- 2008-06-10 (火) 0:01
- MLB Players

#25 ジム・アボット | SP

- 1988年ドラフト・エンゼルス1位(全米8番目)
- 1967年9月19日生 左投左打 190センチ 95キロ
- ミシガン州出身
選手の紹介文
学生時代から野球の才能は高く評価された左腕投手のジム・アボット。ソウルオリンピックのアメリカ代表として金メダルを獲得し、マイナーリーグを経験せずにメジャー昇格し、さらにはノーヒッターも達成した。数々の栄光に彩られるアボットだが、実力以上に注目されたのは右手の手首から先がないという障害を持っていたという点である。
ミシガン州フリントに生まれたアボット。この時、両親は高校を卒業したばかりの18歳だったのである。初めての子供が障害を持っている現実に直面する中で両親は正面から向き合い、アボットに対して精一杯の愛情を注いだという。医者から義手を勧められるが、アボット自身はそれを拒否し、そのままでいることを望んだ。
やらせたいと思うことはなんでもやらせたいという両親の方針の下、幼きアボットが選んだスポーツが野球だった。その際に問題となったのはボールを投げる左手にグラブもはめないといけないという点である。それに対しては右利き用のグラブを右腕の先にひっかけてボールを投げ、投げ終えると同時にグラブを左手につけて打球に備えるという技術を身につけて対応したのである。
子供たちの中での草野球から始まったアボットの野球生活は、11歳になってリトルリーグ入りすることで大きな前進を果たすことになる。たちまち街で評判の投手となり、中学を卒業する頃には球速は130キロ近くあったという。さらに球速だけでなく、心配されたバント処理を始めとする打球処理にも問題はなかった。
高校2年生になったアボットはチームのエースとなり、投げては10勝3敗、防御率0.76を記録し、完全試合2回を含むノーヒッターを4回記録。さらに投げない日はレフトを守り、打撃成績は打率.427、7HR、36打点と文句の付けようがない。野球以外でもフットボールなどでも高い才能を見せるなど、運動神経の良さは群を抜いていたのである。
そんなアボットも、高校卒業時の1985年6月のドラフトでブルージェイズから36位指名されたのである。決して身体障害者に対しての興味本位ではない指名であることは理解できたが、それ故にアボットはこの指名を蹴り、大学で再度揉まれる道を選んだのである。
ミシガン大学に進学したアボットは、在籍した3年間で通算26勝8敗、防御率3.03という好成績を残し、大学2年の夏にはアメリカ代表チームに選ばれ、日本やキューバで試合経験を持った。そして、翌1988年に迫ったソウルオリンピックの出場権獲得にもアボットの左腕は大きな力となったのである。
そして1988年6月のドラフトではエンゼルスから全米8番目となるドラフト1位指名を受けた。受諾することは決めていたが、その前にこの年の8月のオリンピックを戦う必要があったのである。もちろんアボットもアメリカ代表チームの20人の中に名前を連ねている。
当時のオリンピックでは野球は正式競技ではなく、まだ公開競技に留まっていた頃である(正式競技となるのは1992年のバルセロナからである)。ちなみにアボットと共にアメリカ代表に選ばれていた中にはティノ・マルチネス、ロビン・ベンチュラ、アンディー・ベネスらがいた。
オリンピックの戦前の下馬評ではアメリカはそれほど高くなかったが、決勝まで勝ち上がり、日本と対戦。接戦となったが、途中から登板したアボットの好投もあり、見事に金メダルを獲得している。また、この対戦相手の日本には、後にチームメイトとなる野茂英雄もいたのである。
帰国したアボットは大学中退という手続きを取り、エンゼルスと契約。アボットのプロとしてのキャリアはここから始めることになる。当然のごとく1年目からのメジャーは確約されたものではなかったが、プロ1年目のスプリングトレーニングで結果を残し、開幕メジャー入りを果たすこととなった。ドラフト施行の1965年以降、マイナーを経験せずにメジャー昇格したのはアボット以前にわずか15人しかいないという栄誉あるものである。
怪我人が出たこともあり、先発ローテーション入りも果たしたアボット。4月末にメジャー初勝利を挙げると白星を重ね、メジャー1年目は12勝12敗、防御率3.92をマークした。隻腕投手でありながら決して話題だけの投手でないことは十分に証明できたと言える。
2年目となる1990年は10勝14敗、防御率4.51という数字に終わるが、翌1991年は18勝11敗、防御率2.89という好成績をマーク。この年はチームメイトのマーク・ラングストンが19勝、チャック・フィンリーが18勝、クローザーのブライアン・ハービーも46セーブと投手陣は結果を残したが、打線がさっぱりでチームは最下位に終わっている(アメリカンリーグ西地区の最下位であり、81勝81敗の勝率5割だったのではあるが)。
メジャー3年間での実績を積み上げ、調停権を手にしたこともあり、アボットの代理人であるスコット・ボラスは調停に踏み切った。エンゼルスでプレーし続けることを望んだアボットではあったが、複数年契約を結ぶまでは至らなかった。
