- 2008-06-19 (木) 0:08
- MLB Players
#29 ジョン・スモルツ | SP

- 1985年6月ドラフト・タイガース22位
- 1967年5月15日生 右投右打 190センチ 83キロ
- ミシガン州出身
過去3年間の成績
YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 2005 Atl 33 33 3 1 14 7 0 230.2 210 169 53 83 78 3.06 2006 Atl 35 35 3 1 16 9 0 232.0 221 211 55 93 90 3.49 2007 Atl 32 32 0 0 14 8 0 205.2 196 197 47 78 71 3.11 ----------------------------------------------------------------------------- Total 702 461 53 16 207 145 154 3367.0 2954 2975 984 1328 1221 3.26
選手の紹介文
ブレーブス一筋にメジャー生活を送り、先発としてもクローザーとしても結果を残したジョン・スモルツ。先発として20勝、クローザーとして50セーブを記録したのはデニス・エカーズリー以来の快挙でもある。通算成績としてみても、200勝と150セーブという数字を残しているのはスモルツしかいない。2008年には右肩手術によりシーズン後半を棒に振ることになった。年齢からの不安はあるが、現役復活には意欲を見せているという。
1985年、スモルツは地元のタイガースからドラフト22位で指名される。1年目はルーキーリーグ、2年目は1Aで過ごしたが、数字的には際だっていたわけではなかった。この裏にはタイガースのコーチ陣からフォーム修正を求められるなど、スモルツ自身息苦しさを感じていたと後に語っている。しかし、150キロ台の速球に切れのいいカーブ、スライダーを持つスモルツの将来性にブレーブスは目を付け、36歳のドイル・アレキサンダー投手と交換で20歳のスモルツを獲得した。
移籍2年目となる1988年の後半にはメジャー昇格。花が開いたのは1989年のことで、この年29試合に先発し、12勝11敗の防御率2.94という数字を残した。さらに球団史上最年少(22歳)となるオールスター出場も果たし、周囲の期待に応えた形となった。さらに翌1990年には14勝(11敗)をマークしている。
1991年は開幕から苦しんだ。前半戦だけで2勝11敗という最悪の状況に陥り、結局スモルツは藁にもつかる思いで心理学者の扉を開いた。周囲の期待という大きな重圧がスモルツを縛り付けていたのだった。心理学者による心理治療により、スモルツは自らをコントロールする術を身につけ始めた。こうして持ちうる才能を出し始め、後半戦は12勝2敗という成績でチームを引っ張った。こうして、前年まで3年連続地区最下位だったブレーブスをワールドシリーズへ導いた。
公式戦とリーグチャンピオンシップシリーズで胴上げ投手になったスモルツは、3勝3敗で迎えたワールドシリーズ第7戦に先発。スモルツにとっては子供の頃からの憧れのジャック・モリスとの投げ合いだった。両投手の好投で試合はゼロ行進で進んだ。スモルツは9回に1アウト1塁3塁のピンチを迎えてしまい、ここで降板することになったが、チーム内の信頼を十分に得るだけの投球内容だった(結局、延長10回にツインズがサヨナラ勝ちし、世界一の座を逃した)。
1992年には15勝(12敗)、1993年には15勝(11敗)と成績的には申し分がないが、チームには生え抜きのトム・グラビン、スティーブ・エイバリーに加え、1993年からFAで加入したグレッグ・マダックスという豪華な投手陣の中で、スモルツはかすんで見えたのも事実である。
ストライキに見舞われた1994年のメジャーリーグだったが、これがスモルツにとってはそれまで違和感のあった右肘の手術に踏み切らせるきっかけとなった。ストライキが解決した1995年には復活し、12勝(7敗)をマークした。
スモルツが大きな光を浴びたのは1996年のことである。この年の2試合目の登板から連勝街道を走り、4月だけで5勝をマーク。この勢いで勝ち進み、5月24日の段階で2桁勝利をマーク。これは1904年5月22日にジョー・マッギニティー(ニューヨーク・ジャイアンツ)がシーズン10勝目をあげて以来、92年ぶりの最速記録である。結局、連勝は14まで伸びた。
シーズンが終わってみれば、24勝8敗の防御率2.94、276奪三振という記録をあげ、自身初のサイヤング賞も手にした。制球力が定まったこともあり、前年までは9イニング当たり3.32個の四球を出していたが、この年はわずか1.94個と減ったことで投球のテンポがよくなり、これが好調の原因となった。
翌1997年は打線の援護に恵まれず、完投負けが3度もあり、15勝12敗の成績に終わった。しかし、打撃面では打率.228でシルバースラッガー賞を受賞。アストロズとのディビジョンシリーズ第3戦で先発したスモルツは3安打1失点の完投勝利でポストシーズン10勝目をマークし、大試合に強い所を見せた。
1998年は肘の手術で出遅れ、4月半ばからの復帰となった。5月下旬に再び故障者リストに入ったスモルツだが、6月末にメジャーへ戻ってくると、そこから8連勝を含む13勝(2敗)をマーク。特に9月は4勝無敗の防御率0.67と抜群の成績をあげた。シーズン通して、17勝3敗の好成績で最高勝率のタイトルを2年ぶりに手にした。この年のカブスとのディビジョンシリーズ第1戦に先発し、7回2/3を投げ5安打無失点に抑えて、ポストシーズン新記録となる11勝目もマーク。1999年もアストロズとのディビジョンシリーズ第4戦で勝利をマークし、ポストシーズンでの記録を12勝4敗としている。
