないかとも言われている。
1966年、オリオールズの一員としてアメリカンリーグに舞台を移したロビンソン。実に155試合に出場し、打率.316、49HR、122打点という好成績で三冠王を獲得。ロビンソンを放出したレッズのフロントを見返したのである。さらにシーズンMVPも受賞し、メジャーリーグ史上初となる両リーグMVPに輝いている。
チームメイトとなったブルックス・ロビンソンとロビンソンコンビとしてチームを引っ張り、チームもリーグ優勝を果たした。ワールドシリーズではサンディ・コーファックス、ドン・ドライスデールという両輪が支えるドジャースとの対戦となるが、第1戦で両ロビンソンがHRを放って勢いに乗り、戦前の予想を裏切る形でオリオールズが4連勝という形になった。ロビンソンは移籍1年目で自身初の世界一を経験するなど、最高のシーズンを過ごすことになったのである。
1967年もシーズン終盤までカール・ヤストレムスキーと三冠王を争う活躍を見せ、打率.311(リーグ2位)、30HR(リーグ4位)、94打点(リーグ3位)という成績を残している(結局、ヤストレムスキーが三冠王となっている)。しかし、この年、試合中の激突プレーで視神経に障害をもたらし、翌1968年シーズンにまで影響をもたらし、成績を大きく落とすことになってしまった。
東西地区制に移行した1969年にはロビンソンも復活。この年から3年連続リーグ優勝を果たした。1970年には古巣レッズとの対戦となり、4勝1敗で下し、自身2度目の世界一を経験している(リーグ3連覇中、世界一になったのは1970年のみ)。1971年6月26日の対セネタース線では2打席連続での満塁HRを、連続イニングで放つ快挙も達成している。
1972年からはドジャースに移籍し、1973年からはエンゼルス、1974年途中にインディアンズに移籍。1975年からは兼任監督としてチームの指揮を執るようになったのである。メジャーリーグには黒人の選手は多く誕生していたが、黒人の監督となるとロビンソンが初となる快挙でもあった。監督初采配となる開幕戦で選手としてHRを放つなど、この快挙を自らが祝ったのである。
1976年限りで現役を退いたが、1977年シーズン途中に成績不振を理由に解雇。その後は監督としてジャイアンツ、オリオールズ、エクスポズ/ナショナルズの監督を歴任している。監督として地区優勝は果たしていないが、1989年には前年最下位のオリオールズを地区2位に浮上させ、最優秀監督に選出されている。
メジャー21年間のキャリアで、通算成績は打率.294、586HR、1812打点に加え、204盗塁も記録している。1982年には殿堂入りを果たしているロビンソン。一貫して付けていた背番号20番は、レッズとオリオールズでそれぞれ永久欠番に指定されている(ドジャース在籍時のみドン・サットンがいたために36番を付けている)。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1956 Cin 152 572 122 166 27 6 38 83 95 64 8 .379 .558 .290 1957 Cin 150 611 97 197 29 5 29 75 92 44 10 .376 .529 .322 1958 Cin 148 554 90 149 25 6 31 83 80 62 10 .350 .504 .269 1959 Cin 146 540 106 168 31 4 36 125 93 69 18 .391 .583 .311 1960 Cin 139 464 86 138 33 6 31 83 67 82 13 .407 .595 .297 1961 Cin 153 545 117 176 32 7 37 124 64 71 22 .404 .611 .323 1962 Cin 162 609 134 208 51 2 39 136 62 76 18 .421 .624 .342 1963 Cin 140 482 79 125 19 3 21 91 69 81 26 .379 .442 .259 1964 Cin 156 568 103 174 38 6 29 96 67 79 23 .396 .548 .306 1965 Cin 156 582 109 172 33 5 33 113 100 70 13 .386 .540 .296 1966 Bal 155 576 122 182 34 2 49 122 90 87 8 .410 .637 .316 1967 Bal 129 479 83 149 23 7 30 94 84 71 2 .403 .576 .311 1968 Bal 130 421 69 113 27 1 15 52 84 73 11 .390 .444 .268 1969 Bal 148 539 111 166 19 5 32 100 62 88 9 .415 .540 .308 1970 Bal 132 471 88 144 24 1 25 78 70 69 2 .398 .520 .306 1971 Bal 133 455 82 128 16 2 28 99 62 72 3 .384 .510 .281 1972 LAD 103 342 41 86 6 1 19 59 76 55 2 .353 .442 .251 1973 Cal 147 534 85 142 29 0 30 97 93 82 1 .372 .489 .266 1974 Cal 129 427 75 107 26 2 20 63 85 75 5 .371 .461 .251 1974 Cle 15 50 6 10 1 1 2 5 10 10 0 .328 .380 .200 1975 Cle 49 118 19 28 5 0 9 24 15 29 0 .385 .508 .237 1976 Cle 36 67 5 15 0 0 3 10 12 11 0 .329 .358 .224 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2808 10006 1829 2943 528 72 586 1812 1532 1420 204 .389 .537 .294
受賞タイトル一覧
- シーズンMVP2回(1961-NL,1966-AL)
- 新人王(1956-NL)
- 首位打者1回(1966-NL)
- 本塁打王1回(1966-NL)
- 打点王1回(1966-NL)
-
Tags :
- Newer: Eddie MATHEWS(エディー・マシューズ)
- Older: George BRETT(ジョージ・ブレット)
Comments:0
Trackback:0
- TrackBack URL for this entry
- http://circlechange.com/players/frank-robinson/trackback
- Listed below are links to weblogs that reference
- Frank ROBINSON(フランク・ロビンソン) from Circle Change

