- 2008-05-23 (金) 0:29
- MLB Players

#5 ジョニー・ベンチ | C

- 1965年ドラフト・レッズ2位
- 1947年12月7日生 右投右打 185センチ 98キロ
- オクラホマ州出身
選手の紹介文
強肩強打で、メジャー史上最高の捕手として高い評価を受けるジョニー・ベンチ。捕手でありながら2度も本塁打王を獲得するなど、打撃でも高い評価を得たベンチは、今でも伝説となっているビッグレッドマシンの中核として大活躍。得意の片手捕りで、座ったままで矢のような送球を投げるベンチのスタイルは、誰もが簡単に真似できるものではない。
オクラホマ州オクラホマシティーに3人兄弟の末っ子として生まれたベンチ。野球好きな父親の影響で、幼い頃から野球を楽しみ、さらに高い才能を見せた。最初は投手などを務めたが、捕手にコンバートしたのはベンチ自身の希望でもあったという。ちなみにベンチは父からアメリカ先住民であるチョクトー族を血をひいている影響で、体の8分の1はアメリカインディアンの血が混じっている。
1965年のドラフトでレッズから2位指名を受けて、プロの世界へ足を踏み入れた。1967年には3Aで23HR、68打点を記録し、シーズン終盤にはメジャー昇格も経験。翌1968年のスプリングトレーニングでは、この有り余る才能を持つベンチが、「打撃の神様」であるテッド・ウイリアムスからサインをもらった際、そのボールには「ジョニー・ベンチ、将来の殿堂入りが確実な君へ」と書いてあったという。それだけベンチの将来は、限りなく明るかったといえる。
ウイリアムスの予見通り、初めてメジャーでフルシーズン過ごした1968年、154試合に出場して打率.275、15HR、82打点と堂々たる成績で新人王を受賞。打撃に注目が集まるが、当時のカブスの名捕手であるランディー・ハンドリーから学んだという片手捕りなど、ベンチの捕手としてのスタイルはすでに固まりつつあった。そして、新人王を獲得したこの年から10年連続でゴールドグラブ賞を獲得することとなる。
1970年には、45HR、148打点と桁違いのパワーを見せ、本塁打王と打点王の二冠王に輝き、MVPも獲得。さらに1972年にも40HR、125打点で再び二冠王とMVPを獲得している。ベンチがMVPを獲得した2年とも、チームはリーグ優勝を飾るが、ワールドシリーズではいずれも敗れた。特に1972年のアスレティックスとのワールドシリーズは7戦中6戦が1点差ゲームという緊迫した勝負であったが、世界一には届かない。
しかし、1970年からレッズの監督に就任したスパーキー・アンダーソンの元、常勝軍団になる礎は徐々に固まりつつあった。ベンチは1972年のオフに肺の手術を受けた影響で、1973年にはわずかなパワーダウンは感じられたが、1974年には33HR、129打点で復活。しかし、チームはあと一歩でワールドシリーズ出場を逃していた。
そして迎えた1975年、ピート・ローズ、トニー・ペレス、ジョー・モーガン、ジョージ・フォスターらの選手がチームの中心となり、ビッグレッドマシンの強さが本物となった。ベンチはチームトップの28HR、110打点という打撃に加え、捕手としての守備でチームを3年ぶりのリーグ優勝に導いた。そして、同じ打撃を売り物とするレッドソックスとのワールドシリーズは、両チームに好プレーが飛び出し、第7戦までもつれる激しい展開となる。そして、かろうじてレッズが勝利し、ベンチは初めて世界一の美酒を味わうことになった。レッズにとっては35年ぶりの世界一である。
1976年もチームはリーグ優勝を決めたレッズ。シーズン中のベンチは打率.234、16HR、74打点と大きく落ち込んだが、ヤンキースとのワールドシリーズでは、打率.533という打撃を披露。ベンチはワールドシリーズMVPを獲得し、チームは2年連続世界一に輝いた。しかし、翌1977年はFAで選手をかき集めたヤンキースが世界一に輝くなど、生え抜き選手で固めたレッズのようなチームが勝つことは難しくなってきた。ビッグレッドマシンの成功は一つの時代の終わりの象徴でもあったといえる。
1977年には31HR、109打点とパワーを見せつけたベンチだが、その後は怪我などが目立つようになり、捕手以外のポジション(ファーストやサード)を守るようになる。そして、1983年限りで現役引退を決めた。レッズ一筋に17年間プレーしたベンチはビッグレッドマシンの中核として、通算2152試合の出場で、打率.267、389HR、1376打点をマークしている。本塁打王2回に打点王3回と輝かしいキャリアを残したが、捕手での本塁打王はベンチしかいない。
ベンチが記録した389本のHRのうち、捕手として記録したHRは327本を数える。大舞台での勝負強さは筋金入りで、オールスターゲームでは3HR、リーグチャンピオンシップシリーズとワールドシリーズのそれぞれで通算5HRを記録している。人気も非常に高く、オールスターゲームには14回も選出されているベンチは引退後の1989年、晴れて殿堂入りを果たした。21年前のウイリアムスの予言は見事に現実のものとなったのである。
<written by Kenji@webmaster>
各年度別成績一覧
YEAR Team G AB R H 2B 3B HR RBI SO BB SB OBP SLG AVG ------------------------------------------------------------------------------ 1967 Cin 26 86 7 14 3 1 1 6 19 5 0 .207 .256 .163 1968 Cin 154 564 67 155 40 2 15 82 96 31 1 .311 .433 .275 1969 Cin 148 532 83 156 23 1 26 90 86 49 6 .353 .487 .293 1970 Cin 158 605 97 177 35 4 45 148 102 54 5 .345 .587 .293 1971 Cin 149 562 80 134 19 2 27 61 83 49 2 .299 .423 .238 1972 Cin 147 538 87 145 22 2 40 125 84 100 6 .379 .541 .270 1973 Cin 152 557 83 141 17 3 25 104 83 83 4 .345 .429 .253 1974 Cin 160 621 108 174 38 2 33 129 90 80 5 .363 .507 .280 1975 Cin 142 530 83 150 39 1 28 110 108 65 11 .359 .519 .283 1976 Cin 135 465 62 109 24 1 16 74 95 81 13 .348 .394 .234 1977 Cin 142 494 67 136 34 2 31 109 95 58 2 .348 .540 .275 1978 Cin 120 393 52 102 17 1 23 73 83 50 4 .340 .483 .260 1979 Cin 130 464 73 128 19 0 22 80 73 67 4 .364 .459 .276 1980 Cin 114 360 52 90 12 0 24 68 64 41 4 .327 .483 .250 1981 Cin 52 178 14 55 8 0 8 25 21 17 0 .369 .489 .309 1982 Cin 119 399 44 103 16 0 13 38 58 37 1 .320 .396 .258 1983 Cin 110 310 32 79 15 2 12 54 38 24 0 .308 .432 .255 ------------------------------------------------------------------------------ Total 2158 7658 1091 2048 381 24 389 1376 1278 891 68 .342 .476 .267
受賞タイトル一覧
- MVP2回(1970,72)
- 新人王(1968)
- 本塁打王2回(1970,72)
- 打点王3回(1970,72,74)
- ゴールドグラブ賞10回(1968~77)
- オールスター出場14回(1968~80,83)
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