- 2008-05-22 (木) 0:37
- MLB Players

#44 ハンク・アーロン | OF

- 1952年・ブレーブスと契約
- 1934年2月5日生 右投右打 183センチ 82キロ
- アラバマ州出身
選手の紹介文
メジャー記録である通算755HR(※)と通算2297打点をマークしたハンク・アーロン。メジャーリーグを彩るスラッガーも、黒人ということで人種差別に苦しめられることがあったものの、毎年コンスタントに実績を積み上げた姿はメジャーリーガーとしての鏡とも言える。HRだけでなく、通算3771安打にゴールドグラブ賞受賞の経験もあるなど、全てでトップクラスでもあった。(※バリー・ボンズが2007年、記録を塗り替えている)
黒人に対する差別がひどいアラバマ州モービルで生まれたアーロン。貧しい暮らしの中で育ったこともあり、幼き日のアーロンは実際の野球のボールでプレーしたことなどほとんどなかった。さらに野球を教わる機会などほとんどなく、自分一人で考えながら野球を楽しんだ。右打者のアーロンのグリップの持ち方が逆だったという逸話も、教える人間がいないという影響もあったのだろう。
母親の反対もあったが、何とか説得し、高校時代には地元のセミプロチームであるモービル・ブラックベアーズに入る。そこで初めて野球でお金を得る機会に恵まれた。当時のポジションはショートストップで、俊敏な動きでチームを引っ張り、17歳になるとニグロリーグのインディアナポリス・クラウンズから誘われる。ちょうどジャッキー・ロビンソンが黒人初のメジャーリーガーとしてキャリアを重ねている最中で、アーロンにもメジャーリーグという舞台が現実のものとして実感できた。
1952年にはミルウォーキーに本拠を構えていたブレーブスと契約し、まずはマイナーで打率.336を記録するなど、その将来性に大きな期待が寄せられた。メジャーに昇格したのは1954年のこと。チームのボビー・トムソンが怪我をし、そのおかげで出場機会を手にし、122試合の出場で打率.280、13HR、69打点をマーク。シーズン終盤に足を骨折するアクシデントがあったが、このことが幸いしたのか、オフに予定されていた兵役の義務を免除することができた(しかし、アーロン自身は国民の義務として、兵役に関しては前向きに考えていたという)。
1955年、レギュラーとして定着し、リーグ5位となる打率.314に加え、27HR、106打点と好成績を残したアーロン。後にHR記録を打ち立てるアーロンも、若い頃は非常に細い体であったが、野球の才能は抜群である。経済的にも安定してきたことが身体的な成長を促進し、打撃にもパワーが備わってくるようになる。1956年には打率.328で首位打者を獲得し、翌1957年には44HR、132打点で打撃二冠王に輝く。
1957年、チームはアーロンの他にスラッガーのエディー・マシューズやシーズン21勝のウォーレン・スパーンを抱えており、チームはリーグ優勝を飾った。しかもリーグ優勝を決めたのは、延長戦の末のアーロンの特大サヨナラHRであった。ワールドシリーズではヤンキースと戦い、アーロンは打率.393、3HR、7打点という大活躍を残し、チームは4勝3敗で世界一の座を手にした。アーロンはMVPにも輝き、さらにブレーブスにとっても1914年以来の世界一となり、ミルウォーキー移転後初の世界一でもあった。
1958年、タイトルには手が届かなかったが打率.326、30HR、95打点という成績でチームに2年連続となるリーグ優勝をもたらした(ワールドシリーズではヤンキースに3勝4敗で敗れる)。アーロンの外野守備も高く評価されており、この年から3年連続でゴールドグラブ賞を受賞している。
この後も大きな怪我もなく、毎年のように高い数字を残し続けたアーロン。1955年から1974年まで20年連続20HR以上を記録し、1955年から1967年まで13年連続100得点以上を記録。HR30本以上を記録したシーズンは15回を数えるなど、積み上げた実績は他のいかなる選手と比べても全く遜色がない。
1966年にそれまでのミルウォーキーから、南部のアトランタへ移転したブレーブス。どちらかというと物静かで、派手なプレーを見せるわけでもないアーロンにはなかなか注目は集まらなかったが、HR数がベーブ・ルースの714本に近づいてくると、徐々に周囲の圧力がかかってくることになる。ルースというメジャーリーグの象徴の記録を、黒人が抜くということに批判が集まり、アーロンには数多くの脅迫を始めとする非難が降りかかった。
アーロンが39歳の1973年、リーグ4位となる40HRを放ち、この時点での通算HR数は713本。ルースの記録まであと1本となった。非常に厳しいオフとなったが、無事に迎えた1974年、開幕戦でHRを放ち、ついにルースに並ぶことになる。そして迎えた1975年4月8日の対ドジャース戦、アル・ダウニング投手から通算715本目のHRを放ち、新記録を樹立した。アーロン、40歳の春のことだった。
