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ICHIRO Suzuki(イチロー)

Seattle MARINERS

#51 イチロー/鈴木一朗(ICHIRO Suzuki) | CF

イチロー

  • 2000年11月・マリナーズと契約
  • 1973年10月22日生 右投左打 180センチ 70キロ
  • 愛知県出身

過去3年間の成績

 YEAR Team    G   AB    R    H  2B  3B  HR  RBI   SO   BB   SB   OBP  SLG   AVG
 ------------------------------------------------------------------------------
 2005  Sea  162  679  111  206  21  12  15   68   66   48   33  .350 .436  .303
 2006  Sea  161  695  110  224  20   9   9   49   71   49   45  .370 .416  .322
 2007  Sea  161  678  111  238  22   7   6   68   77   49   37  .396 .431  .351
 ------------------------------------------------------------------------------
 Total     1118 4774  782 1592 177  57  67  427  461  329  272  .379 .437  .333

選手の紹介文
メジャーリーグに一大旋風を巻き起こしたイチロー。ホームラン狂想曲がひとつのピークを迎えつつあった2001年、スピード感あふれる打撃と守備でひとつの楔を打ち込んだイチローこと鈴木一朗。日本人野手初のメジャーリーガーであり、メジャーリーグの舞台で活躍する前から、すでに輝かしい実績に満ちあふれていた。メジャーデビューから続けているシーズン200本安打は未だ継続中であり、2004年にはメジャー記録となるシーズン262安打を記録している。WBCでは日本を世界一に導いており、それだけに1年も早いワールドシリーズ制覇が待たれる。

愛知県西春日井郡豊山町に生まれたイチロー。野球を始めたのは小学校4年の頃であり、最初から投手だった。幼少時から野球というスポーツにのめり込み、野球をやり始めた時から毎日のように自宅近くのバッティングセンターに足を運び、マシンのボールを打ち込んでいた。120キロの速球に物足りなくなった中学生の頃には、特注の強化バネで球速を130キロにまで上げてもらったが、次第にこれにも物足りなくなった。すると正規の打席より前の方に立ち、打つようになった。ボール球には手を出すな、という父の指示に従い、選球眼を鍛えた。

高校は野球の名門として知られる愛工大名電高校を選択し、野球漬けの日々が始まった。「センター前ヒットならいつでも打てる」と豪語したイチローは監督に「宇宙人」と命名される。甲子園には2年生の夏と3年生の春の2度、出場を果たしたが目立った活躍はしていない。そして迎えたドラフトでは、オリックス・ブルーウェーブにドラフト4位で指名される。ずっと投手だったイチローに対して、投手としてか、もしくは野手としてみるかが大きな評価の分かれ目になった。

プロ入り後、最初の2年間は周囲がその実力を認めていようとも、当時の監督とそりが合わず大半を2軍で過ごす。1993年オフ、ハワイのウインターリーグに参加し、未来のメジャーリーガーと共に戦い、その中で首位打者のタイトルを手にした。しかし、これはイチロー伝説のほんの序章にすぎなかった。

メジャー1年目に242安打も記録したイチロー。1994年、チームの監督が仰木彬に替わるなり、イチローの周囲は激変する。登録名をそれまでの「鈴木一朗」から「イチロー」に変えるというのはその第一歩である。シーズンが開幕してからレギュラーに当然と名を連ね、「振り子打法」と後に名付けられる特異なフォームでヒットを量産。シーズンが終わってみれば、新記録となる210本ものヒットを打ち重ね、打率.385で首位打者となった。20歳の若者が60年近い日本プロ野球の歴史で誰も踏み入れていないシーズン200安打という未知の領域に足を踏み入れた。

「プロは優勝しなければ意味がない」と言うイチローは翌1995年、チームをリーグ優勝に導き、2年連続の首位打者、さらには打点王、盗塁王のタイトルも獲得。さらに1996年にもリーグ優勝を果たし、初の日本一の名誉も手にした。もちろん、3年連続の首位打者にもなっている。

