- 2009-05-23 (土) 0:05
- MLB Players
#15 ジム・エドモンズ(Jim EDMONDS) | CF

- 1988年6月ドラフト・エンゼルス7位(全米169番目)
- 1970年6月27日生 左投左打 185センチ 96キロ
- カリフォルニア州出身
過去3年間の成績
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 2006 StL 110 350 52 90 18 0 19 70 101 53 4 .350 .471 .257 2007 StL 117 365 39 92 15 2 12 53 75 41 0 .325 .403 .252 2008 SD 26 90 6 16 2 0 1 6 24 10 2 .265 .233 .178 2008 ChC 85 250 47 64 17 2 19 49 58 45 0 .369 .568 .256 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1925 6612 1207 1881 414 25 382 1176 1669 974 65 .377 .528 .284
選手の紹介文
リーグ屈指のセンターフィールダーとして、コンスタントに安定した数字を残したジム・エドモンズ。8度のゴールドグラブ賞受賞など守備への信頼は非常に厚い。若い頃は気分屋と言われたが、年齢と共にチームに欠かせない存在となった。カージナルス移籍後はパワー面でも伸びを見せた。2006年には念願の世界一を経験している。
カリフォルニア州に生まれたエドモンズは、高校時代には野球の他にもフットボール、サッカーに汗を流した。高校3年時に打率.548という驚異の打率を残し、一躍注目を浴びることとなった。1988年ドラフトでエンゼルスから7位指名(全米169番目)を受けて、プロの世界に足を踏み入れることとなった。
プロ入り後は1Aで経験を重ねる形で、打率も2割代前半と思うような結果は残せなかったが、1990年に飛躍のきっかけを掴むこととなる。この年は1Aパームスプリングで91試合に出場し、打率.293をマーク。3HR、56打点と非力な面は目立ったが、守備面では高い評価を得ているのである。
1991年は1Aで2度も故障者リストに入るアクシデントに遭うが、持ち前の強肩を生かそうと1試合だけ投手としてマウンドに上がったこともあった。翌1992年、2Aミッドランドで70試合に出場し、打率.313、8HR、32打点という成績を残すと3Aエドモントンに昇格し、ここでも50試合に出場し、打率.299、6HR、36打点を記録した。
期待されて迎えた1993年は3Aで開幕を迎え、95試合に出場した中で打率.315、9HR、74打点という数字を残し、さらに2塁打28本、3塁打4本と大活躍。9月に入り、ようやくメジャーからお呼びがかかり、18試合に出場。翌1994年は、スプリングトレーニングで打率.351をマークし、開幕メジャーを果たした。ポジションが固定しないエドモンズは外野の3つのポジションとファーストを守るなどユーティリティに活躍。結果として、94試合の出場で、打率.273、5HR、37打点を記録している。
1995年は開幕からセンターのポジションを獲得し、フルシーズンをメジャーで過ごした。ストライキ明けということで短縮シーズンだったが、その中で141試合に出場し、打率.290、33HR、107打点をマークした。リーグ3位の120得点、リーグ8位の長打率.558を挙げ、6月には23試合連続ヒットも記録している。更にこの年、初めてオールスターゲームにも(代打として)出場を果たすなど、大きく飛躍したシーズンとなった。
1996年、5月から7月にかけて2度も故障者リストに入る中で114試合に出場し、打率.304、27HR、66打点を記録している。エドモンズが自信を持っている守備では287回の守備機会でエラーはわずか1個であり、守備率にすれば外野手としてリーグ3位タイの守備率(.997)をマークするなど、着実にキャリアを積み上げていった。
1997年は、打っては打率.291、26HR、80打点という成績を残し、守ってはわずかにエラーは5個のみであり(守備率.985)、エドモンズは初めてのゴールドグラブ賞を獲得した。しかし、残念なことにこの年も故障者リストに入ることがあった。しかし、翌1998年は怪我なく1年を過ごし、打率.307、25HR、91打点をマークし、2年連続のゴールドグラブ賞も獲得した。
余りにも怪我が多いため、オフになるとエドモンズの周囲には移籍話がつきまとっていたのは事実である。悪いイメージを払拭したいところだが、1999年は開幕前に右肩を痛めてしまい、復帰は8月までに遅れた。勝負を懸けたいシーズンだったが、55試合の出場に留まり、打率.250、5HR、23打点に終わっている。
そして、2000年シーズン開幕直前にカージナルスとの間で移籍がまとまった。交換相手は前年18勝をマークしたケント・ボッテンフィールドと若手有望株のアダム・ケネディである。突然のカージナルス移籍だったが、エドモンズにとってこの移籍は吉と出た。春先から好調をキープしたエドモンズは、152試合に出場し、打率.295、42HR、108打点をマークし、チームの地区優勝に貢献。伝統あるチームでのシーズン42HRというのは1922年のロジャース・ホーンスビーに並ぶ球団史上4位のHR数である。ワールドシリーズの舞台を踏むことは出来なかったが、存在感をアピールするには最高のシーズンとなった。MVP投票でも4位にランクインする活躍を見せたが、シーズン中に6年間5700万ドルでの契約延長を果たしている。
2001年は若いアルバート・プホルスの台頭やJD・ドリューの爆発、マット・モリスの復活などがあり、チームは2年連続でポストシーズンへコマを進める。エドモンズ自身は150試合に出場して、打率.304、30HR、110打点と合格点といえる数字を残している。カージナルスの選手としての2年連続100打点以上は、この年限りで引退したマーク・マグワイアを除けば、テッド・シモンズ(1974~75年)以来の快挙となる。しかし、ポストシーズンはディビジョンシリーズ(対ダイヤモンドバックス)で敗退した。
