- 2008-05-31 (土) 0:03
- MLB Players

#3 ハーモン・キルブリュー(Harmon KILLEBREW) | 3B

- 1954年・セネタースと契約
- 1936年1月29日生 右投右打 183センチ 85キロ
- アイダホ州出身
選手の紹介文
とてつキラーもなく大柄な選手というわけではないが、その怪力から生み出される特大HRから「キラー」と愛称が付いたハーモン・キルブリュー。メジャー22年間で積み上げたHR数は573本を数えるなど、スラッガーとしての足跡をメジャーリーグに刻みつけた選手である。
アイダホ州に生まれたキルブリューは運動神経に恵まれ、野球やバスケットボール、フットボールに高い才能を見せた。高校卒業後は大学進学を考えていたが、キルブリューの噂を聞きつけたセネタースのスカウトに発見され、当時では破格の年俸3万ドルという大金で契約を交わした。セネタース初の「ボーナスベイベー」として注目を浴びた時、キルブリューはまだ17歳だった。
契約を交わした1954年、18歳になったキルブリューはマイナーリーグを経験せずにそのままメジャーリーグでプレー。しかし、大きな壁にぶつかり、この年はわずか9試合に出場するのみに終わっており、HRは0である。その後の数年はメジャーとマイナーを往復する生活が続いた。
マイナーリーグでは打棒を発揮するが、同様にエラーの数も多く、それがキルブリューの悩みの種だった。しかし、キルブリューの才能を高く買うオーナーのクリーク・グリフィスがメジャーのサードとして起用し続けることを進言。これがきっかけで1959年にはセネタースのサードに定着した。
すると、それまでのメジャー5年間で通算11HRのキルブリューが、153試合に出場し、打率.242、42HR、105打点という成績を残し、いきなり本塁打王のタイトルを獲得した。ここからキルブリューの長距離砲としての才能が大きく開花していくことになるのである。
翌1960年は、124試合の出場で、打率.276、31HR、80打点をマークし、1年前の成績がはったりでないことを証明した。そして、セネタースはこの年を最後にワシントンからミネソタへ移転し、ツインズと名前を変えるのである。この時点でキルブリューはツインズの顔とも言える選手となっていた。
1961年、打率.288、46HR、122打点という好成績をマーク。この時のキルブリューはファーストとサードを守る選手だった。しかし、チーム事情からレフトへコンバート。1962年からのHR数は48本、45本、49本であり3年連続本塁打王の栄冠も手中に収めた。ちなみに1962年にはチームメイトのボブ・アリソンと共に1イニング2本の満塁HRというメジャー史上1890年以来となる快挙も達成している。
1965年には再び内野手に戻るが、この年は左肘を痛めた影響により、25HR、75打点と平凡な成績に終わる。奇しくもチームはリーグ優勝を果たし、初めてワールドシリーズの舞台も体験したが、全盛期のサンディー・コーファックスを擁するドジャースの前に3勝4敗で敗れている。
1966年は39HR、110打点、1967年は44HR、113打点を記録して、キルブリュー自身5度目の本塁打王に輝いた。この年には本拠地メトロポリタンスタジアムでレフトスタンドへ特大のHRを放ち、その打球が飛んだシートをオレンジ色に塗り、ファンはキルブリューのHRとそのオレンジ色のシートを見に球場に足を運んだと言われる。
1968年はオールスターゲームでの怪我が元で後半戦を欠場することになったが、翌1969年はビリー・マーチンを新監督に迎え、チームは快進撃を進めた。キルブリューは49HR、140打点を記録し、本塁打と打点の二冠王に輝き、初のMVPも受賞。さらにこの年の打率は.271ながら、リーグトップの145四球をマークして、出塁率.427と高い数字を叩き出している。
その後は1971年に118打点を挙げて、打点王に輝いたが徐々に出場機会が減り、晩年の1975年にはロイヤルズへ移籍。1年間だけプレーした後、現役引退を決意。指名打者としての出場が増えていったキルブリューも、守らない出場ということには違和感があったという。
1984年には殿堂入りを果たしたキルブリューも、引退後は破産、離婚と苦労した。どちらかと言えば真面目な選手であり、現役時代には1度も退場を宣告されなかったキルブリューも、打撃のような怪力ぶりを生かせずに苦しんだが、後にスポーツキャスターとして活躍している。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
- 本塁打王:6回(1959-AL、1962-AL~1964-AL、1967-AL、1969-AL)
- 打点王:3回(1962-AL、1969-AL、1971-AL)
受賞アワード一覧
- シーズンMVP:1回(1969-AL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1954 WaS 9 13 1 4 1 0 0 3 3 2 0 .400 .385 .308 1955 WaS 38 80 12 16 1 0 4 7 31 9 0 .281 .363 .200 1956 WaS 44 99 10 22 2 0 5 13 39 10 0 .291 .394 .222 1957 WaS 9 31 4 9 2 0 2 5 8 2 0 .333 .548 .290 1958 WaS 13 31 2 6 0 0 0 2 12 0 0 .212 .194 .194 1959 WaS 153 546 98 132 20 2 42 105 116 90 3 .354 .516 .242 1960 WaS 124 442 84 122 19 1 31 80 106 71 1 .375 .534 .276 1961 Min 150 541 94 156 20 7 46 122 109 107 1 .405 .606 .288 1962 Min 155 552 85 134 21 1 48 126 142 106 1 .366 .545 .243 1963 Min 142 515 88 133 18 0 45 96 105 72 0 .349 .555 .258 1964 Min 158 577 95 156 11 1 49 111 135 93 0 .377 .548 .270 1965 Min 113 401 78 106 16 1 25 75 69 72 0 .384 .501 .269 1966 Min 162 569 89 160 27 1 39 110 98 103 0 .391 .538 .281 1967 Min 163 547 105 147 24 1 44 113 111 131 1 .408 .558 .269 1968 Min 100 295 40 62 7 2 17 40 70 70 0 .361 .420 .210 1969 Min 162 555 106 153 20 2 49 140 84 145 8 .427 .584 .276 1970 Min 157 527 96 143 20 1 41 113 84 128 0 .411 .546 .271 1971 Min 147 500 61 127 19 1 28 119 96 114 3 .386 .464 .254 1972 Min 139 433 53 100 13 2 26 74 91 94 0 .367 .450 .231 1973 Min 69 248 29 60 9 1 5 32 59 41 0 .352 .347 .242 1974 Min 122 333 28 74 7 0 13 54 61 45 0 .312 .360 .222 1975 KC 108 312 25 62 13 0 14 44 70 54 1 .317 .375 .199 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2435 8147 1283 2086 290 24 573 1584 1699 1559 19 .376 .509 .256
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:11回(1959-AL、1961-AL、1963-AL~1971-AL)
- 殿堂入り:1984年(投票率:83.13%)
- 永久欠番:#3(Twins)
-
Tags :
- Newer: Tony GWYNN(トニー・グウィン)
- Older: Orel HERSHISER(オーレル・ハーシハイザー)
Comments:0
Trackback:0
- TrackBack URL for this entry
- http://circlechange.com/players/harmon-killebrew/trackback
- Listed below are links to weblogs that reference
- Harmon KILLEBREW(ハーモン・キルブリュー) from Circle Change


本サイト管理人がコミッショナーを務めるファンタジーベースボールリーグの紹介。メジャーリーグの新しい楽しみ方として定着したこのリーグも2009年で早くも6年目を迎えます。拡大に拡大を重ねて、毎年のように生まれる新しいドラマ。現在、公式サイトを準備中です。