大偉業を為し得たアーロンは1976年はブリュワーズへ移籍。1969年にシアトルに誕生したパイロッツが、1970年からミルウォーキーに移転することとなり、ブレーブス移転後にぽっかり空いたミルウォーキーの野球熱を埋めていた。そもそもキャリアのほとんどをミルウォーキーで過ごしていたアーロンにとって、ブリュワーズ移籍は古巣に戻るようなものである。
最終的にはブリュワーズで2シーズンを過ごし、全盛時のような数字は残せなかったが、キャリアの最後を見事に締めくくったといえる。通算成績のほとんどが、上位に位置しているアーロンの実績は偉大なものであり、アーロンが付けていた背番号44は、ブレーブスとブリュワーズのいずれでも永久欠番となった。引退後のアーロンはブレーブスのフロントに入り、黒人の地位向上にも積極的に動いている。
アーロンは「静かなる男」と称され、数々の非難にも打ち勝ち、輝かしい記録を打ち立てた。1980年に晴れて殿堂入りしたアーロンの存在は、メジャーリーグ全体でも未だに大きな光を放っており、さらに日米の野球でも大きな架け橋となっている。ちなみに実弟であるトミー・アーロンも同じブレーブスでプレーしたことがある(しかし、トミーは兄ほどの実績を積み上げられなかった)。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1954 MlB 122 468 58 131 27 6 13 69 39 28 2 .322 .447 .280 1955 MlB 153 602 105 189 37 9 27 106 61 49 3 .366 .540 .314 1956 MlB 153 609 106 200 34 14 26 92 54 37 2 .365 .558 .328 1957 MlB 151 615 118 198 27 6 44 132 58 57 1 .378 .600 .322 1958 MlB 153 601 109 196 34 4 30 95 49 59 4 .386 .546 .326 1959 MlB 154 629 116 223 46 7 39 123 54 51 8 .401 .636 .355 1960 MlB 153 590 102 172 20 11 40 126 63 60 16 .352 .566 .292 1961 MlB 155 603 115 197 39 10 34 120 64 56 21 .381 .594 .327 1962 MlB 156 592 127 191 28 6 45 128 73 66 15 .390 .618 .323 1963 MlB 161 631 121 201 29 4 44 130 94 78 31 .391 .586 .319 1964 MlB 145 570 103 187 30 2 24 95 46 62 22 .393 .514 .328 1965 MlB 150 570 109 181 40 1 32 89 81 60 24 .379 .560 .318 1966 Atl 158 603 117 168 23 1 44 127 96 76 21 .356 .539 .279 1967 Atl 155 600 113 184 37 3 39 109 97 63 17 .369 .573 .307 1968 Atl 160 606 84 174 33 4 29 86 62 64 28 .354 .498 .287 1969 Atl 147 547 100 164 30 3 44 97 47 87 9 .396 .607 .300 1970 Atl 150 516 103 154 26 1 38 118 63 74 9 .385 .574 .298 1971 Atl 139 495 95 162 22 3 47 118 58 71 1 .410 .669 .327 1972 Atl 129 449 75 119 10 0 34 77 55 92 4 .390 .514 .265 1973 Atl 120 392 84 118 12 1 40 96 51 68 1 .402 .643 .301 1974 Atl 112 340 47 91 16 0 20 69 29 39 1 .341 .491 .268 1975 Mil 137 465 45 109 16 2 12 60 51 70 0 .332 .355 .234 1976 Mil 85 271 22 62 8 0 10 35 38 35 0 .315 .369 .229 ------------------------------------------------------------------------------ Total 3298 12364 2174 3771 624 98 755 2297 1383 1402 240 .374 .555 .305
受賞タイトル一覧
- MVP1回(1957)
- 首位打者2回(1956,59)
- 本塁打王4回(1957,63,66,67)
- 打点王4回(1957,60,63,66)
- ゴールドグラブ賞3回(1958~60)
- オールスター出場21回(1955~75)
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