- 2008-08-22 (金) 0:08
- MLB Players
#7 JD・ドリュー(J.D. DREW) | RF

- 1998年6月ドラフト・カージナルス1位(全米5番目)
- 1975年11月20日生 右投左打 185センチ 88キロ
- ジョージア州出身
過去3年間の成績
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 2005 LAD 72 252 48 72 12 1 15 36 50 51 1 .412 .520 .286 2006 LAD 146 494 84 140 34 6 20 100 106 89 2 .393 .498 .283 2007 Bos 140 466 84 126 30 4 11 64 100 79 4 .373 .423 .270 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1100 3627 689 1031 190 37 173 573 785 608 78 .390 .500 .284
選手の紹介文
才能に満ちあふれた選手でいることは誰もが認めるJD・ドリュー。ドラフト時のゴタゴタなどや、怪我があり安定した数字を残し続けていないことがネックではある。2008年に初選出されたオールスターゲームでは同点HR含む2安打をマークし、MVPを獲得するほどの勝負強さを見せている。代理人スコット・ボラスの影が常にちらついており、時代を象徴する選手の一人とも言えるかもしれない。
1975年、ジョージア州ハヒラで生まれたドリュー。高校時代にはジャイアンツから20位指名を受けるが、それを拒否してフロリダ州立大学へ進学の道を選んだ。大学1年の頃から大活躍し、2年生になるとアトランタオリンピックの代表メンバーとして選抜される。結局、最終選考に漏れ、オリンピックではプレーができなかったが、これが発憤材料となり、3年生になると67試合の出場で打率.455、31HR、100打点、32盗塁と大爆発。大学野球史上初となる「30-30」を達成したことになる。
1997年ドラフトでは必然的に注目が集まったドリューは、全米2番目の指名権を持つフィリーズに指名された。実弟のティム・ドリューもこの年、インディアンズから1位指名を受けており、史上初となる兄弟での同年ドラフト1位指名となったのである。しかし、ドリューとの契約交渉は難航を極めた。全米1番目のクリス・ベンソン(パイレーツ)の契約金が200万ドルだったため、フィリーズはそれをわずかに上回る205万ドルの提示を行ったものの代理人ボラスが納得しなかった。総額1000万ドルという契約金を要求していたという話もあり、交渉は決裂した。
ちょうど前年のドラフトでトラビス・リーを始めとする4人の選手が、野球協約の「ドラフト指名から15日以内に条件提示がない場合、その選手はFAになる」という1点を利用してFAとなり、他球団と高額で契約するという問題が起こったばかりだった。これを楯に取り、ボラスは高額契約金を要求。これは受け入られないとわかるや、フィリーズが契約条件書を送ったのはドリューの両親の住むジョージア州で、ドリューのいるフロリダ州ではないということまで挙げて、自らのFAの権利を主張したが結果はノー。
ドラフト問題は棚上げになったまま、ドリューは独立リーグのセントポール・セインツに入団。メジャーリーグ傘下ではないが、プロの組織に籍を置いた者はFAになるのだと主張し始めたが、前例を認めるとドラフトの意味そのものまで疑われる事態になることが予想されるため、慎重に扱わざるを得ない問題となった。セインツでのドリューは注目の的であった。熱狂的なフィリーズファンの嫌がらせなどもあったが、所々でその才能を見せつけたのである。この年は44試合に出場し、打率.341、18HR、50打点を記録。翌1998年も30試合に出場し、打率.386、9HR、33打点をマークし、桁外れの実力を見せつけた。
こうして迎えた1998年ドラフト。全米1番目の指名権を持つフィリーズは、再びドリューを指名するかが注目されたが、結局はドリューの指名を避けてパット・バールの指名を行った。ドリューを指名したのは、全米5番目の指名権を持っていたカージナルスであり、契約金300万ドルで契約を結んだのである。契約後、2Aアーカンサスで19試合(打率.328)、3Aメンフィスで26試合(打率.316)に出場しただけで、メジャー昇格の声がかかった。
ドリューがメジャーデビューをした日とは、奇しくもマーク・マグワイアがロジャー・マリスのシーズンHR記録を抜く62号HRを放った特別な試合だったのである。結局、メジャー1年目は14試合に出場し、打率.417(36打数15安打)、5HR、13打点をマーク。チーム内でも当初は「金に汚い」と評判は悪かったものの、実力の片鱗を見せることで周囲も認め始めた。
1999年、開幕前から新人王のダントツ本命だったドリュー。しかし、怪我で故障者リスト入りし、3Aで調整することになるなど、メジャーでは104試合にしか出場できず、打率.242、13HR、39打点と期待を裏切る結果に終わってしまった。新人王投票では1ポイントも入らなかったのである。とはいえ、非常に練習熱心なドリューの評価は依然として高かった。