2000年は開幕前に手術を決意し、シーズンを棒に振る結果になった。2001年にメジャーのマウンドに戻ってきて、先発からブルペンに回り、最後はクローザーも務め、11回のセーブ機会で10個ものセーブを記録。この年のアストロズとのディビジョンシリーズでは、ブレーブスがあっさり3連勝しリーグチャンピオンシップシリーズへコマを進めることになるのだが、この3試合全てにセーブを記録している。オフにFAとなるが、先発をやりたいスモルツに対し、クローザーを求めるチームの間で意見の食い違いがあった。幾多の球団からの誘いもあったが結局、ずっと慣れ親しんできたブレーブスと3年間3000万ドルで契約を結び、ブレーブスでその球歴を終える道を選んだ。
2002年、正式にクローザーとして開幕を迎えたスモルツは、いきなりナショナルリーグ記録となる55セーブをマーク。ランディ・マイヤーズ(1993年)、トレバー・ホフマン(1998年)の53セーブという記録を塗り替えた(メジャー記録は1990年のボビー・シグペンによる57セーブ)。「先発なら20勝、クローザーなら50セーブ」と話していたスモルツの言葉に嘘はなかった。2003年も45セーブ、2004年も44セーブを記録し、メジャーリーグを代表するクローザーとしての地位を築いた。
2005年からチーム事情により先発に復帰。33試合に先発し、14勝7敗、防御率3.06、169奪三振という好成績を残したが、注目すべきは230回2/3という投球回数である。メジャー史上でも前年に40セーブを記録した投手が次の年に200回以上を投げた投手はおらず、スモルツがその初の選手となった。翌2006年はリーグトップタイの16勝(9敗)をマークしており、自身2度目の最多勝のタイトルを手にしている。
2007年、5月24日の対メッツ戦ではかつてのチームメイトであるグラビンと投げ合い、7回を無失点に抑えたスモルツには、メジャー史上106人目となる通算200勝目が転がり込んだ。結果的にこの年は14勝(8敗)をマーク。翌2008年もシーズン早々に通算3000奪三振を記録。しかし、右肩の痛みから故障者リスト入りしたのはそのすぐ後のこと。クローザーへの再転向も噂される中、右肩の手術が決まりシーズン絶望。スモルツのメジャー生活に次のページはあるのだろうか。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
*各年度別成績一覧 YEAR Team G GS CG SHO W L SV IP H SO BB R ER ERA ----------------------------------------------------------------------------- 1988 Atl 12 12 0 0 2 7 0 64.0 74 37 33 40 39 5.48 1989 Atl 29 29 5 0 12 11 0 208.0 160 168 72 79 68 2.94 1990 Atl 34 34 6 2 14 11 0 231.1 206 170 90 109 99 3.85 1991 Atl 36 36 5 0 14 13 0 230.2 206 148 77 101 97 3.80 1992 Atl 35 35 9 3 15 12 0 247.2 206 215 80 90 78 2.85 1993 Atl 35 35 3 1 15 11 0 244.2 208 208 100 104 98 3.62 1994 Atl 21 21 1 0 6 10 0 135.2 120 113 48 69 62 4.14 1995 Atl 29 29 2 1 12 7 0 193.2 166 193 72 76 68 3.18 1996 Atl 35 35 6 2 24 8 0 254.2 199 276 55 93 83 2.95 1997 Atl 35 35 7 2 15 12 0 256.0 234 241 63 97 86 3.02 1998 Atl 26 26 2 2 17 3 0 168.2 145 173 44 58 54 2.90 1999 Atl 29 29 1 1 11 8 0 186.1 168 156 40 70 66 3.19 2001 Atl 36 5 0 0 3 3 10 59.0 53 57 10 24 22 3.36 2002 Atl 75 0 0 0 3 2 55 80.1 59 85 24 30 29 3.25 2003 Atl 62 0 0 0 0 2 45 64.1 48 73 8 9 8 1.12 2004 Atl 73 0 0 0 0 1 44 82.2 75 85 13 25 25 2.76 2005 Atl 33 33 3 1 14 7 0 230.2 210 169 53 83 78 3.06 2006 Atl 35 35 3 1 16 9 0 232.0 221 211 55 93 90 3.49 2007 Atl 32 32 0 0 14 8 0 205.2 196 197 47 78 71 3.11 ----------------------------------------------------------------------------- Total 702 461 53 16 207 145 154 3367.0 2954 2975 984 1328 1221 3.26
受賞タイトル一覧
- サイヤング賞1回(1996)
- 最多勝2回(1996,06)
- 最多セーブ1回(2002)
- 最多奪三振2回(1992,96)
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