- 2008-10-01 (水) 0:05
- MLB Players

#5 ハンク・グリーンバーグ(Hank GREENBERG) | 1B

- 1930年・タイガースと契約
- 1911年1月1日生 右投右打 192センチ 98キロ
- ニューヨーク州出身
選手の紹介文
ユダヤ系選手として、メジャー初のスタープレイヤーとなったハンク・グリーンバーグ。MVPを2回受賞し、本塁打王と打点王をそれぞれ4回獲得するスラッガーとして活躍した。1938年にはシーズン58HRを記録している。折しも時代が時代であり、全盛期に約4年間も兵役に捕らわれたのは非常に残念なことだった。
ニューヨーク州に生まれたグリーンバーグだが、両親はルーマニアからの移民してきたユダヤ人だった。子供の頃から大柄だったグリーンバーグは、体が大きい故に不器用に見えたこともあり、精力的にトレーニングに取り組んだ。高校時代にはジャイアンツから声がかかるが、期待通りの評価を得ることが出来ず、結果的に大学への進学を選んだ。
大学進学後、ヤンキースがグリーンバーグに接触。契約金1万ドルの提示があったが、同じファーストのポジションにルー・ゲーリッグがいることから、ヤンキースからの誘いを断った。そこでタイガースからの契約金9000ドルという提示があり、契約内容としては大学卒業まで待つということもありタイガースを選択。結果的に大学を中退して、プロ入りすることになったのである。
1930年はマイナーの2チームでプレーし、合わせて21HR、99打点をマーク。シーズン終盤に1試合だけメジャーを経験している。翌1931年は126試合に出場し、打率.318、15HR、85打点に加え、リーグトップの41本の2塁打を記録した。そして、1932年は154試合の出場で打率.290、39HR、131打点を記録して、このリーグのMVPに輝いた。そしてマイナーリーグを卒業することになったのである。
1933年からメジャーに定着したグリーンバーグ。まだ22歳だったが、シーズン途中にファーストのレギュラーを奪うと、打率.301、12HR、87打点を挙げる非凡さを見せたのである。1934年は打率.339、26HR、139打点を記録し、2塁打数もリーグトップの63本と好成績を残したのである。チームもミッキー・カクレーン、チャーリー・ゲリンジャーらを擁しており、リーグ優勝を果たしている(ワールドシリーズではカージナルスの前に惜敗)。
1935年、打率.328、36HR、170打点という成績を残し、本塁打王と打点王の二冠王に輝き、MVPも受賞。チームもリーグ優勝を果たし、2年連続のワールドシリーズ進出を果たした。カブス相手に4勝2敗で世界一に輝いたが、グリーンバーグは第2戦で死球が元で骨折してしまい、少し早くシーズンを終えた。翌1936年は開幕早々に、痛めた手首を再度痛めてしまい、このシーズンを棒に振る形になってしまったのである。
再起にかけることになる1937年、打率.337、40HR、183打点を挙げる猛打で見事に復帰を果たした。シーズン183打点は、ゲーリッグの持つアメリカンリーグ記録(184打点/1931年)に1点届かなかった。翌1938年も打率.315、58HR、146打点をマーク。ベーブ・ルースの当時のメジャー記録(60HR/1927年)に2本及ばず、ジミー・フォックスの記録(58HR/1932年)と並ぶ形で終わってしまった。
1940年から外野手にコンバートし、打率.340、41HR、150打点をマークし、MVPと二冠王に輝き、チームのリーグ優勝に貢献した。翌1941年途中から第二次世界大戦による徴兵で戦場に駆り出されることになり、バットを銃に置き換えた。メジャー復帰を果たすのは、1945年シーズン途中のことだった。タイガースは優勝争いをしており、グリーンバーグの復帰はリーグ優勝、ワールドシリーズ制覇に貢献し、世界一の美酒を味わったのである。
翌1946年は打率.340、41HR、150打点という成績で打撃二冠王に輝き、兵役のブランクを感じさせなかった。オフに年俸闘争の結果、パイレーツへの放出されることになり、ナショナルリーグ初の10万ドルプレイヤーとなった。パイレーツの本拠地フォーブスフィールドは右打者に不利な球場だったが、グリーンバーグの為にレフト側にブルペンを作り、距離を縮めた。グリーンバーグはこの年限りで引退したが、チームメイトのラルフ・カイナーがこの恩恵を受けて、HRを量産したのは後日談である。
現役引退後はインディアンズのフロント入り。1956年には殿堂入りも果たしている。タイガース時代の背番号5も永久欠番となり、グリーンバーグの栄誉を讃えている。通算成績は331HR、1276打点に終わっているが、仮に戦争に4年間駆り出されることがなければ、果たしてどこまで数字を伸ばしていたのだろうか。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1930 Det 1 1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 .000 .000 .000 1933 Det 117 449 59 135 33 3 12 87 78 46 6 .367 .468 .301 1934 Det 153 593 118 201 63 7 26 139 93 63 9 .404 .600 .339 1935 Det 152 619 121 203 46 16 36 170 91 87 4 .411 .628 .328 1936 Det 12 46 10 16 6 2 1 16 6 9 1 .455 .630 .348 1937 Det 154 594 137 200 49 14 40 183 101 102 8 .436 .668 .337 1938 Det 155 556 144 175 23 4 58 146 92 119 7 .438 .683 .315 1939 Det 138 500 112 156 42 7 33 112 95 91 8 .420 .622 .312 1940 Det 148 573 129 195 50 8 41 150 75 93 6 .433 .670 .340 1941 Det 19 67 12 18 5 1 2 12 12 16 1 .410 .463 .269 1945 Det 78 270 47 84 20 2 13 60 40 42 3 .404 .544 .311 1946 Det 142 523 91 145 29 5 44 127 88 80 5 .373 .604 .277 1947 Pit 125 402 71 100 13 2 25 74 73 104 0 .408 .478 .249 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1394 5193 1051 1628 379 71 331 1276 844 852 58 .412 .605 .313
受賞タイトル一覧
- シーズンMVP2回(1935-AL,1940-AL)
- 本塁打王4回(1935-AL,1938-AL,1940-AL,1946-AL)
- 打点王4回(1935-AL,1937-AL,1940-AL,1946-AL)
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