- 2009-05-27 (水) 0:05
- MLB Players

#5 ジョン・オルルド(John OLERUD) | 1B

- 1989年6月ドラフト・ブルージェイズ3位(全米79番目)
- 1968年8月5日生 左投左打 196センチ 98キロ
- ワシントン州出身
選手の紹介文
マイナーリーグを経験しないままメジャーに定着した選手として名の挙がるジョン・オルルド。1993年には打率4割への期待を抱かせる打撃で、首位打者のタイトルを獲得している。打撃時だけでなく、守備時もヘルメットをかぶっており、これはプロ入り前に受けた脳の手術による古傷を守るためである。
ワシントン州に生まれたオルルドはその高い野球センスにより、高校卒業時にはメッツから27位指名(全米682番目)を受けるが、この時は大学進学を選択した。大学2年生時には、打者として打率.464、23HR、81打点を挙げれば、投手としても15勝0敗、防御率2.49という桁違いの成績を残した。ファーストとしても投手としても評価を高めたのである。
しかし1989年1月、頭痛を訴えたオルルドはそのまま入院。クモ膜下出血により、動脈に関する大手術を行った。その後、無事に戦線復帰するが、不安の種を抱えることとなる。1989年のドラフトでは本来であれば上位指名が予想されたが、手術の影響もあり、ブルージェイズからの3位指名(全米79番目)に留まってしまった。評価が分かれる中で、GMパット・ギリックが大きな決断をしたのである。
ドラフト指名されたその年、8月末に契約がまとまり、そのままメジャーデビューを果たすこととなる(わずか6試合の出場ではあるが)。1965年にドラフト制度が施行されてから、マイナーを経験せずにメジャーでプレーしたのは当時のオルルドで史上17人目となる快挙でもあった。こうしてプロとしての道を歩み始めたのである(ちなみにオルルドの父親も野球を志した過去があり、3A止まりでメジャー昇格することはなかったのだが、その後、対象的なプロ生活を送ることとなる)。
1990年、オルルドの指定席であるファーストにはフレッド・マグリフがいたため、主に指名打者での出場となった(111試合の出場でファーストを守ったのが18試合、指名打者が90試合)。実質1年目となるこの年は打率.265、14HR、48打点という数字に終わっている。
1991年はマグリフが去ったために本格的にファーストを守ることになった。マグリフ、トニー・フェルナンデスとの交換でブルージェイズ入りしたロベルト・アロマー、ジョー・カーターに引っ張られる形で、チームは2年ぶりの地区優勝を飾った。リーグチャンピオンシップシリーズではツインズの前に1勝4敗で敗れてしまうが、オルルドは初めてのポストシーズンを経験することができた。この年は打率.256、17HR、68打点を記録している。
1992年のオルルドは138試合の出場で、打率.284、16HR、66打点とチーム3番目の打率を記録し、前年に引き続いての地区優勝に貢献した。アスレティックスとのリーグチャンピオンシップシリーズ、ブレーブスとのワールドシリーズで共に3割を越える打率を記録し、球団史上初の世界一に花を添えた。メジャーリーグの歴史において、初めてカナダに本拠を置くチームが優勝した瞬間である。
天性の打撃センスが開花したのは1993年のこと。4月の月間打率が.450という驚異的な数字を残し、1941年のテッド・ウイリアムス以来の打率4割越えかと騒がれた。5月が終わった段階で打率は.395と落ちたが、6月に盛りかえし、打率.407とした。大きな注目の中、8月2日を最後に打率4割を越えることはなく、最終的には打率.363という数字に終わったが、オルルドは首位打者のタイトルを手にした。200本安打を記録し、リーグトップの54本の2塁打を放ち、初めての100打点を突破(107打点)を突破。その他にも26試合連続ヒットを記録するなど素晴らしい記録を残したこの年、チームは2年連続世界一に輝いた。
安打製造器の名を欲しいままにしたオルルドだったが、1994年は打率.297、翌1995年も打率.291と3割に届かなかった。チームも2年連続世界一から低迷。1996年に打率.274に終わると、その年のオフにはメジャーに上がったばかりのロバート・パーソンと交換でメッツ入りすることになったのである。
1997年からメッツのユニフォームを着ることになったオルルドだが、リーグの違いにも関わらず、打率.294、22HR、102打点を記録し、9月17日の対エクスポズ戦ではサイクルヒットも達成した。翌1998年はオルルドにとって1993年以来の最高のシーズンとなった。打率.354を放ちながらも、首位打者のタイトルラリー・ウォーカーに奪われてしまうが、シーズン通して197安打を放って存在感をアピールした。
1999年にロビン・ベンチュラを獲得したメッツは、内野陣をひとつの完成型と呼ばれるまでに仕上げた。守備には定評があったオルルドがファースト、セカンドがエドガード・アルフォンゾ、ショートがレイ・オルドニェス、サードがベンチュラとメジャーリーグ史上最高の内野陣とまで言われ、この年のメッツはワイルドカードでポストシーズンにコマを進めた。さらにオルルドは初めて162試合全てにフル出場し、打率.298、19HR、96打点をマーク。その他にも23試合連続ヒットや15打席連続出塁も記録している。
ディビジョンシリーズ(対ダイヤモンドバックス)では、オルルドがランディ・ジョンソンからHRを放つなど、このシリーズで両チームトップの打率.438を記録し、チームを引っ張った。続くリーグチャンピオンシップシリーズ(対ブレーブス)は球史に残る熱戦となったが、その中でオルルドは2本のHRを放ち、両チームトップの6打点を挙げるなど勝負強さを見せつけた(結局、ブレーブスに2勝4敗で敗れたが)。