ほぼ毎年のように首位打者のタイトルを取るイチローだが、決して自分の打撃に満足しているわけではなく、常に不満を感じていた。1998年までの5年連続首位打者は、イチローに言わせれば、たまたま打率がリーグトップだけだったとのことである。そして、1999年は球団と提携を結んでいるマリナーズのスプリングトレーニングに参加し、メジャーリーグの空気を吸う機会に恵まれた。

そして迎えた1999年は開幕から打率2割前半の絶不調だった。しかし、何気ないセカンドゴロが求めていた打撃のある感覚を見つけだした。それは自らのイメージと現実との微妙なずれを修正するものである。それ以後のイチローは打ちに打ちまくり、打率はあっという間に3割半ばまで跳ね上がった。シーズン後半は怪我で離脱するが、首位打者のタイトルはしっかりと確保した。

2000年シーズン、すでに打撃に対してある確信を得ていたイチローは開幕から絶好調で4割も可能な位置にいた。しかし、8月末に脇腹を痛め、全治1ヶ月の判断でシーズンを終えることになってしまった。すでに規定打席に達し、打率も.387としていたため、7年連続首位打者は確実なものとしていたが、この離脱の1ヶ月がイチローに大きな扉を開かせることになった。

打撃にある確信を得、1年後にはFAになるイチローには、メジャーリーグ挑戦がすでに具体的なものと視野に入っていた。怪我により1ヶ月間野球ができなかった期間は、自らの気持ちを確かめる貴重な時間となった。球団からは複数年契約の打診もあったが、「メジャーリーグは僕の夢」というイチローの言葉に事態は急変する。球団が下した決断は、ポスティングシステム(入札制)によるメジャーリーグ移籍だ。球団とケンカ別れはしたくないというイチローの意志を尊重したものとなった。

華麗な守備でもチームを引っ張った。ポスティングシステムの結果、マリナーズが1312万5千ドルという高額で交渉権を獲得した。すでに1年前、佐々木主浩がプレーしていたが、イチローにとってもなじみのある球団である。何度かの交渉を重ねた結果、入団が正式決定。日本のプロ野球で7年連続首位打者と輝かしい記録を持つイチローを、マリナーズは新しいセーフコフィールドでのセレモニーなどにより最高の形で迎えることになる。背番号も日本時代と同じ51番に決定。イチロー伝説の第2章は舞台を日本からメジャーリーグに移すことになった。

当時のマリナーズはアレックス・ロドリゲスのFAが一番の大きな話題。結局、ロドリゲスはマリナーズを流出することになるのだが、絶対的に信頼できる1番打者が欲しいマリナーズにとって、イチローの加入は大きなプラスになるだろうとされ、期待も非常に大きかった。シーズン前のエキシビジョンゲームでも確実に結果を出したイチローは開幕スタメンの座を確保。開幕するなり、球団の新人記録を更新する23試合連続ヒットを放つ。守備でもレーザービームと名付けられた素晴らしい3塁への好返球もあり、イチローを酷評していたメディアを、そのプレーで黙らせた。

地元セーフコフィールドで行われるオールスターゲーム。ファン投票でダントツのナンバー1となり、日本からの投票を差し引いても1位となるだけの人気者になっていた。アメリカンリーグの1番センターとして先発。相手のナショナルリーグ先発は当初の予定のカート・シリングからランディ・ジョンソンに替わり、マリナーズの新旧51番対決となった。結果はファースト強襲の内野安打し、すかさず盗塁も決めた。オールスターでは3打数1安打に終わったが、今季限りで引退するカル・リプケントニー・グウィンらと同じフィールドに立つこともできた。

オールスター後は突如のスランプに陥るが、8月に入ってからはさらに打ちまくった。8月末には200安打を記録。その後、9月29日には今季234安打を放ち、ジョー・ジャクソンの持つ新人記録を抜き去った。90年ぶりの記録更新は、古い記録を呼び起こすと同時に、イチローはメジャーリーグ史上最高の新人選手となった。今年から制定された月間新人MVPを4,5,8,9月と4度も獲得している。シーズンが終了まで242本のヒットを打ち重ねたイチローは、先頭打者としてチームを引っ張り、マリナーズにシーズン116勝をもたらした(ポストシーズンではリーグチャンピオンシップシリーズでヤンキースの前に敗れてしまった)。

