- 2008-11-18 (火) 0:02
- MLB Players

#* ジョン・マグロー(John McGRAW) | 3B

- 1891年・オリオールズと契約
- 1873年4月7日生 右投左打 170センチ 70キロ
- ニューヨーク州出身
選手の紹介文
メジャーリーグ創世記に選手、監督として一時代を築いたジョン・マグロー。厳格なことで有名だったマグローは「リトルナポレオン」と称された。選手兼任時代を加え、33年間もの長期に渡り監督を務め、通算2763勝を挙げている。いわゆる名選手が名監督になった初めての例といえるかもしれない。
マグローが生まれたのは1873年とメジャーリーグが産声をあげそうな時代であった。幾多のリーグが乱立しては消えていく中、幼き日のマグローは野球の才能を磨いていく。1891年、18歳の頃にアメリカンアソシエーションに属していたボルチモア・オリオールズと契約(現在のオリオールズとは異なる)。プロとしてのキャリアを積み上げていくことになる。
1891年を持ってアメリカンアソシエーションが消滅することになると、オリオールズは1892年に現在も存続するナショナルリーグに移籍する。マグローが頭角を現すのは翌1893年のことで127試合に出場し、打率.321、38盗塁をマークしている。スピード感溢れるプレーが売りであり、19世紀のメジャーリーグを舞台に花を開かせようとしていた。
1894年にはウイリー・キーラーが加入したことで、オリオールズはリーグ優勝を飾った。マグロー、キーラーの他にヒューイ・ジェニングス、ジョー・ケリー、スティーブ・ブロディーという蒼々たるメンバーでオリオールズ野球を完成させたのである。バットを短く持って、ボールを叩きつけるように打って内野安打を狙う「ボルチモアチョップ」やバント、走塁を駆使し、近代野球の扉を開いたとも評される。
とはいえサードを守るマグローのプレーは荒く、3塁ランナーがタッチアップでホームを狙う際にベルトを掴んで邪魔したり、3塁を回ろうとしてくるランナーを邪魔するように立って大回りさせるなど荒々しいこともやっていた。この頃のマグローを含むオリオールズの選手たちは新しい戦術を探るべく、話し合う機会を積極的に持っていたという。
1899年から兼任監督となったマグローだが、オリオールズのオーナーがブルックリン・ドジャースの所有権を手に入れ、ドジャースにオリオールズの主力を移し始めるが、マグローは拒否。そのうち、ナショナルリーグの方針により、オリオールズはリーグから除名されることになった。マグローにはセントルイス・パーフェクトズ(現在のカージナルス)への移籍が命じられ、渋々応じて1年だけセントルイスに籍を置いている。
1901年、それまでのウエスタンリーグが現在のアメリカンリーグとなり、現在の二大リーグの基礎が作られようとしている中、ボルチモアにオリオールズとして新球団が誕生。その新生オリオールズにマグローは移籍した。しかし、アメリカンリーグ会長であるバン・ジョンソンと衝突し、1902年シーズン途中にナショナルリーグのニューヨーク・ジャイアンツに移籍することになった(ちなみにマグローが去ったオリオールズが現在のヤンキースの系譜につながっている)。
マグローのジャイアンツ移籍に伴い、オリオールズの主力選手も引き連れる形でジャイアンツに戦力が集まった。徐々に専任監督となり、選手としての出場機会を減らしながらチームを立て直したマグロー。ジョー・マギニティ、クリスティ・マシューソンらの台頭もあり、ジャイアンツはリーグ優勝を飾った。ワールドシリーズを戦うはずが、アメリカンリーグとの対戦をマグローが拒否。ワールドシリーズが開催されなかったことで多くの反発を集めることになったのである。
1905年にもリーグ優勝を果たすと今回はワールドシリーズに出場。コニー・マック率いるアスレティックスと戦い、世界一の座を勝ち取っている。ジャイアンツを常勝軍団に育てたマグローは1932年途中までジャイアンツの監督を務めるが、ジャイアンツに10度のリーグ優勝、3度の世界一をもたらしている。マグローが監督の座を譲ったのは、チームの主力選手でありながら犬猿の仲であったビル・テリーであった。
1933年に初めてオールスターゲームが開催されることとなったが、このときは引退していたマグローがナショナルリーグの指揮を執り、マックがアメリカンリーグの指揮を執ったのである。1934年には脳内出血で死去。人生の大半を監督として過ごしたことになる。マグローの存在感の大きさを表すこととして、マグローが監督引退を発表した1932年6月2日、ルー・ゲーリッグが1試合4HRしたが、その打棒を新聞の片隅に追いやるほど、マグロー引退は大きく取り扱われたことが挙げられる。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1891 Bal 33 115 17 31 3 5 0 14 17 12 4 --- .383 .270 1892 Bal 79 286 41 77 13 2 1 26 21 32 15 --- .339 .269 1893 Bal 127 480 123 154 9 10 5 64 11 101 38 --- .413 .321 1894 Bal 124 512 156 174 18 14 1 92 12 91 78 .441 .436 .340 1895 Bal 96 388 110 143 13 6 2 48 9 60 61 .453 .448 .369 1896 Bal 23 77 20 25 2 2 0 14 4 11 13 .422 .403 .325 1897 Bal 106 391 90 127 15 3 0 48 -- 99 44 .464 .379 .325 1898 Bal 143 515 143 176 8 10 0 53 -- 112 43 .471 .396 .342 1899 Bal 117 399 140 156 13 3 1 33 -- 124 73 .545 .446 .391 1900 StL 99 334 84 115 10 4 2 33 -- 85 29 .499 .416 .344 1901 Bal 73 232 71 81 14 9 0 28 -- 61 24 .506 .487 .349 1902 Bal 20 63 14 18 3 2 1 3 -- 17 5 .440 .444 .286 1902 NYG 35 107 13 25 0 0 0 5 -- 26 7 .396 .234 .234 1903 NYG 12 11 2 3 0 0 0 1 -- 1 1 .467 .273 .273 1904 NYG 5 12 0 4 0 0 0 0 -- 3 0 .467 .333 .333 1905 NYG 3 0 0 0 0 0 0 0 -- 0 1 .000 .000 .000 1906 NYG 4 2 0 0 0 0 0 0 -- 1 0 .333 .000 .000 ------------------------------------------------------------------------------ Total 1099 3924 1024 1309 121 70 13 462 74 836 436 --- .410 .334
受賞タイトル一覧
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