- 2008-06-25 (水) 0:05
- MLB Players
#35 フランク・トーマス(Frank THOMAS) | DH

- 1989年6月ドラフト・ホワイトソックス1位(全米7番目)
- 1968年5月27日生 右投右打 196センチ 116キロ
- ジョージア州出身
過去3年間の成績
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 2005 CWS 34 105 19 23 3 0 12 26 31 16 0 .315 .590 .219 2006 Oak 137 466 77 126 11 0 39 114 81 81 0 .381 .545 .270 2007 Tor 155 531 63 147 30 0 26 95 94 81 0 .377 .480 .277 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2251 7953 1467 2409 488 11 513 1674 1340 1628 32 .421 .561 .303
選手の紹介文
「ビッグハート(Big Hurt:破壊者)」と呼ばれるほどの恐れられる打棒を見せたフランク・トーマス。1993年から2年連続MVPに輝くなど、1990年代を代表する選手として名前が挙がる。通算成績として、打率.300、500HR、1500打点、1000得点、1500四球を記録しているのはベーブ・ルース、テッド・ウイリアムス、メル・オットに続く史上4人目としてトーマスの名前が挙がる。
ジョージア州コロンバスで生まれ育ったトーマス。非常にフットボール熱が高い町でトーマスは当然のようにフットボールに熱中した。それと同時に野球もやり始めていたという。高校時代にウェイトトレーニングの重要さを知り、熱心に取り組んだ。野球の才能の方が上だと思っていたトーマスは卒業時のドラフトでメジャーリーグからの指名を待ったが指名されず、これにはトーマス自身落ち込んだそうだ。才能だけではダメで努力が必要だと悟ったのもこの時である。
大学へはフットボールの奨学生として進学したが、怪我などもあり実際にフットボールをしたのは1年のみだった。その後は本格的に野球に転じ、大学通算で49本ものホームランを記録。トーマスが記録したシーズン73個の四球は、大学最多記録であり、いかにこの頃から選球眼が素晴らしかったかの証明でもある。そして1989年のドラフトでは全米7番目にホワイトソックスから1位指名され、晴れてプロ入りを果たす。
指名されたその年、ルーキーリーグと1Aの2つのクラスで計71試合に出場し、3割近い打率を残す。翌1990年はスプリングトレーニングでノーラン・ライアンから特大のホームランを放つなど、ドラフト1位選手として期待以上の素晴らしい実力を披露。開幕は2Aバーミンガムで迎えることになるが、3割を越える高い打率をマークし、8月2日にはメジャー昇格を果たした。結局、2Aでは109試合に出場し、打率.322、18HR、71打点と文句ない成績を挙げた。
8月2日の対ブリュワーズ戦の先発スターティングメンバーに名を連ね、勝ち越しのタイムリーを放つ大活躍でメジャーデビューを飾った。その後も13試合連続ヒットなど、全くメジャーとマイナーの壁を感じさせない活躍を見せ、60試合の出場で、実にその45試合にはヒットを打った。結局、打率.330、7HR、31打点をマークした。この年はメジャーとマイナーで合わせて156四球(メジャー44個、2A112個)を記録しおり、これはこの年、プロの全てのクラスにおいて最多四球である。
メジャー2年目となる1991年は、本拠地を新コミスキーパークに移して最初のシーズンであったが、その中でトーマスは2年目のジンクスを全く感じさせない打棒を発揮し、8月には打率.373、8HR、27打点を挙げ、月間MVPにも輝く。158試合に出場し、打率.318、32HR、109打点でシーズンを終えたトーマス。四球も138個記録し、球団記録を更新した。さらに、この年のMVP投票ではカル・リプケン、セシル・フィルダーに次ぐ3位につけ、自他共に認める一流メジャーリーガーとなった。
1992年も勢いはとどまらない。特に打順を3番とした6月以降は特に打ちまくった。7月から8月にかけては19試合連続ヒットを放ち、9月半ばには1試合5安打も記録。結果として160試合の出場で、打率.323、24HR、115打点をマークし、この年記録した46本の2塁打はリーグ最多である。長打72本の長打率.439も共にリーグトップである。四球数は122個で、2年連続100四球というのは球団史上初の快挙でもあった。
順調にキャリアを重ねてきていたトーマスは1993年に大きな花を咲かせた。それは打率.317、41HR、128打点、112四球と素晴らしい成績を残してのMVP受賞である。41本のホームランというのは、1972年のディック・アレン、1985年のカールトン・フィスクが記録した37本を越える球団新記録となった。チームも地区優勝を飾り、初めてのポストシーズンも経験。ブルージェイズの前に2勝4敗で敗れてしまうが、トーマスはチーム2位の打率.353をマークし、チームに貢献した。こうしてトーマスはメジャー4年目にして、ホワイトソックスという名門球団を語るに欠かせない選手となってしまった。
