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Gaylord PERRY(ゲイロード・ペリー)

Major League Baseball

#36 ゲイロード・ペリー(Gaylord PERRY) | SP

ゲイロード・ペリー

  • 1958年・ジャイアンツと契約
  • 1938年9月15日生 右投右打 193センチ 98キロ
  • ノースカロライナ州出身

選手の紹介文
スピッドボーラーとして開き直り、300勝を挙げたペリー。ボールに細工を行ういわゆる不正投球で通算314勝も挙げたゲイロード・ペリー。両リーグでサイヤング賞を受賞した史上初の投手となった。晩年はチームを転々と移りながらも結果を残した。実兄ジム・ペリーもサイヤング賞を受賞するなど、通算215勝を記録しており、兄弟での合計勝利数としてはニークロ兄弟(フィル・ニークロとジョー・ニークロ)に次ぐ数字である。

ノースカロライナ州の農家に生まれたペリー。父親がアマチュアの投手であったこともあり、兄ジムと共に自然と野球に触れていった。高校時代は野球とバスケットボールで活躍。兄ジムが1956年、インディアンズと契約を交わしたのに続くような形で、ペリーも1958年にジャイアンツと契約を交している。

ちょうどサンフランシスコへと移転したばかりのジャイアンツとの契約である。ペリーに提示された契約金は、当時で最高額の90000ドルというもので、期待の大きさが見られた。1Aから2Aへと着実に階段を昇り、3Aタコマに昇格した1961年には16勝10敗、防御率2.55という数字を残している。

1962年、開幕早々にメジャー昇格を果たし、2試合目の登板で白星を挙げたが、結果を残せなくなると3Aへと降格。翌1963年にはメジャーで大半を過ごすが、ほとんどがブルペンからの登板だった。この頃のジャイアンツは若いホアン・マリシャルを中心に、ベテランのジャック・サンフォード、ビリー・ピアースと先発陣が揃っていたことも原因である。

1964年も最初はブルペンからの登板で、たまに先発するという形だったが、8月以降はようやく先発に定着。世代交代が進んだことも幸いした。44試合の登板(先発は19試合)で12勝11敗、防御率2.75をマーク。しかし、翌1965年は最初は先発だったが、後半はブルペンに戻った。まだ不安定ではあったが、この頃にはスピッドボール(不正投球)に手を染めていたと言われる(ちなみに教えたのはボブ・ショーと言われる)。

1966年、ようやくペリーの本領が発揮された。開幕から着実に白星を積み重ね、終わってみれば36試合の登板(先発は35試合)で、21勝8敗、防御率2.99、201奪三振という好成績を残した。肝心なシーズン終盤の9月に1勝しか挙げられずに苦しんだが、25勝を挙げたエースのマリシャルと共に若きデュオを形成したのである。

1967年はマリシャルが怪我でフル回転できなかったこともあり、ペリーが実質的なエースとして回った。1点差ゲームを10回も落とす不運はあったが、8月末以降で40イニング連続無失点という記録も作った(この中には9月1日のレッズ戦で、延長16回までを無失点に抑えた試合も含まれており、結果的には延長21回の末にジャイアンツが勝利している)。39試合の登板(先発は37試合)で、15勝17敗と負け越しはしたが、防御率2.61、230奪三振は誇れる数字である。

ジャイアンツ時代にはノーヒッターを達成している。1968年、引き続き打線の援護に恵まれない面はあったが、圧巻は9月17日の対カージナルス戦である。大投手ボブ・ギブソンと投げ合った試合で、ペリーは見事にノーヒッターを達成したのである。結果としてこの年は39試合の登板(先発は38試合)で16勝15敗、防御率2.44、173奪三振をマークしている。ちなみにペリーがノーヒッターを達成した翌日の試合では、カージナルスはレイ・ウォッシュバーンがノーヒッターを達成し、お返しをしている。しかし、チームは地区2位に終わり、これでジャイアンツは4シーズン連続での地区2位となった。

1969年からマウンドで指を口元に持っていく動作が禁じられたが、ペリーは帽子のつばやベルトなどを上手く使い、引き続きスピッドボールを投げ続けた。シーズン通しては40試合の登板(先発は39試合)で19勝14敗、防御率2.49、233奪三振をマーク。マリシャルとの二本柱は相変わらずだが、エクスパンションによる東西二地区になったこの年も、ジャイアンツは地区2位に終わっている。

1970年は41試合の先発で23勝13敗、防御率3.20、214奪三振をマークして、最多勝のタイトルを獲得した。しかし、サイヤング賞投票ではボブ・ギブソンに次ぐ2位に終わった。翌1971年も37試合に先発し、16勝12敗、防御率2.76、158奪三振という安定した数字を残した。そしてチームも待望の地区優勝を果たした。リーグチャンピオンシップシリーズ(対パイレーツ)では、1勝3敗で敗れたが、ペリーは第1戦で勝利投手となり、第4戦では打ち込まれ黒星を喫している。

1972年、ジャイアンツは32歳のペリーを交換トレードでインディアンズに放出した。そして移籍1年目はリーグの違いを感じさせず、41試合の登板(先発は40試合)で24勝16敗、防御率1.92、234奪三振をマークして、自身2度目の最多勝のタイトルを獲得。サイヤング賞も初受賞した。ちょうど2年前に兄ジムがツインズ在籍時にサイヤング賞を受賞しており、史上初の兄弟サイヤング賞受賞となった。

