- 2009-09-25 (金) 0:07
- MLB Players
#37 岡島秀樹(Hideki OKAJIMA) | RP

- 2006年12月・レッドソックスと契約
- 1975年12月25日生 左投左打 185センチ 88キロ
- 京都府出身
過去3年間の成績
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 2007 Bos 66 0 0 0 3 2 5 69.0 50 63 17 17 17 2.22 2008 Bos 64 0 0 0 3 2 1 62.0 49 60 23 18 18 2.61 ----------------------------------------------------------------------------- Total 130 0 0 0 6 4 6 131.0 99 123 40 35 35 2.41
選手の紹介文
戦力が充実しているレッドソックスのブルペンの中で独特の存在感を見せている岡島秀樹。ボールを離す時点で捕手を見ないで投げるという変わった投球フォームが、試合終盤のピンチを救う活躍を見せている。もはやレッドソックスのセットアッパーとして欠かすことは出来ない。
京都府京都市に生まれた岡島は、高校時代から名の知れた左腕投手だった。東山高校時代には2度の甲子園出場を経験。制球力に課題があり、自滅するケースも目立った。同じ京都には同い年で大家友和がおり、共に注目される存在となったのである。1993年のドラフトで読売ジャイアンツから3位指名を受けて、プロへの世界に足を踏み入れた(大家も同じ年に横浜ベイスターズから3位指名を受けている)。
プロ2年目となる1995年に1軍デビューを果たした。そして、翌1996年にはプロ初勝利をマークしたが、1軍定着までは果たせなかった。1997年からは1軍の先発枠に加わり、25試合の登板(先発は19試合)で4勝9敗、防御率3.46という数字を残した。球団からは左の先発投手としての評価が非常に高かったのである。
先発としての期待は大きいが、1998年もわずか3勝(6敗)と落ち込むと、翌1999年にはセットアッパーとしての登板が主となった。周囲の期待はあったが、本人自体がセットアッパーとしての登板を望んだという背景もある。そして、37試合の登板(先発は3試合)で4勝1敗、防御率2.97と一定の数字は残したのである。
2000年からはクローザーを任される様になり、56試合の登板で5勝4敗7セーブ、防御率3.11という成績でジャイアンツ優勝に貢献。翌2001年も58試合に登板して、2勝1敗25セーブ、防御率2.76という数字を残したが、安定感に欠く印象を与えることもあり、評価は二分されていたのである。
2002年からはセットアッパーに戻り、自らの投球スタイルを模索することが続いた。制球力の改善に取り組むことが球速を失わせ、投げる際の左腕も徐々に下がってきたのである。サイドスローに近い投法になっていたが、苦心のシーズンが続いた。2005年頃に再度オーバースローに変え、改善の成果が出つつあった。そして、2006年開幕直前に北海道日本ハムファイターズへの移籍が決まったのである。
2006年、ファイターズのセットアッパーに定着すると、かつての球威を取り戻し、存在感を高めることになる。実に55試合に登板して、2勝2敗4セーブ、防御率2.14という数字を残した。制球力が与四球の低さに表れ、奪三振率も10.46個(9イニング換算)と改善され、ファイターズの日本一にも貢献したのである。
オフには晴れてFA宣言を行った岡島。国内移籍を考えていたが、期待に添う契約提示がなく、メジャーリーグのレッドソックスからの2年間250万ドルという契約提示を受けることとなった。同じタイミングで松坂大輔が大型契約でレッドソックス入りしたこともあり、岡島加入は付録程度に思われていたのも事実である。
そんな中で迎えた2007年シーズン、初登板となる4月2日の対ロイヤルズ戦、最初の打者となったジョン・バックに初球をHRされるとんでもないスタートとなった。しかし、その後の登板では抜群の安定感を見せ、約1ヶ月半もの間、失点を許すことはなかった。一躍、クローザーのジョナサン・パペルボンへつなぐメジャー屈指のセットアッパーへとのし上がり、オールスターにも32人目の選手として選出されたのである(登板機会はなし)。
シーズン通しては66試合に登板して、3勝2敗5セーブ、防御率2.22を記録した岡島。チームの地区優勝にも大きく貢献し、ディビジョンシリーズ(対エンゼルス)、リーグチャンピオンシップシリーズ(対インディアンズ)と共に好投を見せたのである。ワールドシリーズ(対ロッキーズ)では疲れが見えたのか、第3戦、第4戦と打ち込まれたが、チームは世界一に輝いている。ちなみに最後に対戦したギャレット・アトキンスからHRを浴びており、2007年シーズンはHRを打たれて始まり、HRを打たれて終わる形となったのである。
2008年、日本で開催された開幕戦で好救援を見せて、白星をマーク。その後は前年同様の安定感を見せたが、6月には月間防御率9.64と炎上。これには手首を痛めていたことも影響していたが、徐々に調子を取り戻し、結果としては64試合の登板で3勝2敗1セーブ、防御率2.61という数字に終わっている。翌2009年も層が厚くなったレッドソックスのブルペン陣の中で揺るがない存在感を発揮している。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
各年度別成績一覧
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 2007 Bos 66 0 0 0 3 2 5 69.0 50 63 17 17 17 2.22 2008 Bos 64 0 0 0 3 2 1 62.0 49 60 23 18 18 2.61 ----------------------------------------------------------------------------- Total 130 0 0 0 6 4 6 131.0 99 123 40 35 35 2.41
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:1回(2007-AL)
- 世界一経験:1回(2007-Bos)
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Tags :
- Older: Andre ETHIER(アンドレ・イーシアー)
Comments:2
- AAA 09-11-08 (日) 3:15
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台湾人の野球ブログですが
この素晴らしい文が日本語に訳されました
よかったら、どうぞご覧になってください
http://andrenomo.pixnet.net/blog/post/4305482 - 智太郎 10-02-19 (金) 16:55
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こんにちは・・お疲れーしょん様です。(T_T) どうもです。・・さて、ひき続き、最終回:沢村栄治偉人伝まさに池田大作創価学会名誉会長が執筆開始した小説『人間革命』の書き出し「戦争ほど、残酷なものはない。戦争ほど、 悲惨なものはない」を思わせられる醜い戦争で戦死された人は多いが、今現在でも戦争は世界で起きてしまっているのです。毎度のユニーク:おもしろ画像写真では無いのですが、「昭和10年:大日本東京野球倶楽部結成当時」「日本のスター選手:沢村投手の足上げ投法」「静岡:草薙球場の沢村栄治投手の足上げ投法の銅像」写真画像を貼りました。・・どうぞ!遊びに寄って見てやって下さい。・・1言コメントと応援もよろしく頼む次第です。
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