オフにFAとなったオルルドはメッツからの引き留めもあったが、生まれ故郷(ワシントン州)のマリナーズへの移籍を決めた。ブルージェイズ時代にGMを務めていたギリックがマリナーズのGMになったというのも運命の巡り合わせかもしれない。契約内容は3年間2000万ドルというものである。
移籍1年目となる2000年は打率.285、14HR、103打点をマークし、チームのワイルドカードでのポストシーズン進出へ貢献した。ディビジョンシリーズで戦ったホワイトソックスをあっさりスウィープ(3連勝)で振り切り、ヤンキースとのリーグチャンピオンシップシリーズを迎えたが、健闘むなしくヤンキースの前に2勝4敗で敗れてしまっている。ちなみにこの年、初のゴールドグラブ賞受賞を果たしている。
2001年、マリナーズはイチローの加入も発憤材料となり、開幕から記録的な強さで勝ち続ける。そして、6月16日の対パドレス戦ではオルルド自身2度目のサイクルヒットも記録した。メジャータイ記録となるシーズン116勝を挙げたマリナーズの中でオルルドは、打率.302、21HR、95打点をマーク。チームはワールドシリーズへは進めなかったが、オルルドの勝負強さはシーズンの至る所で光ったのである。
2002年は154試合に出場し、打率.300、22HR、102打点とマリナーズの主力打者として結果を残した。2003年になると152試合の出場で打率.269、10HR、83打点と成績を落としてしまった。すると、翌2004年シーズンの途中で、チームの若返りの方針から7月末に解雇。8月になるとヤンキースと契約を交わした。怪我をしたジェイソン・ジオンビーの代役としてファーストを守ったのである。オフには左足靱帯の手術を受けた。
2005年5月にレッドソックスとマイナー契約。これまでマイナーでのプレー経験のないオルルドが3Aポータケットで3試合にだけプレーした(HR含む10打数3安打)。5月末にレッドソックスへと昇格し、87試合の出場で打率.289という数字を残している。オフには現役引退を発表。通算成績は打率.295、255HR、1230打点、2239安打というものである。
【written by Kenji@webmaster】
獲得タイトル一覧
- 首位打者:1回(1993-AL)
受賞アワード一覧
- ゴールドグラブ賞:3回(2000-AL、2002-AL、2003-AL)
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1989 Tor 6 8 2 3 0 0 0 0 1 0 0 .375 .375 .375 1990 Tor 111 358 43 95 15 1 14 48 75 57 0 .364 .430 .265 1991 Tor 139 454 64 116 30 1 17 68 84 68 0 .353 .438 .256 1992 Tor 138 458 68 130 28 0 16 66 61 70 1 .375 .450 .284 1993 Tor 158 551 109 200 54 2 24 107 65 114 0 .473 .599 .363 1994 Tor 108 384 47 114 29 2 12 67 53 61 1 .393 .477 .297 1995 Tor 135 492 72 143 32 0 8 54 54 84 0 .398 .404 .291 1996 Tor 125 398 59 109 25 0 18 61 37 60 1 .382 .472 .274 1997 NYM 154 524 90 154 34 1 22 102 67 85 0 .400 .489 .294 1998 NYM 160 557 91 197 36 4 22 93 73 96 2 .447 .551 .354 1999 NYM 162 581 107 173 39 0 19 96 66 125 3 .427 .463 .298 2000 Sea 159 565 84 161 45 0 14 103 96 102 0 .392 .439 .285 2001 Sea 159 572 91 173 32 1 21 95 70 94 3 .401 .472 .302 2002 Sea 154 553 85 166 39 0 22 102 66 98 0 .403 .490 .300 2003 Sea 152 539 64 145 35 0 10 83 67 84 0 .372 .390 .269 2004 Sea 78 261 29 64 13 1 5 22 41 40 0 .354 .360 .245 2004 NYY 49 164 16 46 7 0 4 26 20 21 0 .367 .396 .280 2005 Bos 87 173 18 50 7 0 7 37 20 16 0 .344 .451 .289 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2234 7592 1139 2239 500 13 255 1230 1016 1275 11 .398 .465 .295
キャリアハイライト一覧
- オールスター出場:2回(1993-AL、2001-AL)
- サイクルヒット:2回(1997-9-17-NYM/エクスポズ戦、2001-6-13-Sea/パドレス戦)
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