- 2009-05-21 (木) 0:02
- MLB Players
#29 ジェイソン・シュミット(Jason SCHMIDT) | SP

- 1991年6月ドラフト・ブレーブス8位(全米206番目)
- 1973年1月29日生 右投右打 196センチ 97キロ
- アイダホ州出身
過去3年間の成績
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 2005 SF 29 29 0 0 12 7 0 172.0 160 165 85 90 84 4.40 2006 SF 32 32 3 1 11 9 0 213.1 189 180 80 94 85 3.59 2007 LAD 6 6 0 0 1 4 0 25.2 32 22 14 20 18 6.31 ----------------------------------------------------------------------------- Total 319 310 20 9 128 94 0 1978.2 1830 1750 780 946 867 3.94
選手の紹介文
メジャーリーグを代表するパワーピッチャーとして知られるジェイソン・シュミット。ジャイアンツに移籍した2001年以降から緩急を生かし始め、押しも押されぬエースに成長した。しかし、ドジャースと3年間4700万ドルという大型契約を結んだ後は、怪我でマウンドに立つことすらままならない。1日も早い復活が待たれる。
アイダホ州に生まれたシュミットは、野球の他にもフットボールやバスケットボールもプレーしていた。際立っていたのは野球の実力であり、高校3年時には対戦した7回までの参考試合ではあるが、ノーヒッターを達成し、21人の打者から20個の三振を奪う凄まじい投球を見せたという。まさに桁違いの実力を持っていたのである。
アリゾナ大学を始めとする強豪大学から奨学生として誘われるが、それらを辞退。1991年のドラフトで8位指名(全米206番目)したブレーブスとあっさりと契約を交わした。ルーキーリーグからスタートしたシュミットのプロ生活は、150キロ近い速球を中心に投球回数とほぼ同じくらいの奪三振を記録しながら、1年1年着実に階段を昇っていった。
1993年、1Aデューラムで先発投手としてフルシーズン過ごした。22試合の先発で7勝11敗、防御率4.94ながら、投球回数116回2/3に対して110奪三振を記録。翌1994年は2Aグリーンビルに舞台を移し、24試合の先発で8勝7敗、防御率3.65、131奪三振(投球回数は140回2/3)と若干安定感を増しつつあった。
そして、1995年はチャンスを生かし開幕メジャーの切符を手にする。当時のブレーブスはグレッグ・マダックスやトム・グラビンなどを中心とした投手王国であり、その中でシュミットは9試合に登板する(先発は2試合)が、2勝2敗、防御率5.76と結果を出せず、3Aリッチモンドへ降格となった。しかし、3Aでは19試合に先発し、8勝6敗、防御率2.25、95奪三振と結果を残し、力のあることは証明している。
1996年は開幕こそはマイナーだったが、メジャーへ昇格すると、投手王国ブレーブスの第5先発投手に抜擢される。7月半ばの段階で13試合に登板し(先発は11試合)、3勝4敗という成績を残したところで故障者リスト入り。優勝を狙うブレーブスはパイレーツで14勝をあげていたデニー・ネイグルに狙いをつけるが、その交換相手にシュミットが指名され、8月末に急遽パイレーツへの移籍が決まってしまった。
パイレーツの一員となったシュミットは早速パイレーツの先発ローテーションに組み込まれ、移籍したこの年、6試合に先発し、2勝2敗という数字を残している。翌1997年は開幕からローテーションに入り、初めてのメジャーでのフルシーズンを経験。32試合の先発で10勝9敗、防御率4.60と初めての2桁勝利も記録した。1998年は33試合の先発で、11勝14敗、防御率4.07をマークした。
速球とスライダーを中心に投げるシュミットの欠点は、試合経過と共に集中力が散漫になり、単調なピッチングになるということだ。さらに投球後に体が1塁側に流れるのが、フィールディングにいい影響を及ぼさなかった。1999年は、33試合に先発し、自己最多の13勝(11敗)と、3年連続2桁勝利を記録しながらもチームからはエースとしての信頼を得られなかったのは事実である。
2000年こそは更なる飛躍が求められたが、肩を痛め6月半ばに戦線離脱。結局、肩の手術を決め、残りのシーズンを棒に振る結果となってしまった。この年はわずか11試合の先発で、2勝5敗、防御率5.40という成績に終わっている。
再起がかけられた2001年は5月からメジャーへ昇格し、先発ローテーションに入って投げたが、シーズン終了後にFAになることや、チームが優勝戦線から離れたこともあり、地区首位を狙える位置(首位へ4ゲーム差の3位)にいたジャイアンツへのトレードが決まる。移籍前はパイレーツで14試合に投げ、6勝(6敗)に留まっていたが、移籍後は11試合で7勝(1敗)と、移籍がいい意味で転機になった。チームにも貢献したシュミットはシーズン終了後にFAとなるが、結局、ジャイアンツと4年間4100万ドルという契約内容で残留を決めたのである。
2002年、開幕を故障者リストで迎えるが、4月後半には戦線復帰を果たした。最初はなかなか結果がついてこずに苦しんだが、5月28日の対ダイヤモンドバックス戦で、9回までを3安打無失点に抑えたことをきっかけに投球が安定し始めた(この試合は延長戦となり、白星は付かず)。この年の初勝利は6月2日まで待たねばならなかったが、それ以降は順調に勝ち続け、終わってみれば29試合の先発で13勝8敗、防御率3.45、196奪三振という数字を残している。