1994年は開幕からホームランを量産。オールスターまでに32本ものホームランを放ち、仲の良いケン・グリフィーやマット・ウイリアムスらとともに、1961年のロジャー・マリスのシーズン61HRの記録を抜くかと期待された。オールスターの際に行われるホームラン競争では、周囲の度肝を抜くとんでもない特大ホームランを放ち、その存在を大きくアピールした。
トーマスらの打棒爆発に沸いたこの年のメジャーリーグも、ストライキという暗い影が迫り、8月12日を最後にシーズンは終わった。しかし、トーマスは打率.353、38HR、101打点というシーズンフルに出場したのと遜色ない素晴らしい数字を残し、2年連続のMVPを受賞した。毎年シーズン後半戦に調子が挙がっていくトーマスだけに、「もしストライキがなかったら、シーズン60HRは確実に打っていただろう」と後に語っている。さらにストライキまでチームは地区首位を走っていたことも、トーマスにとってもチームにとっても悔しかったという。
1995年の開幕を前にトーマスと3,4番を打っていたフリオ・フランコが長引くストライキに嫌気がさし、日本のプロ野球に身を投じてしまう。フランコの離脱にエースのジャック・マクドウェルの離脱とチーム力は低下した。これにはトーマスも非常に落ち込んだが、打率.308、40HR、111打点という数字を残し、主砲としての責任はしっかりと果たした。翌1996年は、初めての故障者リスト入りも経験するが、終始高打率を維持し、首位打者のタイトルこそアレックス・ロドリゲスに譲ったが、打率.349、40HR、134打点をマークしている。
1997年の大きな目玉の一つはFAの大物、アルバート・ベルの獲得だった。ベルとトーマスのコンビが非常に注目されたが、トーマスは打率.347で首位打者のタイトルを手にする活躍する一方、ベルは27試合連続ヒットや30HR、116打点と数字的には素晴らしい記録を残したが、チャンスに弱いことがチームを引っ張った。結局、チームはポストシーズンへは進むことが出来ずにシーズンが終わってしまう。その中でもトーマスは35HR、125打点をマークし、1991年から数えて7年連続で打率3割、20HR、100打点、100四球というとんでもない記録を継続していた。
1998年、ベルは打率.328、49HR、152打点ととんでもない成績を残した一方で、トーマスは自らの離婚などの心労がたたったか、打率も3割を切ってしまう(.265)。29HR、109打点を記録したのはトーマスらしいが、またもチームは地区2位に終わってしまう。このためにこの年限りでベルは移籍してしまい、このコンビは解消された。しかし、ユニフォームは替わっても2人は仲の良い友人としてつきあっているという。
1999年は、通算1500安打に通算300HR、通算1000打点をそれぞれ達成という区切りのシーズンになったが、長年苦しんでいた左足首の状態がひどく、シーズン終了を待たずに戦線を離脱し、手術を決意した。そのため、打率こそ3割を越える(.305)が、15HR、77打点に終わり、8年間続いていた20HR、100打点という記録はストップしてしまった。
再起をかけた2000年は、以前のトーマスが戻ってきたような打棒を開幕から見せた。若手が多いチームを引っ張り、チームを7年ぶりのポストシーズン出場に導いた。打率.328、43HR、143打点をマークし、MVP投票ではジェイソン・ジオンビーに次ぐ、2位につけた。ジオンビーの317ポイントに対し、トーマスは285ポイントとほとんど変わらない点を見ても、MVPを受賞しても全くおかしくなかった。
更に期待をかけられて臨んだ2001年だったが、開幕前に周囲のメジャーリーガーの年俸が鰻登りに上がっているのを見て、自らの年俸も上げるべきだと主張して話題になったことがあった。とはいえトーマスは、1997年オフの段階で2006年までの契約を交わしているだけにどうしようもないのだが。結局この年は4月27日のマリナーズ戦で、イチローの1塁線を抜けようとした打球に飛びついた際、右上腕三頭筋を故障。この怪我が響き、早々にシーズンを終えてしまい、わずか20試合の出場で打率.221、4HR、10打点と過去最悪の成績に終わった。
2002年は148試合に出場し、28HR、92打点をマーク。翌2003年も153試合の出場でリーグ2位の42HRに加え、105打点とパワーのあるところを見せた。しかし、2004年、2005年と怪我に苦しみ、2年合わせても350打数に満たない状況だった。特に2005年はチームが88年ぶりとなる世界一に輝くものの貢献する働きが出来ず、厳しいシーズンとなった。
