- 2009-01-22 (木) 0:08
- MLB Players

#8 ハビア・ロペス(Javy LOPEZ) | C

- 1987年11月・ブレーブスと契約
- 1970年11月5日生 右投右打 190センチ 83キロ
- プエルトリコ出身
選手の紹介文
1990年代後半に台頭し、ブレーブス黄金時代を捕手として支えたハビア・ロペス。打てる捕手としての評判を持ち、2003年には捕手として42HRというメジャー記録を樹立(代打HRも1本放っており、シーズンとしては43HR)。捕手としては課題はあったが、ブレーブスの豪華投手陣を引っ張る存在だったのである。
プエルトリコで生まれたロペスは、1987年11月にブレーブスと契約。プロの扉を叩いたばかりのロペスも、ポジションは最初から捕手で、打撃に守備に高い潜在能力を見せつけた。そして、1991年には1Aのカロリナリーグのオールスターチームに選ばれるほどの高い評価を手にするに至る。
2Aグリーンビルで開幕を迎えた1992年は、115試合に出場し、打率.321、16HR、60打点と高い数字を残し、9月にはメジャー昇格。メジャーでは9試合に出場し、打率.375(16打数6安打)をマーク。この年はリーグチャンピオンシップシリーズでわずか1試合にだけ出場している。翌1993年は3Aリッチモンドで大半を過ごし、100試合の出場で、打率.301、17HR、74打点を記録。8月にはグレッグ・オルソンの怪我もあり、メジャーで8試合にだけ出場している。
1994年になってようやくメジャー定着し、スタメンの座を掴んだ。5月半ばまでは打率が3割を越えるだけの好調ぶりを発揮したロペスに、向こう10年間はブレーブスの捕手はロペスで安泰と素晴らしい評価を手にした(最終的なシーズン打率は.245)。4月8日の対ドジャース戦でノーヒッターを達成したケント・マーカーのボールを受けていたのはロペスだった。課題としては単調なリードが挙がっていた。
1995年、100試合に出場したロペスは打率.315、14HR、51打点をマーク。特にブレーブスの捕手として打率3割を越えたというのは、1966年のジョー・トーレ以来の快挙であった。さらにディビジョンシリーズで9打数4安打と大当たりしたロペスは、初の世界一も経験した。翌1996年は138試合の出場。そのうち、135試合のマスクを被ったロペスだが、これは球団史上、1983年にブルース・ベネディクト?が記録した134試合という記録を抜いての最多出場記録である。この年は打率.282、23HR、68打点をマークしている。
1997年は故障者リスト入りを経験するが、チームトップの長打率.534を始めとして、打率.295、23HR、69打点をマーク。初めてのオールスター出場も果たし、史上11人目となる初打席初HRも記録している。さらに翌1998年はロペスにとってキャリア最高のシーズンとなった。34HR、106打点、73得点、139安打はいずれもキャリア最高で、守備率.995、盗塁阻止率.338はいずれもリーグトップだった。
1999年は右膝の痛みに苦しめられ、わずか65試合のみの出場に終わってしまった。ロペス不在のチームはかろうじてワールドシリーズに進出するが、ヤンキースの前にあっさりと捻られてしまった。再起をかけた翌2000年、134試合に出場し、打率.287、24HR、89打点と好成績を残し、復活をアピールするも、盗塁阻止率は約2割と苦しんだ。
2001年、シーズンも終盤に行くに従って、ロペスのバットは火を噴き、9月には月間打率.377をマークするが、9月30日の対メッツ戦でロビン・ベンチュラとホームで激突し、左足首を負傷してしまう。結果的にポストシーズンの出場機会も減ることになり、ワールドシリーズへの進出も果たせなかった。そして、オフにはFAとなり去就が注目されたが、結果的にブレーブスと1年のオプション付きの1年契約を交わした。
2002年、開幕直前に加入したヘンリー・ブランコの活躍もあり、ロペスの正捕手の地位が脅かされたのは事実である。8月に故障者リスト入りしたことはあったが、この年は109試合の出場で、打率.233、11HR、52打点という結果に終わるなど非常に苦しむ結果に終わってしまった。オフには正捕手奪回に向けて、今まで以上のトレーニングを積むこととなったのである。
2003年はロペスにとって最高のシーズンとなった。129試合に出場し、打率.328、43HR、109打点と好成績をマーク。43HRのうち、代打でのHR1本を除くと捕手としては42HRしたことになり、これはトッド・ハンドリーの記録(1996年/41HR)を塗り替えるメジャー記録でもあった。久々のオールスター出場も果たし、初のシルバースラッガー賞受賞に加え、シーズンMVP投票でも5位に食い込んだ。
2004年からはFAでオリオールズへ移籍。2004年は150試合に出場し、打率.316、23HR、86打点と勝負強さを見せた。2005年は怪我もあり、103試合の出場に留まってしまい、そこからは満足した数字を残せなくなった。2006年はシーズン中にレッドソックスへ移籍するも結果は残せずに解雇。2007年はロッキーズと契約するも、開幕前に解雇。翌2008年は古巣ブレーブスと契約したがロペスの場所はすでになく、そのまま現役引退を決めたのである。メジャー通算成績は打率.287、1527安打、260HR、864打点というものである。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
- リーグチャンピオンシップシリーズMVP:1回(1996-NL)
- シルバースラッガー賞:1回(2003-NL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1992 Atl 9 16 3 6 2 0 0 2 1 0 0 .375 .500 .375 1993 Atl 8 16 1 6 1 1 1 2 2 0 0 .412 .750 .375 1994 Atl 80 277 27 68 9 0 13 35 61 17 0 .299 .419 .245 1995 Atl 100 333 37 105 11 4 14 51 57 14 0 .344 .498 .315 1996 Atl 138 489 56 138 19 1 23 69 84 28 1 .322 .466 .282 1997 Atl 123 414 52 122 28 1 23 68 82 40 1 .361 .534 .295 1998 Atl 133 489 73 139 21 1 34 106 85 30 5 .328 .540 .284 1999 Atl 65 246 34 78 18 1 11 45 41 20 0 .375 .533 .317 2000 Atl 134 481 60 138 21 1 24 89 80 35 0 .337 .484 .287 2001 Atl 128 438 45 117 16 1 17 66 82 28 1 .322 .425 .267 2002 Atl 109 347 31 81 15 0 11 52 63 26 0 .299 .372 .233 2003 Atl 129 457 89 150 29 3 43 109 90 33 0 .378 .687 .328 2004 Bal 150 579 83 183 33 3 23 86 97 47 0 .370 .503 .316 2005 Bal 103 395 47 110 24 1 15 49 68 19 0 .322 .458 .278 2006 Bal 76 279 30 74 15 1 8 31 60 18 0 .314 .412 .265 2006 Bos 18 63 6 12 5 0 0 4 16 2 0 .215 .270 .190 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1503 5319 674 1527 267 19 260 864 969 357 8 .337 .491 .287
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:3回(1997-NL、1998-NL、2003-NL)
- 世界一経験:1回(1995-Atl)
-
Tags :
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