2002年も208安打を放ち、打率.321をマーク。リーグトップの15捕殺に加え、敬遠四球も27個記録しており、こちらもリーグトップである。2年連続200本安打はマリナーズ史上初の快挙であり、メジャーリーグ史上でも6人目に数えられる記録である。翌2003年、212安打(打率.312)を記録し、3年連続の200本安打を達成。マルチヒット(1試合2安打以上)をリーグトップの66試合も記録したが、オールスター後の打率は.259と後半戦に課題を残した。

2001年には首位打者、盗塁王に続き、新人王、MVPも獲得。2004年はイチローにとって記録的なシーズンとなった。ジョージ・シスラーの持つシーズン257安打(1920年)という大記録を塗り替える262安打を記録した。メジャーデビューから4年連続200安打というのもメジャー初であるが、月間50安打を3度(5月に50本、7月に51本、8月に56安打)も記録し、ジョー・メドウィック(1936年)以来の快挙を達成した。8月に記録した月間56安打は球団記録であるが、惜しくもジェフ・ヒースの58安打(1938年8月)というメジャー記録は塗り替えられなかった。また1試合5安打を4度記録したが、これはメジャー5人目に数えられる記録である(1993年のグウィン、1948年のスタン・ミュージアル、1922年のタイ・カッブ、1897年のウイリー・キーラーに続くものである)。

2005年、162試合にフル出場したイチローは206安打で打率.303をマーク。球団記録を塗り替える12本の3塁打も記録し、HRもキャリアハイの15本記録している。6月14日のフィリーズ戦でメジャー通算1000本安打を記録したが、696試合での達成となるとチャック・クラインの683試合(1933年)、ロイド・ウェイナーの686試合(1932年)に次ぐ記録でもある。

2006年のシーズン開幕前に国別対抗で戦うWBCが開催されることとなった。日本代表としてプレーしたイチローは、それまで捉えられていたクールなイメージを一変させる熱い感情でチームを引っ張った。発言が歪められて報道される一面もあったが、イチロー抜きの日本代表は考えられないほどの存在感を見せた。アメリカ戦ではジェイク・ピービーから先頭打者HRを放ち、決勝のキューバ戦でも中押しのタイムリーを放つなど、日本の世界一に大きく貢献している。

2006年シーズンは224安打で打率.322をマークし、翌2007年も238安打で打率.351を記録。1894~1901年のキーラー、1983~89年のウェイド・ボッグスに次ぐメジャー史上3人目の7年連続200本安打を達成。さらに2007年のオールスターゲームでは史上初となるインサイドパークHRを放ち、MVPにもなっている。数々の記録を作り、大選手と名を連ねているイチローもワールドシリーズ進出の機会には恵まれていない。2007年シーズン中に5年間9000万ドルで契約更新しているイチローには残された時間はあるようでないのかもしれない。

<written by Kenji@webmaster>

各年度別成績一覧

 YEAR Team    G   AB    R    H  2B  3B  HR  RBI   SO   BB   SB   OBP  SLG   AVG
 ------------------------------------------------------------------------------
 2001  Sea  157  692  127  242  34   8   8   69   53   30   56  .381 .457  .350
 2002  Sea  157  647  111  208  27   8   8   51   62   68   31  .388 .425  .321
 2003  Sea  159  679  111  212  29   8  13   62   69   36   34  .352 .436  .312
 2004  Sea  161  704  101  262  24   5   8   60   63   49   36  .414 .455  .372
 2005  Sea  162  679  111  206  21  12  15   68   66   48   33  .350 .436  .303
 2006  Sea  161  695  110  224  20   9   9   49   71   49   45  .370 .416  .322
 2007  Sea  161  678  111  238  22   7   6   68   77   49   37  .396 .431  .351
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 Total     1118 4774  782 1592 177  57  67  427  461  329  272  .379 .437  .333

受賞タイトル一覧

  • MVP1回(2001)
  • 新人王(2001)
  • 首位打者2回(2001,04)
  • 盗塁王1回(2001)
  • ゴールドグラブ賞7回(2001~07)
  • シルバースラッガー賞2回(2001,07)

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