- 2008-09-01 (月) 0:01
- MLB Players
#41 ジョン・ラッキー(John LACKEY) | SP

- 1999年6月ドラフト・エンゼルス2位
- 1978年10月23日生 右投右打 198センチ 107キロ
- テキサス州出身
過去3年間の成績
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 2005 LAA 33 33 1 0 14 5 0 209.0 208 199 71 85 80 3.45 2006 LAA 33 33 3 2 13 11 0 217.2 203 190 72 98 86 3.56 2007 LAA 33 33 2 2 19 9 0 224.0 219 179 52 87 75 3.01 ----------------------------------------------------------------------------- Total 183 182 10 7 79 58 0 1161.1 1181 932 354 547 493 3.82
選手の紹介文
安定した成績を毎年のように残し、エンゼルスのエースに君臨するジョン・ラッキー。新人時代の2002年にはワールドシリーズ第7戦の先発のマウンドを任され、球団史上初の世界一に貢献。その後も毎年200回以上を投げる丈夫さで、2007年には最優秀防御率のタイトルも受賞。今後の活躍が期待される投手の一人である。
学生時代から高い運動能力を見せたラッキーは、野球以外にもアメリカンフットボール、バスケットボールでも才能を発揮した。当時は投手としてよりも打者としての活躍も目立っていた。短大に進学後は投手とファーストを兼用。打者として打率.428、15HR、81打点というスラッガーぶりを発揮すれば、投手としても10勝3敗、防御率4.23、88奪三振(投球回数100回)という二刀流で活躍した。
1999年ドラフトでエンゼルスから2位指名(全米68番目)を受けてプロ入りを果たした。プロ入り後は投手に専念し、指名された年に1Aボイシーで15試合に先発し、6勝2敗、防御率4.98、77奪三振をマーク。翌2000年は1Aセダーラピッズ、1Aレイクエルジノレ、2Aエリエの3チームでプレーし、計28試合に先発し、15勝9敗、防御率3.15、138奪三振という数字を残している。この飛躍にはスライダーを覚えたことで、速球、カーブがより生きるようになったことが影響している。
2001年、2Aアーカンソーで開幕を迎え、シーズン中盤には3Aソルトレイクに昇格。3A昇格後は打ち込まれる試合が続き苦しむことになったが、この年も計28試合に先発し、12勝11敗、防御率4.48、136奪三振という結果を残している。ラッキーの評価を高めているのは、プロ入り以来、離脱することなくマウンドに立ち続けている点である。
2002年、開幕は3Aで迎えることになったラッキー。結果的に6月後半にメジャー昇格することになるのだが、それまでに3Aで残した数字は16試合の先発で8勝2敗、防御率2.57という数字である。6月24日の対レンジャーズ戦でメジャーデビュー(7回3失点ながら黒星)を果たすも、アル・レビンのメジャー復帰に伴い、即3A降格となるが、スコット・ショーエンワイスのブルペン移動に伴い、ラッキーはメジャー復帰し、6月30日の対ドジャース戦の先発のマウンドに立ち、6回1失点の快投でメジャー初勝利を挙げている。
エンゼルスの先発ローテーションに定着したラッキーは、結果的にこの年、18試合に先発し、9勝4敗、防御率3.66、69奪三振という数字を残した。チームもワイルドカードとしてポストシーズンを勝ち上がり、ワールドシリーズに出場。3勝3敗で迎えた第7戦に先発する大役を任されたラッキーは、重圧のかかるマウンドで5回を4安打1失点に抑える投球で勝利投手になった。実にエンゼルス創立42年目での初の世界一に貢献したのである。ワールドシリーズ第7戦に先発した新人投手としては、1997年のジャレット・ライト以来となるが、さらに勝利投手にもなったとなれば、93年前のベーブ・アダムス(1909年)まで遡らなければならないほどの快挙である。
2003年、エンゼルスの開幕投手を任されたラッキーは、なかなか本来の投球が出来ずに苦しんだ。シーズン最後の登板でマリナーズを相手に完封勝利を挙げて、ようやく10勝目をマーク。結果的に33試合の先発で、10勝16敗、防御率4.63、151奪三振という数字に終わっている。翌2004年は33試合の登板(先発は32試合)で、14勝13敗、防御率4.67、144奪三振とかろうじて勝ち越している。
2005年はラッキーにとって飛躍のシーズンとなった。特に後半戦だけで8勝(1敗)を挙げるだけの活躍を見せ、結果としては33試合の先発で14勝5敗、防御率3.45、199奪三振をマークした。奪三振率はヨハン・サンタナに次ぐリーグ2位となっており、あと1つ三振を奪えば、エンゼルス球団史上、チャック・フィンリー(1999年)以来のシーズン200奪三振となるところだった。チームも1986年以来となる地区優勝を果たしている。
2006年、2年分の契約を延長する形で3年間1701万ドルという内容で契約合意。4年目となる2009年は球団側のオプションとなっている。シーズンに入ると、前年のサイヤング賞受賞のバートロ・コロンが怪我で離脱していたこともあり、ラッキーはエース格としての活躍が求められた。7月7日の対アスレティックス戦では、初回の先頭打者であるマーク・コッツェイに2塁打を打たれた以降は27人の打者をアウトに取り、あわや完全試合となる快投を見せている。30回2/3連続イニング無失点記録も樹立したこの年は、33試合の先発で13勝11敗、防御率3.56、190奪三振という記録を残している。
2007年は33試合に先発し、19勝9敗、防御率3.01、179奪三振という好成績を残し、最優秀防御率のタイトルを受賞した。エンゼルスとしては、1977年のフランク・タナナ以来となる最優秀防御率のタイトル受賞である。この年はチームメイトのケルビン・エスコバルも18勝を挙げており、18勝以上デュオを形成したが、エンゼルスとしては1991年にジム・アボット(18勝)、フィンリー(18勝)、マーク・ラングストン(19勝)がそれぞれ18勝以上記録して以来の快挙である。オールスターゲームにも初選出されるなど、メジャーリーグを代表する投手への成長した。
2008年は怪我で開幕を故障者リストで迎えるが、5月半ばにメジャーに復帰すると、6月に5勝、7月に3勝と白星を積み重ね、存在感を大きくアピールしている。早くも通算1000奪三振の大台に乗せており、今後の更なる活躍が期待されている。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 2002 Ana 18 18 1 0 9 4 0 108.1 113 69 33 52 44 3.66 2003 Ana 33 33 2 2 10 16 0 204.0 223 151 66 117 105 4.63 2004 Ana 33 32 1 1 14 13 0 198.1 215 144 60 108 103 4.67 2005 LAA 33 33 1 0 14 5 0 209.0 208 199 71 85 80 3.45 2006 LAA 33 33 3 2 13 11 0 217.2 203 190 72 98 86 3.56 2007 LAA 33 33 2 2 19 9 0 224.0 219 179 52 87 75 3.01 ----------------------------------------------------------------------------- Total 183 182 10 7 79 58 0 1161.1 1181 932 354 547 493 3.82
受賞タイトル一覧
- 最優秀防御率1回(2007)
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