- 2009-06-14 (日) 0:09
- MLB Players

#19 ジェイ・ビューナー(Jay BUHNER) | RF

- 1984年6月ドラフト・パイレーツ2位(全米36番目)
- 1964年8月13日生 右投右打 192センチ 93キロ
- ケンタッキー州出身
選手の紹介文
1990年代のマリナーズを支えた強肩強打のスラッガーであるジェイ・ビューナー。キャリアのほぼ全てをマリナーズに捧げ、低迷球団の浮上に尽力した。3年連続40HR、100打点以上を記録するなど、一時代を築いたといえる。マリナーズでの1375三振は球団記録であり、この三振も魅力のひとつだったのである。
ケンタッキー州に生まれたビューナーは持ち前の長打力が見込まれ、大学在学中の1983年ドラフトでブレーブスから9位指名(全米230番目)を受けた。しかし、これを拒否して大学に残留。翌1984年のドラフトでは、パイレーツから2位指名(全米36番目)と評価を高め、プロ入りを決断している。
指名後にパイレーツ傘下の1Aでプレーを始めるが、その年のオフには交換トレードに巻き込まれてしまい、ヤンキースへの移籍が決まった。そして1985年からはヤンキース傘下の1Aでプレーを始め、持ち前の高い打撃能力を披露。1986年こそ怪我で出場機会は少なかったが、3割近い打率を残すなど、評価は高まっていった。
1987年、前年の1Aから一気に3Aコロンバスへと昇格を果たすと、134試合の出場で打率.279、31HR、85打点という好成績で、このリーグの本塁打王となった。9月に入ってからは待望のメジャー昇格も果たしている(わずか7試合にのみ出場)。翌1988年も開幕は3Aだったが、5月にはメジャー昇格。しかし、打率2割未満と振るわずに7月末にはマリナーズとの交換トレードがまとまった。交換相手はベテランスラッガーのケン・フェルプスであったが、このときのビューナー放出は、後にヤンキースにとって最悪のトレードのひとつに数えられるようになった。
途中からのマリナーズ加入となったビューナーだが、60試合に出場し、打率こそ低いが10HRとパワーの片鱗は見せ付けた。1989年、1990年はメジャーと3Aを半々とする形だったが、1991年にはようやくマリナーズのライトのポジションを確保。137試合の出場で打率.244、27HR、77打点と荒々しいパワーを発揮した。チームメイトとして、若きスターとして輝かしく光っていたケン・グリフィーと共に、低迷するマリナーズの希望の星となったのである。
1992年、152試合に出場すると、打率こそ.243と低かったが、25HR、79打点と前年同様の成績を残した。翌1993年は開幕から好調を維持し、6月23日の対アスレティックス戦ではサイクルヒットを達成。マリナーズ球団史上初のサイクルヒット達成選手となった。158試合に出場し、打率.272、27HR、98打点をマークしている。
ストライキで短縮シーズンとなった1994年、出場試合数は101試合と少ないながらも、打率.279、21HR、68打点という数字を残した。グリフィーが3番を打ち、4番にビューナー、5番にエドガー・マルチネスが入り、下位にティノ・マルチネス、エースにはランディ・ジョンソンと、マリナーズは徐々に戦力を整えつつあったのである。
1995年、ストライキ明けで約1ヶ月遅れの開幕となる中で、ビューナーの打棒は十分に発揮された。126試合の出場でありながら、打率.262、40HR、121打点という好成績を挙げた。怪我で長期離脱したグリフィーの穴を埋める活躍を見せて、MVP投票では5位に付けている。マリナーズも球団史上初の地区優勝を果たすと、ビューナーはディビジョンシリーズ(対ヤンキース)では打率.458(24打数11安打)をマークしてチームの勝利に貢献。しかし、惜しくもリーグチャンピオンシップシリーズ(対インディアンズ)で敗れてしまった。
1996年も全く勢いは衰えず、150試合の出場で打率.271、44HR、138打点と前年以上の成績を残した。自身初のオールスター出場も果たすなど、リーグを代表する選手になった。翌1997年、157試合に出場して、打率.243、40HR、109打点とパワー面での結果を遺憾なく残したのである。この年のマリナーズは56HRしたグリフィーがいたこともあるが、シーズン通して264HRを記録しており、圧倒的な打撃で2年ぶりに地区優勝をさらった(しかし、ディビジョンシリーズでオリオールズの前に敗退)。
1998年は怪我に苦しむ形でわずか72試合に出場出来ず、翌1999年も87試合にしか出場出来ていない。2000年に112試合に出場して、打率.253、26HR、82打点と復帰の気配は見せた。2001年にはFAとしてマリナーズと再契約を交わすも、19試合の出場に留まった。慣れ親しんだライトには新加入のイチローが入った為、セフトへのコンバートすることとなった。
2001年限りでの現役引退を発表したビューナー。メジャーでの通算成績は打率.254、1273安打、310HR、964打点というものである。マリナーズ史上最高となる1375三振を喫しているビューナーは1995年から3年連続で40HR以上、100打点以上という結果を残した点が輝かしい。ビューナーが付けてい背番号19番は、ほぼ永久欠番状態となってはいる。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
- ゴールドグラブ賞:1回(1996-AL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1987 NYY 7 22 0 5 2 0 0 1 6 1 0 .261 .318 .227 1988 NYY 25 69 8 13 0 0 3 13 25 3 0 .250 .319 .188 1988 Sea 60 192 28 43 13 1 10 25 68 25 1 .320 .458 .224 1989 Sea 58 204 27 56 15 1 9 33 55 19 1 .341 .490 .275 1990 Sea 51 163 16 45 12 0 7 33 50 17 2 .357 .479 .276 1991 Sea 137 406 64 99 14 4 27 77 117 53 0 .337 .498 .244 1992 Sea 152 543 69 132 16 3 25 79 146 71 0 .333 .422 .243 1993 Sea 158 563 91 153 28 3 27 98 144 100 2 .379 .476 .272 1994 Sea 101 358 74 100 23 4 21 68 63 66 0 .394 .542 .279 1995 Sea 126 470 86 123 23 0 40 121 120 60 0 .343 .566 .262 1996 Sea 150 564 107 153 29 0 44 138 159 84 0 .369 .557 .271 1997 Sea 157 540 104 131 18 2 40 109 175 119 0 .383 .506 .243 1998 Sea 72 244 33 59 7 1 15 45 71 38 0 .344 .463 .242 1999 Sea 87 266 37 59 11 0 14 38 100 69 0 .388 .421 .222 2000 Sea 112 364 50 92 20 0 26 82 98 59 0 .361 .522 .253 2001 Sea 19 45 4 10 2 0 2 5 9 8 0 .340 .400 .222 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1472 5013 798 1273 233 19 310 965 1406 792 6 .359 .494 .254
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:1回(1996-AL)
- サイクルヒット:1回(1993-6-23-Sea/アスレティックス戦)
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