この年、ジャイアンツはワイルドカードとしてポストシーズンに進出し、シュミットにとっても初の経験だった。リーグチャンピオンシップシリーズ(対カージナルス)の第2戦では7回2/3を4安打1失点に抑えて、ポストシーズン初勝利をマーク。ワールドシリーズ(対エンゼルス)では第1戦に先発して白星を挙げるが、第5戦の先発では中盤に打たれ、勝ち投手の権利を取れずに降板となった(チームは世界一を逃した)。
2003年、シュミットの実力が大きく花開くこととなった。前半戦だけで3試合の完封勝利を挙げるなどエースとして大きく飛躍。初めて選出されたオールスターゲームでは、先発投手の大役も務めた(2回を1安打無失点の3奪三振を記録)。シーズン通しては29試合の先発で、17勝5敗、防御率2.34、208奪三振(投球回数は207回2/3)という抜群の成績で、最優秀防御率のタイトルも獲得した。威力ある速球に緩急が生かせるようになったのである。
この年のポストシーズンでは、ディビジョンシリーズでマーリンズと対戦し、第1戦の先発を任されたシュミット。台頭著しいジョシュ・ベケットと激しい投手戦を演じ、散発3安打の完封勝利を挙げている(しかし、このシリーズは第2戦後に3連敗を喫し、敗れてしまった)。なお、サイヤング賞投票では、エリック・ガニエに次ぐ2位に付けている。一躍リーグを代表する投手となった。
2004年、右肩を痛めた影響で開幕を故障者リストで迎えるが、4月半ばに復帰すると、4月末から実に12連勝をマーク。5月18日の対カブス戦ではわずか1安打のみの完封勝利を挙げている。8月途中までの段階ですでに15勝を挙げていたが、その後が失速。結果としては、32試合の先発で18勝7敗、防御率3.20、251奪三振という内容で、サイヤング賞投票では4位にランクインしている。
2005年も右肩痛に苦しみ、一時離脱もある中で、29試合の先発で12勝7敗、防御率4.40という数字はシュミット本来の数字ではなかった。翌2006年も開幕からは苦しむも、4月末から6連勝を記録。特に6勝目を挙げた6月6日の対マーリンズ戦では1試合16奪三振を記録している。これはジャイアンツの球団タイ記録でもある(1904年のクリスティー・マシューソンが記録)。シーズン通しては31試合に先発して、11勝9敗、防御率3.56という成績に終わった。
2007年からはドジャースへFA移籍。3年間4700万ドルという大型契約を勝ち取ったのだが、移籍1年目は肩を痛めた影響で、シーズン途中に右肩手術を決断。わずか6試合にしか登板できないまま、シーズンを終えた(1勝4敗)。翌2008年にしてもマイナーで調整登板を行うが、メジャーのマウンドに立つことは出来なかった。シュミットは契約最終年となる2009年に再起をかけることとなる。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
- 最優秀防御率:1回(2003-NL)
受賞アワード一覧
各年度別成績一覧
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 1995 Atl 9 2 0 0 2 2 0 25.0 27 19 18 17 16 5.76 1996 Atl 13 11 0 0 3 4 0 59.2 69 48 32 48 44 6.75 1996 Pit 6 6 1 0 2 2 0 38.2 39 26 21 19 17 4.06 1997 Pit 32 32 2 0 10 9 0 188.2 193 136 76 106 96 4.60 1998 Pit 33 33 0 0 11 14 0 214.1 228 158 71 106 97 4.07 1999 Pit 33 33 2 0 13 11 0 213.2 219 148 85 110 99 4.19 2000 Pit 11 11 0 0 2 5 0 63.1 71 51 41 43 38 5.40 2001 Pit 14 14 1 0 6 6 0 84.0 81 77 28 46 43 4.61 2001 SF 11 11 0 0 7 1 0 66.1 57 65 33 29 25 3.39 2002 SF 29 29 2 2 13 8 0 185.1 148 196 73 78 71 3.45 2003 SF 29 29 5 3 17 5 0 208.2 152 208 46 56 54 2.34 2004 SF 32 32 4 3 18 7 0 225.0 165 251 77 84 80 3.20 2005 SF 29 29 0 0 12 7 0 172.0 160 165 85 90 84 4.40 2006 SF 32 32 3 1 11 9 0 213.1 189 180 80 94 85 3.59 2007 LAD 6 6 0 0 1 4 0 25.2 32 22 14 20 18 6.31 ----------------------------------------------------------------------------- Total 319 310 20 9 128 94 0 1978.2 1830 1750 780 946 867 3.94
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:3回(2003-NL、2004-NL、2006-NL)
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