1973年は19勝(19敗)に終わるが、翌1974年は37試合の先発で21勝13敗、防御率2.51、216奪三振という成績を残しており、この年は兄ジムとも同じチームであり、ジムは17勝をマークしている。1975年はシーズン途中にインディアンズからレンジャーズからへの移籍が決まった。移籍前のインディアンズで6勝(9敗)、移籍後のレンジャーズで12勝(8敗)と計18勝(17敗)をマークしていることになる。

マリナーズのユニフォームを着て、通算300勝を達成した。1976年からはレンジャーズで2年連続15勝。1978年からはパドレスへと移籍すると、37試合の先発で21勝6敗、防御率2.73、154奪三振をマーク。自身3度の最多勝のタイトル奪取と、サイヤング賞も受賞したのである。この年の受賞で、両リーグでのサイヤング賞受賞を果たしたことになる。さらに当時ではメジャー史上3人目の快挙となる通算3000奪三振を達成するなど、区切りのシーズンとなった。

1979年は12勝(11敗)に終わり、続けていた13年連続シーズン15勝以上の記録は途絶えてしまった。1980年はレンジャーズとヤンキース、1981年はブレーブスとチームを転々とした。この時点でペリーの通算白星は297個。オフにFAとなるが、43歳のペリーにはオファーがなかった。かろうじて創設間もないマリナーズに拾われる形で契約を交わした。

1982年、マリナーズの先発ローテーション入りを果たしたペリー。そして、5月6日の対ヤンキース戦で待望の通算300勝を達成した。見事にヤンキース打線を3失点完投勝利に抑える文句なしの300勝到達である。この年は10勝(12敗)をマーク。汚点は8月末の試合のことで、スピッドボール疑惑により、退場と罰金250ドル、出場停止10日間という罰を受けている(スピッドボールを投げ続けていたペリーの摘発は今回が初めてである)。

1983年も開幕はマリナーズで迎えるが、6月末に解雇され、7月には拾われる形でという形でロイヤルズへ移籍。思うような結果は残せずに現役引退を決めた。メジャー通算成績は314勝265敗、防御率3.11、3543打点というものである。ポストシーズンの出場が1度しかない点に悔いが残ったといえる。

引退後にはペリー本人の著書の中でスピッドボール疑惑を認めている。このこともあり、殿堂入り確定は投票3回目まで待たなければならなかった。2005年にはペリーの付けていた背番号36番をジャイアンツの永久欠番に指定している。

【written by Kenji@webmaster】

獲得タイトル一覧

  • 最多勝:3回(1970-NL、1972-AL、1978-NL)

受賞アワード一覧

  • サイヤング賞:2回(1972-AL、1978-NL)

各年度別成績一覧

 YEAR Team    G  GS  CG SHO   W   L  SV     IP    H   SO   BB    R   ER    ERA
 -----------------------------------------------------------------------------
 1962  SF    13   7   1   0   3   1   0   43.0   54   20   14   29   25   5.23
 1963  SF    31   4   0   0   1   6   2   76.0   84   52   29   41   34   4.03
 1964  SF    44  19   5   2  12  11   5  206.1  179  155   43   65   63   2.75
 1965  SF    47  26   6   0   8  12   1  195.2  194  170   70  105   91   4.19
 1966  SF    36  35  13   3  21   8   0  255.2  242  201   40   92   85   2.99
 1967  SF    39  37  18   3  15  17   1  293.0  231  230   84   98   85   2.61
 1968  SF    39  38  19   3  16  15   1  291.0  240  173   59   93   79   2.44
 1969  SF    40  39  26   3  19  14   0  325.1  290  233   91  115   90   2.49
 1970  SF    41  41  23   5  23  13   0  328.2  292  214   84  138  117   3.20
 1971  SF    37  37  14   2  16  12   0  280.0  255  158   67  116   86   2.76
 1972  Cle   41  40  29   5  24  16   1  342.2  253  234   82   79   73   1.92
 1973  Cle   41  41  29   7  19  19   0  344.0  315  23   115  143  129   3.38
 1974  Cle   37  37  28   4  21  13   0  322.1  230  216   99   98   90   2.51
 1975  Cle   15  15  10   1   6   9   0  121.2  120   85   34   57   48   3.55
 1975  Tex   22  22  15   4  12   8   0  184.0  157  148   36   70   62   3.03
 1976  Tex   32  32  21   2  15  14   0  250.1  232  143   52   93   90   3.24
 1977  Tex   34  34  13   4  15  12   0  238.0  239  177   56  108   89   3.37
 1978  SD    37  37   5   2  21   6   0  260.2  241  154   66   96   79   2.73
 1979  SD    32  32  10   0  12  11   0  232.2  225  140   67   90   79   3.06
 1980  Tex   24  24   6   2   6   9   0  155.0  159  107   46   74   59   3.43
 1980  NYY   10   8   0   0   4   4   0   50.2   65   28   18   33   25   4.44
 1981  Atl   23  23   3   0   8   9   0  150.2  182   60   24   70   66   3.94
 1982  Sea   32  32   6   0  10  12   0  216.2  245  116   54  117  106   4.40
 1983  Sea   16  16   2   0   3  10   0  102.0  116   42   23   60   56   4.94
 1983  KC    14  14   1   1   4   4   0   84.1   98   40   26   48   40   4.27
 -----------------------------------------------------------------------------
 Total      777 690 303  53 314 265  11 5350.1 4938 3534 1379 2128 1846   3.11

キャリアハイライト一覧

  • オールスター出場:5回(1966-NL、1970-NL、1972-AL、1974-AL、1979-NL)
  • ノーヒッター:1回(1968-9-17-SF/カージナルス戦)
  • 殿堂入り:1991年(投票率:77.2%)※3回目
  • 永久欠番:#36(Giants)

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