2002年、カージナルスの主軸となったエドモンズは144試合の出場でキャリアハイの打率.31に加え、28HR、83打点という数字を残した。翌2003年は開幕から好調を維持し、前半戦だけで打率.303、28HR、67打点をマークし、オールスターゲームではセンターとして先発出場も果たした。しかし、オールスター後の後半戦は右肩を痛めた影響で成績が下降し、結果としては137試合の出場で打率.275、39HR、89打点と尻すぼみのシーズンとなっている。
2004年、開幕から安定した数字を残し、特に7月の月間成績は打率.381、13HR、27打点といずれもリーグトップを記録している。シーズン通しても153試合に出場し、打率.301、42HR、111打点と好成績を残し、MVP投票では5位となった。ちなみにチームメイトのプホルスが3位、スコット・ローレンが4位と3人が名を連ねる状態だった。チームはポストシーズンを勝ち抜き、リーグ優勝を果たし、エドモンズもワールドシリーズの舞台に立つ機会に恵まれた(レッドソックスの前に敗れ、世界一は逃している)。
2005年、開幕戦でHR含む4打点をマークしたエドモンズ。その後、思うように数字は伸びず、結果としては142試合の出場で打率.263、29HR、89打点に終わっている。翌2006年は脳振盪後症候群でシーズン終盤の1ヶ月を離脱。シーズン通しても110試合の出場に留まり、打率.257、19HR、70打点と精彩を欠いてしまった。カージナルス移籍から連続で取り続けていたゴールドグラブ賞も逃してしまったのである。しかし、ポストシーズンを勝ち抜き、世界一の美酒を味わう幸運に恵まれた。オフには2年間1900万ドルで契約延長に合意している。
2007年は右肩の痛みに苦しみ、さらにハムストリングも痛めるなど、満足した状態でプレーすることが出来なかった。117試合の出場で打率.252、12HR、53打点という数字に終わってしまう。オフになるとパドレスへの移籍が決まった。年俸の一部をカージナルスが負担する形での移籍となったのである。
パドレスの一員として迎えた2008年だったが、打率1割台と低迷する中で5月9日の時点で解雇されてしまった。するとその5日後にカブスがエドモンズの獲得を発表。カブスではリード・ジョンソンとの併用となったが、要所要所で勝負強い打撃を見せた。カブス移籍後は85試合の出場で打率.256、19HR、49打点という数字を残している。シーズンオフにFAとなり、どの球団とも契約を交わしていない。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
受賞アワード一覧
- ゴールドグラブ賞:8回(1997-AL、1998-AL、2000-NL~2005-NL)
- シルバースラッガー賞:1回(2004-NL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1993 Ana 18 61 5 15 4 1 0 4 16 2 0 .270 .344 .246 1994 Ana 94 289 35 79 13 1 5 37 72 30 4 .343 .377 .273 1995 Ana 141 558 120 162 30 4 33 107 130 51 1 .352 .536 .290 1996 Ana 114 431 73 131 28 3 27 66 101 46 4 .375 .571 .304 1997 Ana 133 502 82 146 27 0 26 80 80 60 5 .368 .500 .291 1998 Ana 154 599 115 184 42 1 25 91 114 57 7 .368 .506 .307 1999 Ana 55 204 34 51 17 2 5 23 45 28 5 .339 .426 .250 2000 StL 152 525 129 155 25 0 42 108 167 103 10 .411 .583 .295 2001 StL 150 500 95 152 38 1 30 110 136 93 5 .410 .564 .304 2002 StL 144 476 96 148 31 2 28 83 134 86 4 .420 .561 .311 2003 StL 137 447 89 123 32 2 39 89 127 77 1 .385 .617 .275 2004 StL 153 498 102 150 38 3 42 111 150 101 8 .418 .643 .301 2005 StL 142 467 88 123 37 1 29 89 139 91 5 .385 .533 .263 2006 StL 110 350 52 90 18 0 19 70 101 53 4 .350 .471 .257 2007 StL 117 365 39 92 15 2 12 53 75 41 0 .325 .403 .252 2008 SD 26 90 6 16 2 0 1 6 24 10 2 .265 .233 .178 2008 ChC 85 250 47 64 17 2 19 49 58 45 0 .369 .568 .256 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1925 6612 1207 1881 414 25 382 1176 1669 974 65 .377 .528 .284
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:4回(1995-AL、2000-NL、2003-NL、2005-NL)
- 世界一経験:1回(2006-StL)
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