2006年には拾われる形でアスレティックスへの移籍が決定。1年50万ドルという、これまでの実績を考えると安すぎる契約内容であった。しかし、打率.270、39HR、114打点と全盛期張りの好成績を残し、チームのポストシーズン進出にも貢献。ワールドシリーズ進出は果たせなかったが、ポストシーズンの成績は打率.462、5HR、13打点と勝負強いところを見せた。
2007年、ブルージェイズと2年間1812万ドルと前年とは比較にならない大型契約を交わしたトーマス。6月半ばには通算496号HRを放つが、これは指名打者として放った244本目のHRであり、エドガー・マルチネスの記録を塗り替えるものである。さらに6月28日のマリナーズ戦では史上21人目となる通算500号HRを達成。この年は155試合に出場し、打率.277、26HR、95打点という数字を残している。翌2008年は開幕早々の不振から解雇され、シーズン途中に古巣アスレティックスに復帰している。
ちなみに高倉健主演の映画「ミスターベースボール」に、トム・セレック扮する往年のスタープレイヤーに、若さとパワー溢れる豪快なバッティングで衝撃を与えた選手というのは、当時2Aでプレーしていたトーマスなのである。実際に映画公開まで3年ほどの年月を必要としたこともあり、すでにメジャーリーガーとなっていたトーマスはこの映画自体を忘れており、ファンレターで気付かされたそうだ。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1990 CWS 60 191 39 63 11 3 7 31 54 44 0 .454 .529 .330 1991 CWS 158 559 104 178 31 2 32 109 112 138 1 .453 .553 .318 1992 CWS 160 573 108 185 46 2 24 115 88 122 6 .439 .536 .323 1993 CWS 153 549 106 174 36 0 41 128 54 112 4 .426 .607 .317 1994 CWS 113 399 106 141 34 1 38 101 61 109 2 .487 .729 .353 1995 CWS 145 493 102 152 27 0 40 111 74 136 3 .454 .606 .308 1996 CWS 141 527 110 184 26 0 40 134 70 109 1 .459 .626 .349 1997 CWS 146 530 110 184 35 0 35 125 69 109 1 .456 .611 .347 1998 CWS 160 585 109 155 35 2 29 109 93 110 7 .381 .480 .265 1999 CWS 135 486 74 148 36 0 15 77 66 87 3 .414 .471 .305 2000 CWS 159 582 115 191 44 0 43 143 94 112 1 .436 .625 .328 2001 CWS 20 68 8 15 3 0 4 10 12 10 0 .316 .441 .221 2002 CWS 148 523 77 132 29 1 28 92 115 88 3 .361 .472 .252 2003 CWS 153 546 87 146 35 0 42 105 115 100 0 .390 .562 .267 2004 CWS 74 240 53 65 16 0 18 49 57 64 0 .434 .563 .271 2005 CWS 34 105 19 23 3 0 12 26 31 16 0 .315 .590 .219 2006 Oak 137 466 77 126 11 0 39 114 81 81 0 .381 .545 .270 2007 Tor 155 531 63 147 30 0 26 95 94 81 0 .377 .480 .277 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2251 7953 1467 2409 488 11 513 1674 1340 1628 32 .421 .561 .303
受賞タイトル一覧
- MVP2回(1993,94)
- 首位打者1回(1997)
- シルバースラッガー賞4回(1991,93,94,2000)
-
Tags :
- Newer: Jeff BAGWELL(ジェフ・バグウェル)
- Older: Ken GRIFFEY(ケン・グリフィー)
Comments:0
Trackback:0
- TrackBack URL for this entry
- http://circlechange.com/players/frank-thomas/trackback
- Listed below are links to weblogs that reference
- Frank THOMAS(フランク・トーマス) from Circle Change