1992年も貧打戦に悩まされたアボット。自身も故障者リスト入りするなどしたが、7勝15敗でありながら防御率2.77という成績は納得しかねるものでもある。そして、この年のオフにはヤンキースへの移籍が決まったのである。JT・スノー、ラス・スプリンガーらとの交換トレードであった。この移籍には多くのエンゼルスファンが悲しみ、アボット自身も悲しんだが、それが野球ビジネスのひとつでもあった。
移籍した当時のヤンキースは長い冬の時代から雪解けかけはじめたチームであり、バーニー・ウイリアムスがメジャー定着寸前で、デレク・ジーターはすでにヤンキース傘下のマイナーリーグでボールを追っていた頃である。さらにこの時期、ヤンキースはアボットの他にもポール・オニール、ウェイド・ボッグス、ジミー・キーらを獲得し、帝国復活にむけての準備を固めてもいた。
希望を持って臨んだ1993年、開幕から打線の援護に恵まれない不運で白星にも恵まれず苦しんだ。故障者リスト入りすることもあったが、夏頃には成績も立て直しつつもあった。そんな中で迎えた9月4日の対インディアンズ戦。25歳の左腕投手が歓喜の輪に包まれることになる。
前回の登板でKOされていたアボットの課題は制球力だった。序盤から打線の援護もあり、着実にアウトの山を重ねていくアボット。7回表にはアルバート・ベルに三遊間を抜けそうな打球が飛んだが、サードを守るボッグスの飛びついての好プレーでアウトにした。盛り上がるヤンキースタジアムでアボットはついにノーヒッターという大記録を達成したのである。デビューしたてのマニー・ラミレスも名を連ねる強力インディアンズ打線を相手のノーヒッターは充分に価値があるものである。
しかし、大きな話題に注目が集まったアボットも、この年は11勝14敗と振るわなかった。翌1994年はストライキでシーズンが中断されたが、その中で残した数字は9勝8敗、防御率4.55というものである。
FAとなり、ホワイトソックスの一員として迎えた1995年。シーズン途中に古巣エンゼルスへ移籍する形で復帰。翌1996年は2勝18敗、防御率7.48と大きく期待を裏切った。1年間のブランクを経て1998年、ホワイトソックスでメジャー復帰。1999年にもブリュワーズと契約したが、2勝8敗と振るわず、これ以降はメジャーリーグのマウンドに上がることがなくなったのである。通算成績は87勝108敗、防御率4.25であった。
メジャーリーグにはアボットと同じ隻腕選手としてピート・グレイという選手(外野手)がいた。第二次世界大戦中、選手が戦場に行って足りなくなったこともあり、話題性も含めてのメジャー昇格であった。全くと言っていいほど結果は残していない選手であり、アボットに対しては失礼にも比較されることが多々あった。
アボットは打撃にも自信を持っており、指名打者制のあるアメリカンリーグでのプレーが大半だったことが残念だったという。1991年開幕前のエキシビジョンゲームで放った3塁打を嬉しそうに話すアボットの打者としての通算成績は23打数2安打というものである。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 1989 Cal 29 29 4 2 12 12 0 181.1 190 115 74 95 79 3.92 1990 Cal 33 33 4 1 10 14 0 211.2 246 105 72 116 106 4.51 1991 Cal 34 34 5 1 18 11 0 243.0 222 158 73 85 78 2.89 1992 Cal 29 29 7 0 7 15 0 211.0 208 130 68 73 65 2.77 1993 NYY 32 32 4 1 11 14 0 214.0 221 95 73 115 104 4.37 1994 NYY 24 24 2 0 9 8 0 160.1 167 90 64 88 81 4.55 1995 Cal 13 13 1 1 5 4 0 84.2 93 41 29 43 39 4.15 1995 CWS 17 17 3 0 6 4 0 112.1 116 45 35 50 42 3.36 1996 Cal 27 23 1 0 2 18 0 142.0 171 58 78 128 118 7.48 1998 CWS 5 5 0 0 5 0 0 31.2 35 14 12 16 16 4.55 1999 Mil 20 15 0 0 2 8 0 82.0 110 37 42 71 63 6.91 ----------------------------------------------------------------------------- Total 263 254 31 6 87 108 0 1674.0 1779 888 620 880 791 4.25
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