2000年は要所要所ではいいプレーを見せるも、故障者リスト入りもあり、135試合の出場にして打率.295、18HR、57打点という成績に終わっている。翌2001年、右手小指骨折のために約1ヶ月半の離脱を経験するが、109試合の出場で打率.323、27HR、73打点と実力の片鱗を見せた。特に開幕から主砲マグワイアの右膝の状態が悪いために戦線離脱する不安要素があったが、新人のアルバート・プホルスの活躍に刺激される形で、ドリューのバットも火を噴いたのである。得点圏打率は.337と勝負強い面が発揮されるなど、蕾が大きな花を咲かせるのは時間の問題と思われた。
更なる飛躍が期待される中、2002年は135試合の出場で打率.252、18HR、56打点、翌2003年も100試合の出場に留まり、打率.289、15HR、42打点と振るわなかった。毎年のように怪我をし、故障者リスト入りするドリューの評価は下がり、トニー・ラルーサ監督もドリューの才能は認めながらも、怪我の離脱が多すぎる点に関しては不満があったという。そして、オフにはブレーブスへの移籍が決まったのである。
ブレーブスに移籍した2004年、離脱なくフルシーズンを過ごすことが出来たドリュー。145試合に出場し、打率.305、31HR、93打点をマークし、ブレーブスの地区優勝に貢献した。118得点に28本の2塁打、8本の3塁打と持ち前の実力を存分に発揮。キャリアハイとなる22試合連続ヒットも記録し、MVP投票でも6位にランクインされるなど、怪我のないシーズンを送ることがドリューにとっていかに大事であるかを如実に物語るシーズンとなったのである。
2005年からはドジャースと5年間5500万ドルという契約を交わしたドリュー。移籍1年目は死球が元で左手首骨折となり、7月以降のシーズンを欠場。結果として72試合の出場で、打率.286、15HR、36打点に終わってしまう。翌2006年は146試合に出場し、打率.283、20HR、100打点をマーク。シーズン中に約2ヶ月もHRなしのときはあったが、自身初の100打点と大台に乗せる打撃を見せた。
ドジャースでの更なる活躍が期待される中、契約を3年残しながらももオプションを行使して、契約を破棄してFAとなる道を選んだ。結果として、レッドソックスと5年間7000万ドルという契約を交わし、注目が集まった。怪我が多いドリューだけに、状況に応じて契約の一部を破棄することも可能な内容になっているという。
2007年、開幕から好調を維持したが、その後は低迷。結果として140試合に出場し、打率.270、11HR、64打点という数字に終わった。ドリューの真価が問われたのはポストシーズンに入ってからで、もう負けられないリーグチャンピオンシップシリーズ(対インディアンズ戦)第6戦の初回、先制の満塁HRを放ち、チームの勝利をたぐり寄せたのである。そのまま世界一に輝き、ドリューにとっては忘れられないシーズンとなった。
2007年のポストシーズンには、リーグは異なるがドリューの実弟スティーブン・ドリュー(三男)もダイヤモンドバックスの一員として出場を果たし、両者ともHRを記録している(ワールドシリーズでの対戦はなかった)。同じ年のポストシーズンでホームランを共に記録した兄弟となれば、1964年のクリート・ボイヤーとケン・ボイヤーのボイヤー兄弟、1997年のロベルト・アロマーとサンディ・アロマーのアロマー兄弟に次いで、2007年のドリュー兄弟は3番目となる。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1998 StL 14 36 9 15 3 1 5 13 10 4 0 .463 .972 .417 1999 StL 104 368 72 89 16 6 13 39 77 50 19 .340 .424 .242 2000 StL 135 407 73 120 17 2 18 57 99 67 17 .401 .479 .295 2001 StL 109 375 80 121 18 5 27 73 75 57 13 .414 .613 .323 2002 StL 135 424 61 107 19 1 18 56 104 57 8 .349 .429 .252 2003 StL 100 287 60 83 13 3 15 42 48 36 2 .374 .512 .289 2004 Atl 145 518 118 158 28 8 31 93 116 118 12 .436 .569 .305 2005 LAD 72 252 48 72 12 1 15 36 50 51 1 .412 .520 .286 2006 LAD 146 494 84 140 34 6 20 100 106 89 2 .393 .498 .283 2007 Bos 140 466 84 126 30 4 11 64 100 79 4 .373 .423 .270 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1100 3627 689 1031 190 37 173 573 785 608 78 .390 .500 .284
受賞タイトル一覧
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